<?xml version='1.0' encoding='UTF-8'?><?xml-stylesheet href="http://www.blogger.com/styles/atom.css" type="text/css"?><feed xmlns='http://www.w3.org/2005/Atom' xmlns:openSearch='http://a9.com/-/spec/opensearchrss/1.0/' xmlns:georss='http://www.georss.org/georss' xmlns:gd='http://schemas.google.com/g/2005' xmlns:thr='http://purl.org/syndication/thread/1.0'><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798</id><updated>2011-12-22T21:53:16.627+09:00</updated><category term='和歌'/><category term='古今和歌六帖'/><category term='枕草子'/><category term='あいさつ'/><category term='蜻蛉日記'/><category term='本の紹介'/><category term='文法'/><category term='袋草紙'/><category term='狭衣物語'/><category term='大和物語'/><category term='徒然草'/><category term='語源'/><category term='本居宣長'/><category term='漢籍'/><category term='万葉集'/><category term='抜書'/><category term='今昔物語集'/><category term='更級日記'/><category term='伊勢物語'/><category term='古今和歌集'/><category term='暦'/><category term='後撰和歌集'/><category term='音韻'/><category term='統計'/><category term='疑問'/><category term='物語'/><category term='竹取物語'/><category term='雑談'/><category term='落窪物語'/><category term='新猿楽記'/><category term='源氏物語'/><category term='明月記'/><category term='賀茂保憲女集'/><category term='能楽'/><title type='text'>pearlyhailstone</title><subtitle type='html'>「俺、お前と係り結びみたいな関係に、なれるかな……」</subtitle><link rel='http://schemas.google.com/g/2005#feed' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/posts/default'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default?max-results=100'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/'/><link rel='hub' href='http://pubsubhubbub.appspot.com/'/><link rel='next' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default?start-index=101&amp;max-results=100'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><generator version='7.00' uri='http://www.blogger.com'>Blogger</generator><openSearch:totalResults>108</openSearch:totalResults><openSearch:startIndex>1</openSearch:startIndex><openSearch:itemsPerPage>100</openSearch:itemsPerPage><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-1594106119085866366</id><published>2011-12-22T21:48:00.000+09:00</published><updated>2011-12-22T21:50:48.008+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><title type='text'>絆について</title><content type='html'>&lt;p&gt;日本漢字能力検定協会が、今年一年の世相を漢字一文字で表す「今年の漢字」を「絆」だと発表したそうで、これは「きずな（きづな）」と読むのだろうけど、この字にはもうひとつ訓がある。それは「ほだし」という読みで、古文だとむしろこちらの語のほうがよく目にするものだ。ほだしというのはもとは馬などをつなぎ止めるために脚にはかせる綱のことで、転じて自由を束縛するものという意味を持っている。もとは「きづな」も動物をつなぎ止めるための綱のことを言っていたそうだから（梁塵秘抄などに見えるようだ）、ほだしもきずなも同じような言葉で、それでともに「絆」の字で表わすのだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;つなぎ止めるものという象徴的な意味でのほだしというのは、中古中世では、仏教思想の文脈から悟りを開くことの妨げという意味合いが強い。今流通している言葉でいうと、「しがらみ」といったニュアンスである。現代語の「きずな」も、岩波国語辞典には「断とうにも断ち切れない人の結びつき。ほだし。」と定義しているから、この「断とうにも断ち切れない」という表現にその残滓を見ることができるといっていいと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こんにち人と人との結びつきはその肯定的側面ばかりが強調されているが、本来人間同士の結びつきというのは、必要不可欠であると同時に、人に楽ばかりでなく苦をももたらす性質のものである。人はひとりでいさかうことはできない。そうした両義性を表わした比喩がきずな・ほだしであったわけだし、現代になったからといって人同士におけるその性質が変わったというわけではない。ただその一方の側面を見なかったことにしているだけである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところで、古文には「心の闇」という言いかたがある。これはたんに暗い胸中のありさまを一般的に表わしたものではなく、使われたときはほとんどの場合「子を思うあまりに理性を失って迷う親の心。子ゆえの迷い。」（旺文社全訳古語辞典）をとくに指して言っている表現である。わざわざ子を思う親の云々などという前置きはなくて、いきなり心の闇に、とその意味で書くのである。子を思う親の心というのも、こんにちではただ一途にその尊さのみ強調されているように思われるが、親バカなどという言葉もあるように、じっさいにはそれで人はずいぶん愚かなことをしてしまうものである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ほだしや心の闇といった言葉に共通しているのは、どちらも人間の執着について着目した概念であるという点で、まあ、ここがいかにも仏教ということになるのだと思う。それを美化して今は愛と呼ぶが、なんのことはなくて、この「愛」というのももとは仏教語で「ものに対する激しい欲望。執着。」（旺文社全訳古語辞典）のことである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;大地震、大津波、原発事故により、多くの人びとがその生活に多大な影響を被ったが、また一方で多くの人同士が協力して、困難な状況にあった人びとを助けたり、不安に飲まれつつあった人びとを支えたりしたことも事実である。けれどもそうした救いの手というのは、多くそれまでまったく他人であった人同士のあいだで生まれた活動で、それだからすばらしいということになるのだけれども、それを絆という言葉でもって表わすのには正直どうもしっくりこないものを感じる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それはさておき、大災害が起こったとき、親兄弟といった近親者のことが気にかかるのは人の情というものでこれはしかたない。ところがいざそのとき人に求められるのは、その場にたまたま居合わせた赤の他人と協力して現状を乗り切る（避難する）ことである。だからそこでは絆（きずな）ではなく、むしろそうした執着の範囲の外にいる人びとへと心を開かなければならない。いっぽうで、不安げにたたずむ隣の人をよそに親兄弟や近しい友人に電話やメールをしまくって通信回線をパンクさせるのはまさしく絆（ほだし）のなせる業である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;だからそういう意味で震災が絆の一字で表せるというのは間違ってはいないのだけど、まさかそういう意味で選んでいるわけではないだろうから、それはいくらなんでもひねりすぎの見方で、もちろん選んだ人びとにはそのような皮肉の気持ちは微塵もないはずだ。そうしてよかれと思って罪のない気持ちでみんなで選んだ言葉が執着の概念を含んだ一字であるというところに、欲望を肯定する世紀に生きる人びとが過去からつながる言葉をどのように読み替えていくのかというダイナミズムの片鱗が垣間見えるのはおもしろい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;余談だけど、古代の人びとが人同士のつながりに鋭くも執着という批判的な視点を持っていたのにその両義的側面がいまの言葉からは完全に剥ぎ取られてしまっているのはなんだか惜しい気もしなくはない。しかし、言葉というのは多くの人に流通すればするほど大味で直線的な意味に変質していくものだから、これはしかたないのだと僕は思っている。綾のある言い回しというのは、ある程度絞られた人数のコミュニティでないと、育っていかないもんだよね。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-1594106119085866366?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/1594106119085866366/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2011/12/blog-post_22.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/1594106119085866366'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/1594106119085866366'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2011/12/blog-post_22.html' title='絆について'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-7423375846250214813</id><published>2011-12-02T21:00:00.000+09:00</published><updated>2011-12-02T21:00:08.937+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='疑問'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='枕草子'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'>松阪に行ってきた（続き）</title><content type='html'>&lt;br /&gt;
6:00 に起きて朝食。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
8:28 松阪 （近鉄特急京都行） 10:20 京都。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
京都は都会だ。京都から地下鉄に乗って京都市生涯学習総合センター（京都アスニー）へ。同じ敷地内に京都市立図書館がある。風俗博物館が「平成２２年１２月１日より約１年半休館」なので、その一部の展示がここに来ている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
期待して行ったけど、一フロアの特別展示室という感じで、ちょっと小さかった。平安京のジオラマと、「紅葉賀」の青海波のシーンがミニチュアで再現されたもの。参考にはなったけど。それにしても、青海波の場面は説明してくれたけど、ずいぶん忘れてるのかなあ。細かいところは「そんなのあったっけ」という感じだった。情けない。読みなおそう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
館内にはボランティアの説明員たちがうろうろして、来館者に話しかけては講釈をする。一人旅だからこちらも話し相手として慰めになるけど、ボランティアと聞くとなんだかうら悲しくも思う。京都の歴史や古典には（僕を含め）アマチュアがわんさかいるのだ。かれらは自分たちの話をしたくてしょうがない。それで定年後、ここで話し相手を漁るわけだ。なんだか自分が惨めに思えてきたよ……。ともあれ、東京の人間には京都市や平安京の大きさがわかりにくいという話などをした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さて、枕草子に、碁盤の上に乗ってひとりでうんうんと苦労して格子を上げる場面がある。いままで僕はあれを、たまたまひとりだったからの臨時的な作業だと思っていた。つまり、ふだんは格子を上げる女房たちが、道具かなんか使ってひょいと上げるのだと思っていたのだ。ところが、ここのボランティアの方いわく、毎日毎朝ふつうに碁盤に乗って上げていたのだと説明する。僕は聞き返してしまった。ほんとうかなあ。なんだか行儀悪く感じるんだよなあ。正直なところ、この話はまだあまり信用できていない。毎日やる仕事なんだよ？　清少納言は碁盤運ぶのに、ひとりだからというのはあるけど、あんなに苦労してたじゃん。だいたい、碁盤に乗って上げるというのは（たぶんだけど）枕草子のあの箇所にしか出てきてないんじゃないかな。上げるのに道具のひとつもないというのも疑問を感じる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
牛車と引く牛について。牛は真っ黒なものを想像していたが、じつは黒地に白まだらの牛があって（もちろんホルスタインではない）これが珍重されたという。小笠原だかどこだかでいまでもいるらしい。見に行きたいな。これは知らなかった。乗るときは、脇に立つ従者が車の御簾を上げる。降りるときは、牛を離し、踏み台のようなものを出して前から降りる。源平盛衰記に、木曾義仲が車は後ろから乗って前から降りるのを知らなかったという話があるという（平家物語にもあったかな？）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
帰りはそのへんで蕎麦食って二条駅から地下鉄で京都へ帰る。観光はじゅうぶんにした。宣長だろうと式部だろうと、けっきょくは、古人はもう書き残された言葉の中にしかいない。観光地になっている旧跡を訪ねてみたり、当時を再現したセットを作ってみたりするのは、なにか、ほんとうにスパイス程度には想像に彩りを添えるが、そこには脈打って流れる古人の思考の現れはない。ときどき訪れて気晴らしをするにはいいけれども、最後にはまた言葉の中に潜って、書物の中に帰っていかなくてはならない、と思った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-7423375846250214813?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/7423375846250214813/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2011/12/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/7423375846250214813'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/7423375846250214813'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2011/12/blog-post.html' title='松阪に行ってきた（続き）'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-8144172261986253676</id><published>2011-11-14T21:12:00.000+09:00</published><updated>2011-11-14T21:12:00.281+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='本居宣長'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><title type='text'>松阪に行ってきた</title><content type='html'>&lt;br /&gt;
今回は作品とか文法とかぜんぜん関係ないです（笑）。番外編ということでお暇な方のみおつきあいくださいな。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;a href="http://2.bp.blogspot.com/-SOW1sG-F7AI/TsASYfC_GTI/AAAAAAAAAFA/BspCUzl41RI/s1600/IMG_0453.JPG" imageanchor="1" style="clear: right; float: right; margin-bottom: 1em; margin-left: 1em;"&gt;&lt;img border="0" height="238" src="http://2.bp.blogspot.com/-SOW1sG-F7AI/TsASYfC_GTI/AAAAAAAAAFA/BspCUzl41RI/s320/IMG_0453.JPG" width="320" /&gt;&lt;/a&gt;じつは十月は私事でいろいろあり心身ともだいぶ疲弊してしまっていた。それで気分転換にどこかに行きたくなって、どこに行こうかと考えた末、松阪に宣長の足跡を訪ねることにしたのですよ。なんというか、古文が（というか文学が）自分を取り戻す秘密の居場所みたいな心境になってたなー。ところで、松阪は JR の駅名からすると、Matsusaka なのね。濁らない。知らなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
9:30 東京 （新幹線） 11:48 名古屋 11:35 （特急みえ鳥羽行） 12:46 松阪。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"&gt;
&lt;a href="http://3.bp.blogspot.com/-LRHteic0xls/TsATtuZYAyI/AAAAAAAAAGQ/jZ395V0CVQ0/s1600/IMG_0500.JPG" imageanchor="1" style="clear: right; float: right; margin-bottom: 1em; margin-left: 1em;"&gt;&lt;img border="0" height="238" src="http://3.bp.blogspot.com/-LRHteic0xls/TsATtuZYAyI/AAAAAAAAAGQ/jZ395V0CVQ0/s320/IMG_0500.JPG" width="320" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;
東京から新幹線で名古屋まで。そこから鳥羽行の特急「みえ」に乗り換える。名古屋から松阪の特急は、ほとんどずっと田畑の続くのどかな田舎風景。畦に沿って、ぽつんぽつんと飛び飛びに彼岸花がむらむらと腫れもののように咲いている。なんだか不吉な雰囲気のする花だ（そんなことない？）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ホテルに荷物を預けて昼食をとってから、駅前の観光センターというところで宣長記念館への行きかたを教えてもらう。歩いて二十分くらいで行けるとのこと。けっこう歩くがタクシー呼ぶほどでもないかと、歩くことにした。そのとき道順を蛍光ペンでなぞってくれた地図をもらっていたのに、道中で落としてしまった……。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
宣長記念館は松阪城趾敷地内にある。旧宣長邸の建物も、ここに移設されて残っている。屋敷のあった場所も、城趾からほど近いところに宣長邸跡としてちゃんと残されている。といってもこっちはただぽかんと空間が残されてるだけだったけど。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
宣長の墓は見なかったなあ。というか普通の人が行って見られるものなのかな。これはまたこんどの課題。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;table cellpadding="0" cellspacing="0" class="tr-caption-container" style="float: right; margin-left: 1em; text-align: right;"&gt;&lt;tbody&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td style="text-align: center;"&gt;&lt;a href="http://1.bp.blogspot.com/-L9JDX3JYOes/TsATKOJQ3dI/AAAAAAAAAFI/Pk9Sf9rB1tg/s1600/IMG_0461.jpg" imageanchor="1" style="margin-left: auto; margin-right: auto;"&gt;&lt;img border="0" height="200" src="http://1.bp.blogspot.com/-L9JDX3JYOes/TsATKOJQ3dI/AAAAAAAAAFI/Pk9Sf9rB1tg/s200/IMG_0461.jpg" width="149" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td class="tr-caption" style="text-align: center;"&gt;宣長顔ハメ！&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;/tbody&gt;&lt;/table&gt;
記念館には自筆原稿や宣長の残した各種覚え書きなどが展示されている。彼が使っていた箱入りの二十一代集が展示されていたが、三代集と新古今だけほかと比べて圧倒的に汚れている。つまりこの四篇をそれだけたくさん手に取ったということだ。これはまあ当然というか、納得。三代集と新古今が彼にとって特別な重要性を持った歌集であったことは、『排蘆小船』などから知られること。その汚れた四篇をじっと眺める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
贈答品リストから、家の歴史などまで、多種多様の膨大な覚え書きが並んでいる。宣長の記録マニアぶりが伺える。かれは源氏物語から四季の描写のみを抜き出したノートも作成していた。さすがだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ほかに面白かったのは、かれが十七歳の時に作成したという詳細で大きな一枚絵の日本地図。「端原氏系図及城下絵図」の件もあるし、やはり若い頃のかれには物語創作を夢見る設定マニアといった側面があったように思える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そういえば、吉川幸次郎は日本思想大系40「本居宣長」の「文弱の価値」と題した解説において、江戸時代の学者の肖像が多く帯刀しているなか、「ひとり宣長の肖像は、刀と無縁である」と書いた。けど資料館には宣長の刀もちゃんとあった。さらに新しい刀が買いたいと母親にねだっている手紙まであった（笑）。僕はこの吉川の肖像からの洞察が好きなので茶々は入れたくないんだけど、かれがつねに刀と無縁であったわけじゃなかったんだな、と（笑）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"&gt;
&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/-WoCcdap7BXI/TsATNphTsDI/AAAAAAAAAFQ/IMKjdXS9xc4/s1600/R0013881.JPG" imageanchor="1" style="clear: right; float: right; margin-bottom: 1em; margin-left: 1em;"&gt;&lt;img border="0" height="212" src="http://4.bp.blogspot.com/-WoCcdap7BXI/TsATNphTsDI/AAAAAAAAAFQ/IMKjdXS9xc4/s320/R0013881.JPG" width="320" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;
旧宣長邸には説明のおじさんが待ち受けていて、ここ（石段の上）に上がりなさいとか、写真を撮りなさいとか、石畳は三菱財閥のなんたらかんたらとか、開け放たれている二回の四畳半の床の間を指して、あそこで古事記伝が生まれたのですとか、よどみない説明をたたみかける。江戸時代から残る軒瓦が、二十枚だけ並んでいるというのを教えてくれた。裏に板を敷いていない、なんとも頼りない瓦。台風は大丈夫だったんですか、と聞いたら、説明を中断して自分で答を考えなければいけないのが面倒だという顔をしながらも、石垣に守られてるおかげでそんなにめちゃくちゃにはならずにすんだのだと言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
邸の中へも通りながら解説してくれる。入ってすぐは診療の間（といってもかれは往診の人だったのでほとんど家にいなかったらしい）。それから講義をする間があって、その奥に二階へ上がる階段や行灯。棚になっている階段は上の書斎へと通じている。小林秀雄が、谷崎潤一郎がこれをじっと見つめておりましたと、おじさんは見てきたようなことを言う。谷崎はこれをスケッチしたと言うから、それならどこかで見られるんじゃないかな。聞いておけばよかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
宣長の家は行灯ひとつで夜は薄暗い生活をしていたらしい。読むのも書くのも宣長はそれで過ごしたが、息子の春庭はそれで目が悪くなったのかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"&gt;
&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/-lfVVoMDe-nA/TsATR54NwgI/AAAAAAAAAFY/hmNFFio4Sa8/s1600/IMG_0481.JPG" imageanchor="1" style="clear: right; float: right; margin-bottom: 1em; margin-left: 1em;"&gt;&lt;img border="0" height="238" src="http://4.bp.blogspot.com/-lfVVoMDe-nA/TsATR54NwgI/AAAAAAAAAFY/hmNFFio4Sa8/s320/IMG_0481.JPG" width="320" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;
その奥は竈や風呂場。ここでおじさんが「げすのかんぐり」にかけたつまらない洒落を棒読みで述べたような気がするが、はっきり聞き取れなかった。そこから中庭へ抜けて、勝手口からそとに追い出された。立て板に水を流すような説明で、これではゆっくり雰囲気に浸る余裕はない。あのおじさんがいなかったから、小林秀雄も谷崎もゆっくり宣長に思いをはせることができたのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そういえば、例の有名な「大和心を人問はば」の和歌の載った自画像だが、あれを説明するときにおじさんは「太平洋戦争で言われました、たばこの名前になりました、宣長先生の言葉が戦争に悪用されてしまいました」と（いうようなことを）言った。たばこのことは知らなかったな。なんだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;a href="http://1.bp.blogspot.com/-vd9Gq0Ry6c0/TsATVe9z_rI/AAAAAAAAAFg/7mlReYqOs1k/s1600/R0013882.JPG" imageanchor="1" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"&gt;&lt;img border="0" height="133" src="http://1.bp.blogspot.com/-vd9Gq0Ry6c0/TsATVe9z_rI/AAAAAAAAAFg/7mlReYqOs1k/s200/R0013882.JPG" width="200" /&gt;&lt;/a&gt;城趾をあとにして、それから旧宣長邸跡に行く。向かいは長谷川邸といって、当時の大きな商人のお屋敷だった。松阪は木綿の町なのね。宣長の家も木綿商だった。いまもたくさんの木綿のお店が並ぶ。&lt;br /&gt;
&lt;div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"&gt;
&lt;a href="http://3.bp.blogspot.com/-u8_4UmShkiQ/TsATZnWmxsI/AAAAAAAAAFo/waN8LDXKG4w/s1600/IMG_0490.JPG" imageanchor="1" style="margin-left: 1em; margin-right: 1em;"&gt;&lt;img border="0" height="239" src="http://3.bp.blogspot.com/-u8_4UmShkiQ/TsATZnWmxsI/AAAAAAAAAFo/waN8LDXKG4w/s320/IMG_0490.JPG" width="320" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"&gt;
&lt;a href="http://2.bp.blogspot.com/-pEUjaUpQqrw/TsATfLqT-5I/AAAAAAAAAFw/B3H4MPDGQ1s/s1600/IMG_0492.jpg" imageanchor="1" style="clear: right; float: right; margin-bottom: 1em; margin-left: 1em;"&gt;&lt;img border="0" height="200" src="http://2.bp.blogspot.com/-pEUjaUpQqrw/TsATfLqT-5I/AAAAAAAAAFw/B3H4MPDGQ1s/s200/IMG_0492.jpg" width="149" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;a href="http://2.bp.blogspot.com/-pEUjaUpQqrw/TsATfLqT-5I/AAAAAAAAAFw/B3H4MPDGQ1s/s1600/IMG_0492.jpg" imageanchor="1" style="clear: right; float: right; margin-bottom: 1em; margin-left: 1em;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;
そのすぐ近くに小さな喫茶店があったのでそこで休憩。お店の庭にカエルのかわいい彫刻が並んでいた。じつは僕はカエルが大好きなもので、思わず、「これ、かわいいですね」とお店のおばさんに言ったら、「せんとくんの藪内さんが作ったのよ」と教えてくれた。へえ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
コーヒー飲んで、そのあと、どうしても気になったので、最後に「カエルがかわいいので庭に出て写真を撮らせてください」とお願いしてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;table align="center" cellpadding="0" cellspacing="0" class="tr-caption-container" style="margin-left: auto; margin-right: auto; text-align: center;"&gt;&lt;tbody&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td style="text-align: center;"&gt;&lt;a href="http://3.bp.blogspot.com/-dOMqLOfGpGw/TsATi0vV_wI/AAAAAAAAAF4/lQUElNs9cMM/s1600/R0013884.JPG" imageanchor="1" style="margin-left: auto; margin-right: auto;"&gt;&lt;img border="0" height="213" src="http://3.bp.blogspot.com/-dOMqLOfGpGw/TsATi0vV_wI/AAAAAAAAAF4/lQUElNs9cMM/s320/R0013884.JPG" width="320" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td class="tr-caption" style="text-align: center;"&gt;カエルかわいい&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;/tbody&gt;&lt;/table&gt;
&lt;table align="center" cellpadding="0" cellspacing="0" class="tr-caption-container" style="margin-left: auto; margin-right: auto; text-align: center;"&gt;&lt;tbody&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td style="text-align: center;"&gt;&lt;a href="http://1.bp.blogspot.com/-Ym3gBgQug-4/TsATmGqCtyI/AAAAAAAAAGA/In-JaAqPzzM/s1600/R0013888.JPG" imageanchor="1" style="margin-left: auto; margin-right: auto;"&gt;&lt;img border="0" height="213" src="http://1.bp.blogspot.com/-Ym3gBgQug-4/TsATmGqCtyI/AAAAAAAAAGA/In-JaAqPzzM/s320/R0013888.JPG" width="320" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td class="tr-caption" style="text-align: center;"&gt;こういう写真が10枚くらいある（笑）&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;/tbody&gt;&lt;/table&gt;
&lt;a href="http://1.bp.blogspot.com/-krcyd2IfqeQ/TsATqBD0f8I/AAAAAAAAAGI/GIHkWNgcc4I/s1600/IMG_0495.JPG" imageanchor="1" style="clear: right; float: right; margin-bottom: 1em; margin-left: 1em;"&gt;&lt;img border="0" height="149" src="http://1.bp.blogspot.com/-krcyd2IfqeQ/TsATqBD0f8I/AAAAAAAAAGI/GIHkWNgcc4I/s200/IMG_0495.JPG" width="200" /&gt;&lt;/a&gt;&amp;nbsp;旧宣長邸跡のすぐそばにあるこの「&lt;a href="http://www.gyugin-honten.co.jp/bancya/index.html"&gt;牛銀番茶亭&lt;/a&gt;」、この店自体も宣長の弟子の須賀直見のすまいの跡だったそうで。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ホテルに戻る途中でお土産のお菓子屋さんがあったので「宣長せんべい」を買う。普通のせんべいだが、&lt;b&gt;宣長の名が入っているということに価値があるのである&lt;/b&gt;。友だちにあげたらうけるかなあ、と。あ、写真撮っときゃよかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
夕食をとって松阪で一泊。まあ来てよかったのかなあ、とか思いながら眠りについた。翌日はちょっとだけ京都に寄ってから帰ることにしていた。ということでもうちょっと続きます。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-8144172261986253676?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/8144172261986253676/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2011/11/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/8144172261986253676'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/8144172261986253676'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2011/11/blog-post.html' title='松阪に行ってきた'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://2.bp.blogspot.com/-SOW1sG-F7AI/TsASYfC_GTI/AAAAAAAAAFA/BspCUzl41RI/s72-c/IMG_0453.JPG' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-9129369468240944146</id><published>2011-10-27T21:35:00.000+09:00</published><updated>2011-10-27T21:35:00.492+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><title type='text'>iPhone / iPod touch / iPad の古語辞典</title><content type='html'>&lt;br /&gt;
体調がよくなくて、なにか書くと言ってからまただいぶ経ってしまった。リハビリがてら軽い話から。iPhone / iPod touch / iPad で使える古語辞典について。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現時点で古語辞典の名前を冠しているアプリは、「角川全訳古語辞典」と「旺文社全訳古語辞典」とふたつある。もうひとつベネッセのがあるけど、これはベネッセの会員でないと使えないらしいので無視。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;a href="http://www.imagineer.co.jp/p/kogo/index.html"&gt;角川全訳古語辞典&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
こちらのほうが先に出た。なので出た当時はほかに選択肢はなかった。基本的な機能に不満はないけど、ちょっと字組が読みにくい。それと iPhone / iPod touch 専用で、iPad の広い画面は生かせないのが残念。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;a href="http://www.monokakido.jp/iphone/kogo.html"&gt;旺文社全訳古語辞典&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
最近登場した。「&lt;a href="http://www.monokakido.jp/iphone/daijirin.html"&gt;大辞林&lt;/a&gt;」の物書堂なので組も綺麗だし文句はない、けど物書堂なら縦書きをやってほしかった！　こちらは iPad にも対応しているので、両方持ってる人ならこちらのほうがいいかもしれない。大辞林との連携も便利。でも百人一首の読み上げ音声は容量の無駄遣いのような気がする。余談だけど、これに限らず和歌を普通の読み方で朗読する音声って意味あるのかな、と最近思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
じつは基本的な古語なら「大辞林」でだいたい足りてしまったりしますが。とはいえ、つねに最低でも一冊は古語辞典を引ける状態にあるという安心感はすばらしい。あー岩波古語辞典はなんて書いてあるかなー、と気になることも多いけどね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どちらのアプリも、図版類はとりあえず載せましたという感じでソフトウェアならではの見せ方になってないのが残念。というか、書籍版・電子版関わらず、古語辞典の付録の図版解説類はいいかげん再考の時期に来てるんじゃないだろうか。寝殿造とか。どれも同じようなのを義務的に収録しているという印象がある。いろいろアイデアあると思うよー。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そうそう&lt;a href="http://www.kadokawa.co.jp/book/bk_detail.php?pcd=201103000881"&gt;『古典基礎語辞典』&lt;/a&gt;買ったよ。のんびり少しずつ読み進めるつもり。&lt;br /&gt;
&lt;div&gt;
&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-9129369468240944146?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/9129369468240944146/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2011/10/iphone-ipod-touch-ipad.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/9129369468240944146'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/9129369468240944146'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2011/10/iphone-ipod-touch-ipad.html' title='iPhone / iPod touch / iPad の古語辞典'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-4474096900009487514</id><published>2011-10-03T21:46:00.000+09:00</published><updated>2011-10-03T21:46:00.214+09:00</updated><title type='text'></title><content type='html'>近いうちに少しだけなにか書くかも。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-4474096900009487514?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/4474096900009487514/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2011/10/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4474096900009487514'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4474096900009487514'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2011/10/blog-post.html' title=''/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-6792594825570509793</id><published>2011-01-22T08:52:00.004+09:00</published><updated>2011-01-22T08:58:14.424+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='あいさつ'/><title type='text'>冬ごもり</title><content type='html'>&lt;p&gt;ご無沙汰してます。最近は平家物語読んだりしています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いろいろ思うところあって、古文を書くという無謀なことをはじめることにしました。筋トレのようなものです。「&lt;a href="http://huyugomori.blogspot.com/"&gt;冬ごもり&lt;/a&gt;」というブログです。正直恥ずかしいし、おもしろくならないと思うので、読めとは言いませんが（笑）、とりあえずお知らせまで……。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-6792594825570509793?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/6792594825570509793/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2011/01/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6792594825570509793'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6792594825570509793'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2011/01/blog-post.html' title='冬ごもり'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-4543142911298477612</id><published>2010-07-30T21:43:00.001+09:00</published><updated>2010-07-30T21:43:00.941+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='あいさつ'/><title type='text'>後書き</title><content type='html'>&lt;p&gt;予定していた百回を前回で超えたので、これでひとまずこのブログはおしまいです。一年の予定を半年以上もオーバーしてしまった。それでも読んだこと、考えたことのぜんぶは書ききれなかったな。しかし楽しかった。書きたいことがたまってきたらいつかまたここで再開するかもしれないので、記事は消さない。そのうち検索に引っかかって誰かの役に立つかもしれないしね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『源氏物語』読了を報告できたのは延びてよかったことのひとつと言えるかもしれない。数年前まで古典の予備知識ほぼなしだった人間でも、こうして源氏を読めるとこまでいけるということを実証できた（笑）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いろいろ出しゃばって無茶なことを書いてしまったかもしれない。引用はできるだけ出典を辿れるようはっきりと書くよう心がけたつもりだけど、間違った解釈で引いてしまったりしていないかだけが心配だ。記事を読んだ皆さまにおかれては、かならず明記した出典に直接あたってその妥当性を確認していただきたい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今までよりペースは落ちるかもしれないけど、ここは書かなくなっても個人的には引き続き古文を読んでいきます。平安時代に限ってもまだ読んでいない作品はたくさんある。『大鏡』『宇津保物語』『狭衣物語』『栄花物語』等々。後半はあまり触れることができなかったけど、文法的な興味も尽きていない。また、ついに和歌についてはいまだに大きく理解が遅れていると感じている。それから、活字本ではなく古写本のままで少しでも読めるようにもなりたい。とりあえず次は『大鏡』かな。角川の文庫を買ってある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;タイトルについて。“pearly hailstone” というのは、宣長の著作「玉あられ」の我流英訳です。気づいた人はいただろうか……。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;期間中ご指導ご感想のコメントをくださった方々ありがとうございました。更新はしなくなるけどメールやコメントは引き続き受け付けています（コメントのほうはスパムが入ったら状況次第で新規投稿を停止する可能性あり）。古文の話題であればなんでも遠慮せずに教えていただければと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ではみなさん、ごきげんよう。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-4543142911298477612?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/4543142911298477612/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/07/blog-post_30.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4543142911298477612'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4543142911298477612'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/07/blog-post_30.html' title='後書き'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-6139064022995893194</id><published>2010-07-29T21:42:00.002+09:00</published><updated>2010-07-29T21:42:00.173+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'>宇治十帖について</title><content type='html'>&lt;p&gt;ようやく宇治十帖を読み終え、これで源氏物語はすべて読み果てたことになる。さて、その宇治十帖だが、源氏の他の巻々との雰囲気の違いから、これを紫式部の作でないのではないかとする説が古来より唱えられてきた。よく推定されるのは、式部の娘の大弐三位である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;本居宣長は宇治十帖も式部作であると考え、『紫文要領』でその証拠のひとつとして「浮舟」の巻にある「里の名をわが身にしれば」の歌が紫式部の歌として新拾遺集に入れられているということを指摘している（岩波文庫版 p. 10）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「竹河」を式部作でないと指摘した武田宗俊は、それ以外の巻はすべて式部作であるとした。ちょっとどこを引用したらいいのかメモしておくのを怠ったせいで適切な個所を得ないのだけど、別件について論じているところで、「椎本」の巻の「奥山の松葉に積る雪とだに消えにし人を思はましかば」の歌が『伊勢大輔集』に式部の歌として載っている「奥山の松葉に凍る雪よりも我身世にふる程ぞはかなみ」を作り替えたものであるという指摘をしている（『源氏物語の研究』、p. 33）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これら歌からの指摘はあながちに無視できないのではないかな。式部の文体は「若紫」から「帚木」「若菜」と見渡してみてもずいぶんの変遷をしてきている。文体だけからは安易にこれらをひっくり返して他者の作と認めることはできない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また、大野晋は、自分は宇治十帖他作者説の可能性を捨てていなかったが『紫式部日記』の精読から宇治十帖も式部作と考えるようになったと言っている（大野晋、丸谷才一『光る源氏の物語（上）』中公文庫、p. 12 および大野晋『源氏物語』岩波現代文庫）。たしかに『紫式部日記』に垣間見える男性嫌悪的な態度は、「総角」や「浮舟」「蜻蛉」の巻などと通底する。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『紫式部日記』に、道長の側室腹の若君たちが女房の局への出入りを許されて乗り込んでくる場面がある。若い盛り（みな十五歳前後）の男たちに若い女房らも色めき立つが、年配である式部は奥のほうに隠れている。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;高松の小君達さへ、こたみ入らせ給ひし夜よりは、女房ゆるされて、まもなくとほりありき給へば、いとはしたなげなりや。さだすぎぬるを效にてぞかくろふる。五節こひしなどもことに思ひたらず、やすらひ、小兵衛などや、その裳の裾、汗袗にまつはれてぞ、小鳥のやうにさへづりざれおはさうずめる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（『紫式部日記』岩波文庫、p. 56）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;若君にからまれて上げた女房の黄色い声を「小鳥のやうにさへづりざれおはさうずめる」と書く。僕はここを読んだ時ぞっとした記憶がある。この表現に式部の男女間の語らいへの強烈な嫌悪と不信が見えたような気がしたのだ。「蜻蛉」を読んだ時、浮舟がいなくなったあと、その慰めを求めて宮中の女房を漁る匂宮や薫の描写に、僕は日記のこのくだりを思い出した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、そうした印象とは別に、もうひとつ小説としての技術的な視点からも思うところがある。「匂宮」で登場人物を紹介したあと、「橋姫」「椎本」ではひじょうに周到に伏線が張られている。この状況設定は「総角」での膨大な心理描写を導くためのものである。また、ストーリーが実質的に大きく動くのはさらにそのあと「早蕨」からである。僕は、別人が引き継いで書いたとするなら、こんな地味で周到な展開にはしない（できない）と思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;デビューしたての物語作者は、ストーリーの早い段階で読者を引きつけなければならないので、目を引くエピソードを定期的に発信しようとする。『落窪物語』を思い出してみればいい。『源氏物語』でさえ序盤の紫上系ではそうだった。だが、ここでは「匂宮」の薫の体香という設定がやや好奇の目を引くものの、その後はじつに地味な展開が続く。読者の目を引くことに関心がないのではないかと思えるふしすらある。大野晋は宇治十帖を実験小説と言ったが、こう言ってよければ、作者は宇治十帖において、小説を自分の思考の道具として使っているような印象がある。これは散文を膨大に書き続けてきた人間の書きっぷりで、だれかがぽっと出てきて引き継いだ時に生まれるような文章ではない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;上記の印象から、よほど決定的な外部の証拠がない限り、宇治十帖が式部作でないというのは、なかなか受け容れがたいように思う。まあ問題は、自分の読解がどこまで信用できるかというところなのだが……。宇治十帖は「若菜」上下と同様、もう一度読む必要があるな。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-6139064022995893194?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/6139064022995893194/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/07/blog-post_29.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6139064022995893194'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6139064022995893194'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/07/blog-post_29.html' title='宇治十帖について'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-7396706167416740942</id><published>2010-07-26T21:41:00.001+09:00</published><updated>2010-07-26T21:41:00.434+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'>『源氏物語』を読み終える</title><content type='html'>&lt;p&gt;おおよそ一年半かかって、ようやく『源氏物語』を読み終えた。読み終えたというだけでもそれなりに感慨があるけれども、純粋に優れた作品を完読する機会を得られてよかったと思う。今後源氏に関係した言説に触れるたびにいちいち後ろめたい思いをする必要がないのもいいことだね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;以下は差し出がましいが、これから源氏を原文で読もうという人への助言。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;現行の巻の順序でなく書かれた順で読む。&lt;/strong&gt;これがいちばん言いたいところ。新しい研究の成果を取り入れない理由はない。21世紀の人間が源氏読解においてアドバンテージを持てる唯一の要素。これを実践するだけで挫折率はそうとう下がると思う。ここでも紹介してきたけど、&lt;a href="http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/02/blog-post_11.html"&gt;現行の巻の順序は書かれた順とは違っている&lt;/a&gt;。詳しくは、&lt;a href="http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/04/blog-post_29.html"&gt;武田宗俊『源氏物語の研究』&lt;/a&gt;などを参照のこと。巻の順に読むというのは『銀河英雄伝説』や『ポーの一族』を時系列順で読むとか、そういうことに近い。つまり、二回目以降の人向けの読み方だといえる。書かれた順で読むほうが、頭に入ってきやすいはずである。とくに前半部は、巻順ではごちゃごちゃしているところが、たいへんすっきりとする。また後半では「紅梅」の位置に注意する。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ここでいう「書かれた順」とは、次のような順である。&lt;/p&gt;

&lt;ol&gt;
&lt;li&gt;「1. 桐壺」。これはおそらく次の紫上系がある程度書かれた後にあらためて用意された巻とおぼしいのだが、どのみちストーリー的にはここから始まるとしかいえないので、これに限っては書かれた順でなく最初に読んでおけばいいと思う。が、必ずしも最初でなければならないわけでもない。紫上系を読んでいる途中で外伝的に寄り道して読んでもよい。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;紫上系&lt;/strong&gt;。「5. 若紫」「7. 紅葉賀」「8. 花宴」「9. 葵」「10. 賢木」「11. 花散里」「12. 須磨」「13. 明石」「14. 澪標」「17. 絵合」「18. 松風」「19. 薄雲」「20. 朝顔」「21. 少女」「32. 梅枝」「33. 藤裏葉」。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;玉鬘系&lt;/strong&gt;。「2. 帚木」「3. 空蝉」「4. 夕顔」「6. 末摘花」「15. 蓬生」「16. 関屋」「22. 玉鬘」「23. 初音」「24. 胡蝶」「25. 螢」「26. 常夏」「27. 篝火」「28. 野分」「29. 行幸」「30. 藤袴」「31. 真木柱」。「玉鬘」以降は通称「玉鬘十帖」と呼ばれる。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;「若菜」以降&lt;/strong&gt;。「34. 若菜上」「35. 若菜下」「36. 柏木」「37. 横笛」「38. 鈴虫」「39. 夕霧」「40. 御法」「41. 幻」。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;「匂宮」「紅梅」「竹河」、宇治十帖&lt;/strong&gt;。ただし順序は「42. 匂宮」「45. 橋姫」「46. 椎本」「47. 総角」「48. 早蕨」「43. 紅梅」「49. 宿木」「50. 東屋」「51. 浮舟」「52. 蜻蛉」「53. 手習」「54. 夢浮橋」。「44. 竹河」は外伝として気が向いた時に適当に読む。&lt;/li&gt;
&lt;/ol&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href="http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/02/blog-post_15.html"&gt;読書進捗の話をした時の表&lt;/a&gt;もご参考に。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さらに、上記の読みかたを実践してもなお整合の取りきれない個所がいくつかあることも知っておいて損はない。これらはいずれも（偶然か意図的かは別にして）巻の欠落が原因のように見える。&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;「1. 桐壺」と「5. 若紫」の間に明らかなストーリー上の欠落がある。この欠落部分については「2. 帚木」「3. 空蝉」「4. 夕顔」にも書かれていない。ここには藤壺宮と源氏との密会、朝顔斎院や六条御息所と源氏とのなれそめが描かれていたはずである（宣長はこれを補完するために「手枕」を自分で書いた）。つまり、実質源氏物語は「5. 若紫」から、&lt;strong&gt;ストーリーの途中のところから始まっている&lt;/strong&gt;。これはもうそれしか残ってないんだからしょうがない。上演時間に遅れてやってきた客のようなものと、あきらめるしかない。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;「1. 桐壺」は「5. 若紫」以前の背景を描いたものだが、必要なぜんぶを説明してくれているわけではない。「14. 澪標」で語られる&lt;a href="http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/02/blog-post_22.html"&gt;宿曜の予言&lt;/a&gt;などはその例である。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;紫上系、「21. 少女」と「32. 梅枝」の間に欠落があるようで、夕霧や柏木の官位がここで飛んでいる（しかしここは明石の姫君の裳着の話が連続しているので、このふたつはそれほど離れた巻同士でないことは間違いない）。それが玉鬘十帖で説明されているかというとされていない。どうも、玉鬘十帖は、「21. 少女」と「32. 梅枝」の間にあった巻を抜き取って、そこに差し替える形で挿入されたような感じである。玉鬘十帖に一時的に紫上系によく見られる華やかな描写が復活するのはそのことと関係があるかもしれない。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;底本によっては、「47. 総角」で夕霧の官位が混乱している。これは「紅梅」の位置が誤られたことによる混乱からきているのだと思われる。あまり気にしなくてもいいっぽい。詳しくは武田宗俊の論を参照。&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;訳文はいらない。&lt;/strong&gt;まず基本的に、全訳と名の付いている本の訳のほとんどは意味がない。意味のある訳を読みたいのなら、与謝野源氏なり谷崎源氏なり、それ自体を鑑賞の目的として耐えうるものを読めばいい。全集で全訳を載せているようなやつの訳文は、日本語とはいえない。あれは古語の助詞・助動詞を機械的に現代の助詞・助動詞に置換した人工言語みたいなものだ。難しければ難しい原文になるほど、訳文はあてにならなくなっていく。あれの無意味さはいくら強調してもしすぎることはない。それに源氏物語は大著だ。それを読もうという時に、それと同じかそれ以上の分量の駄文を並行して読むというのは時間と頭の無駄遣いだと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;以前&lt;a href="http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/04/blog-post_29.html"&gt;脚注の落とし穴について&lt;/a&gt;書いたことがあるけど、そうはいっても注は絶対に必要である。注の付いてない原文で読もうという原理主義にまでいくのはやり過ぎ。目で追ってても内容は理解できずに終わる。そういうのは二周目以降にとっておこう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;巻ごとに解説書で復習する。&lt;/strong&gt;ということは、なにか源氏物語の解説書を用意したほうがいいということです。巻ごとに、あらすじとか、見どころがまとまっているやつがいいかと。僕の場合はそれは対談『光る源氏の物語』だった。でも他の本でもなんでも、好きなやつでいいと思う（でも対談は読書の孤独を紛らわすのにはよかったかな）。ひと巻読み進んだ後に、そこで何が語られていたのか、ストーリーはどう動いたのかをそうしたガイドブックで復習しておく。前に読むと読む気がなくなるので後がいい。ちゃんと読めてればもちろん不要なことではあるけれど、保険としてあったほうが最期まであきらめずに読めると思う。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-7396706167416740942?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/7396706167416740942/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/07/blog-post_26.html#comment-form' title='2 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/7396706167416740942'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/7396706167416740942'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/07/blog-post_26.html' title='『源氏物語』を読み終える'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>2</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-3281977647852201978</id><published>2010-07-22T21:40:00.000+09:00</published><updated>2010-07-22T21:40:00.377+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'>「匂宮」「紅梅」「竹河」について</title><content type='html'>&lt;p&gt;大野晋と丸谷才一の対談『光る源氏の物語』では、「匂宮」「紅梅」「竹河」の三帖についてその文章の拙さと冗長さとを挙げて式部作ではないとし、「読者はこの三巻を飛ばすほうがいい」と言っている（中公文庫版下巻、p. 274）。僕は源氏物語を読むにあたって当初この対談を大まかな羅針盤としていたので、「幻」のあとにはまず「橋姫」へと進み、飛ばした三帖は宇治十帖を読みながら適当なタイミングで読んでいこうと考えていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「匂宮」「紅梅」「竹河」を飛ばして、いきなり「橋姫」から読み出してもストーリー上破綻はないというのは、おおむね間違ってはいない。しかし要所要所で言及される薫の体香についての記述は、どうも「匂宮」の記述を前提としていると考えたほうがいいように感じた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;薫は女三の宮と源氏（実は柏木）の子で、自分の出生に疑問を持ち、そのせいか厭世的な性格を持つ人物である。彼には、なぜかその体からえもいわれぬいい匂いがするのだという設定が「匂宮」にある。おとぎ話を卒業して現実的な人間模様を描くことに成功した源氏物語が、ここでなぜまたこんな SF 的な設定を持ってきたのかというのが昔から疑問視されていて、それが「匂宮」他者作者説の唱えられる一因ともなっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、宇治十帖の前半部には、薫の放つ香についての言及が要所要所に出てくる。そういう個所に出くわすと、思い込みを防ぐために、それらが「貴人としての一般的な描写として素晴らしい香を焚きしめているのだと述べているだけではないか」と警戒しつつ注意深く読むようにしていたのだが、やはりそれでは苦しいように思われた。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;……宮は、いとど限りなくあはれと思ほしたるに、かの人の御移り香のいと深くしみ給へるが、世の常の香《かう》の香《か》に入れたきしめたるにも似ず、しるき匂ひなるを、その道の人にしおはすれば、あやしと咎め出で給て、いかなりしことぞとけしきとり給に、……&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（「宿木」新日本古典文学大系『源氏物語（五）』、pp. 71-72）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;薫の体香について、はっきりとそれが「薫きものの香」であるように記述された個所は見つからない。むしろ上記引用などは、やはり彼自身の体香という設定を前提としていると考えたほうが自然である。「匂宮」が後から書かれたというのであれば、こうした記述に生じうる微妙な齟齬まで書き換えたと考えなければならず、それはちょっとありそうにない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そんなことを考えながら読んでいたら、武田宗俊の『源氏物語の研究』でははっきりと「匂宮」「紅梅」は式部作と断ぜられていてなんだか拍子抜けしてしまった。式部作でないと思いながら読むからそうという理由がなくてもなんとなく疑わしく思ってしまうのだが、いったん疑ってしまったものをやはり式部作と断言するのは難しい。しかし決定的な証拠がなければ式部作に帰するのが自然である。丸谷才一は思い込みで文が拙いと言ってしまったのだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「紅梅」についても、諸所にそれを前提とした記述が見られる。この巻が式部作でないと疑われたいちばんの理由は登場人物の官位が合わないという点なのだが、これは武田宗俊の同書の論文で解決してしまった。「紅梅」を「早蕨」の後、「宿木」の前に入れるとその問題は起らない。この説が正しいように思う。「宿木」には「紅梅」の内容を前提にした記述が見られるので、これもよっぽどの理由が出てこない限り式部作だろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;文章が拙いというのはなかなか証拠として挙げにくい事実である。自分の読解力がないだけかもしれないし。「紅梅」の文章がごちゃごちゃしているというのは、そもそも書こうとしている事実（人物関係）がごちゃごちゃしているせいかもしれない。また、あんまり上手くないと思った巻が他になかったわけではない。僕は「鈴虫」の巻で、これは名文とは言い難いのではと思った記憶がある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「竹河」については以前書いたとおり、これは直接的な剽窃を指摘されているので、式部作でないこと確実だろう。しかしにもかかわらず文章の出来不出来からこれを式部作でないと判定するのは難しいと思う。結局のところ、文の格調が高いか低いかは、著作者の判定にはあまり信用できないということなのかもしれない。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-3281977647852201978?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/3281977647852201978/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/07/blog-post_22.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/3281977647852201978'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/3281977647852201978'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/07/blog-post_22.html' title='「匂宮」「紅梅」「竹河」について'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-2427628221340921235</id><published>2010-07-19T21:39:00.000+09:00</published><updated>2010-07-19T21:39:00.513+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><title type='text'>書き残された言葉と死について　その二</title><content type='html'>&lt;p&gt;一条天皇の時代には『土佐日記』や『伊勢物語』が生まれてからすでに数世代が経過している。『蜻蛉日記』が書かれてからも一世代以上経っている（道綱母は生きていたかもしれないが）。中宮定子や清少納言は時の人ではなくなったが、『枕草子』は読み継がれていたようだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;道綱母は『蜻蛉日記』がいつごろまで読み継がれるかを意識していただろうか。また、紫式部は『源氏物語』がいつごろまで読み継がれるかを考えていただろうか。千年以上とまでは想像しなかったかもしれないけど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『蜻蛉日記』の作者はおそらく『土佐日記』『伊勢集』などを先行する存在として意識していただろう。紫式部まで下ると、そうして残された『蜻蛉日記』も強く彼女の意識に訴えていたに違いない。李杜をはじめとする、はるか昔の大陸の文人たちのことも考えたと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、なんの話かというと、&lt;strong&gt;書き残されたものは自身の死を乗り越えてなお残る&lt;/strong&gt;、というアイデアについてである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『蜻蛉日記』や『源氏物語』には、さらには『賀茂保憲女集』にも、自身の書いたものが世の中に出回っているほかの読みものと同様に残ってゆくものであることへの自覚と、また残してやろうという意志が感じられる。その原動力は嫉妬だったり自責だったり卑下だったりするのだが、何にせよそうしたものを自分の存在とともに流れて消えてしまうものにはできないと、彼女たちが考えたであろうことが感じられる。僕はこれらの散文作品がそうした私的な動機だけによって生まれたとは考えないが、また一方でそれがまったく関与しなかったというのもあり得ないことだと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（それをあまり感じない仮名文学もある。『落窪物語』には、人を楽しませようというサービス精神は感じるが、ここでいう思念のようなものは感じられない。『堤中納言物語』には趣向を凝らした心意気こそ感じるものの、その意識はひじょうに刹那的なところに留まっているように思える。『和泉式部日記』にも感じない。『枕草子』にもあまり感じない。ただ、その日記的章段群には、書かれた時点ですでに「もはや回顧することしかできない世界」が描かれておりその第一の消費者がおそらくは作者自身であったこと、またその結果として「書き残されたものが滅んだ後も生き残る」というテーゼを図らずも体現してしまっていることによって、同種の魅力を放っているようなところがある。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;だから、平安時代の仮名文学を読むということは、読み手にとってだけでなく、&lt;strong&gt;書き手にとっても&lt;/strong&gt;やはり&lt;strong&gt;生死の境界を超えた対話&lt;/strong&gt;であるということになる。古文を読むというのは、そういうところが多分にある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;……うーん。前回にもましてわけがわからないことを言っていると思われたことでしょう。前回のと合わせて、これらのことはまだ自分の中でもうまく考えが整理できてない。というか、もともと妄想じみているので、合理的に言語化するのは無理のような気もする。が、なんとなくここを終わらせる前に書いておきたかったので、わからないなりになんとか書いてみたという感じ。お目汚し御免。次から源氏の話に戻ります。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-2427628221340921235?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/2427628221340921235/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/07/blog-post_19.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/2427628221340921235'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/2427628221340921235'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/07/blog-post_19.html' title='書き残された言葉と死について　その二'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-7063555619297902296</id><published>2010-07-05T21:55:00.002+09:00</published><updated>2010-07-05T21:55:00.711+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><title type='text'>書き残された言葉と死について　その一</title><content type='html'>&lt;p&gt;古文というのは学ぶ側にとっては一種の語学ということになるわけだけど、ほかの多くの語学とは違い、それでほかの誰かとコミュニケートできるようになるわけではない。また一般的には、その言語で自分が新たになにかを書くということもない。英会話などと比べれば、なんとも孤独な語学だといえる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また、読書というのもひじょうに孤独なものだ。読書会とか朗読会とかいったりするものの、本質的には、近代的な意味での読書というのはきわめて個人的で孤独な体験である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところが、その個人的で孤独な作業の中で、読書する人の頭の中に、生き生きと話す人物の息づかいや、雑踏の喧噪やらが鮮やかに聞こえてくることがある。それも読書の特徴である。古文で書かれた文章にあっても、それは起こりうる。死んだ言語である古文がかつて生きていたという当然の事実を再認識するのは、そういうときである。辞書や文法書をひっくり返した苦労がそれを助長するのかもしれないが、千年前の中流貴族の女性の言葉が「聞こえた」と錯覚するときがある。古文というのは死んだ言語であるから、その話者も当然この世の人ではない。すると、この錯覚がいささか怪談めいた可笑しなアイデアを呼び起こす。&lt;strong&gt;死んであの世で古代の人と会話する&lt;/strong&gt;、というアイデアだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;死んだ人とかあの世とかを本気で信じるわけではないのだが、生きた古文という矛盾したものをひねり出すには、頭の中でそういう無茶でもしないことにはうまくいかない。だけど、こういう夢想をしたのは自分だけではないんじゃないかな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;なにで読んだか忘れてしまったけど、かつて、大野晋は冗談で「僕は紫式部と当時の言葉で会話ができるんだ」とか、そんなようなことを言ったことがあったらしい。本当だとしたら、大学者の大野晋もあるいは同じようなことを考えていなかったとは言えないわけだ。本居宣長だってそうだ。『紫文要領』は、つまるところは式部が源氏物語を書いたときの意図に従って読めという趣旨だが、それは必然的に平安時代のライブな作者／読者という存在を意識することになる。彼が擬古文で各種の書物をものしたのには、ひとつには「平安時代の人間に提出して通用するものを書く」という愉快な規範意識もあったのではないだろうか、などと空想する。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;空想したところで、そうだという証拠もないし、なにか有用な知見が得られるというわけでもないので、これはただ空想してそれだけのことなのだが、そんなことも考えるという話。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-7063555619297902296?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/7063555619297902296/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/07/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/7063555619297902296'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/7063555619297902296'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/07/blog-post.html' title='書き残された言葉と死について　その一'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-3629496156046104429</id><published>2010-05-20T21:22:00.000+09:00</published><updated>2010-05-20T21:22:00.681+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'>「夕霧」と「御法」「幻」について</title><content type='html'>&lt;p&gt;「若菜」上下から「柏木」「横笛」までは、登場人物の行動や心理が物語の筋と緻密に絡み合い一体となっており、どの巻も前後の巻と切り離すことができない。作者の書き手としてのエネルギーがいちばん熱く注がれているのがこの四巻だと思う。一連のできごとが収束に向かうきっかけとなるのが柏木の死である。「横笛」から次第に、物語の熱がゆっくりと冷めてゆく。「夕霧」は「横笛」の続きであるけれども、同時に源氏の一族の「終わり」を語るその「始まり」ともなっている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「夕霧」は彼の通称の由来にもなったその夕霧を主人公とした、独立性の強い構成の巻である。冒頭を「まめ人云々」で始め、結尾を雲居雁と藤典侍の子どもの話で終えることで、この巻は他ならぬ夕霧の物語であるということを作者ははっきりと示している。ということは、この巻それ単体で作者にはなにか書こうとしたテーマがあったということだと思うんだけど、それはなんなんだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;みんないろいろと意見があるとは思うけど、ひとつには源氏の「神話性の終焉」を宣言するものとしての役割があるんじゃないか。柏木の一件で源氏の不可侵性はすでに打ち破られている。それに追い打ちをかけるのが夕霧のどうしようもない通俗性というわけである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この巻での夕霧はひどい。彼は未亡人となった落葉宮に言い寄るが拒否される。それはいいのだが、そのあとがひどい。関係はなかったのに、「関係したようだ」という世間の誤解を利用して落葉宮を絡め取っていく。それで落葉宮が母親の見舞いで山に籠もっている間に、落葉宮の自邸を勝手に改装して「ほら僕らの新居だよ」みたいに待ち構えている。こわい。でそのまま事実上結婚したみたいになる。でも本人が承諾してないもんだから結婚した後なのに文を送っては返事が来ないか待ったりしている。そのうち乗り込んできて「世間はそうは思わないだろうから、ここで折れておいたほうが身のためですよ」みたいな言い方で口説く。こんなやつに落葉宮がなびくわけがない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（しかし柏木もそうなのだが、このかっこ悪さにはなんかこう、身をつまされるものがあるけどね。柏木といい夕霧といい、男の読者が源氏物語で感情移入できるのは若菜以降からだと思う。それ以前には、女はともかく男の登場人物にはあまり唸らされるようなキャラクターはいない。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;閑話休題。そういうわけで彼にはもはや父には備わっていた神通力がない。伊勢物語の「むかし男」に匹敵する、冗談みたいな好き人であった光源氏、その息子がこうして圧倒的な「普通」に着地してしまうというおかしさ。柏木と夕霧の二人は、意図したわけではないけど、結託して源氏の栄光を引きずり下ろす役割を担っている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さてこの巻の終わりかたには、「私はこの夕霧という人物について書くことはすべて書き終えた」という「かたをつけた」雰囲気が漂っている。それに続くのが紫上と源氏の最期を描く「御法」「幻」。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「御法」は紫上の死を扱うための巻。それに焦点が当てられていて他のことには触れられていない。「夕霧」同様「御法」も「幻」も、中心人物が据えられてその人物とそれをとりまく人々の関わりという形で物語が描かれ、初期の、何月何日になった、という暦に従った物語進行から作者はもはや完全に解放されている。僕は紫上というキャラクターについて紫式部がどういう思いを抱いていたのかがまだはっきりとつかめないでいるので、この巻についてあまり言うことはないのだけど、その紫上という人物に対する作者の優しさは感じるよね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「幻」は光源氏の最晩年の一年を歳時記ふうに綴っていく体裁。一年の節々で紫上を思いながら歌を詠んでゆく。年の暮れになって昔の恋文をまとめて焼かせる。それから年が明けたときの支度をいろいろ指図する。これで終わる。うまい。作者はこの終わらせかたを執筆のかなり前の段階から暖めてたんじゃないのかな。さて、このあと「雲隠」という名前だけの巻があることになっているが、まあ実際の本文はないだろう。恋文を焼いた話の出たあとにもう一巻だらしなく源氏の話が続くとはちょっとね。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-3629496156046104429?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/3629496156046104429/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/05/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/3629496156046104429'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/3629496156046104429'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/05/blog-post.html' title='「夕霧」と「御法」「幻」について'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-5598513253504168414</id><published>2010-04-29T21:54:00.003+09:00</published><updated>2010-04-29T21:54:00.628+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='本の紹介'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'>武田宗俊『源氏物語の研究』</title><content type='html'>&lt;p&gt;四月は忙しくてここにぜんぜん記事を書けなかった。百回までという決めた回数の残りもあるから、いいかげんなのでお茶を濁す気にもならず、間が空いてしまった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ずいぶん前から読みたかった武田宗俊『源氏物語の研究』（岩波書店）を最近ようやく手に入れた。思ったよりも薄い本だったんだな。これは、&lt;a href="http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/02/blog-post_11.html"&gt;以前に紹介した源氏物語の執筆順序&lt;/a&gt;について、玉鬘系が紫上系にあとから追加挿入されたということを明らかにしたその論文が収録されている本だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それにしても、実物を読む前から薄々は感じてたけど、この人はほんとに頭いい人なんだなと思った。源氏関係の本でこんな明晰な文章初めて見た。そのうえ観察眼が鋭い。とくに玉鬘系の登場人物が紫上系に出ていないこととか、「竹河」の男踏歌の描写が「初音」の剽窃であることとか。これを指摘された当時の研究者たちはさぞくやしかったろうね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この本は昭和二十九 (1954) 年に初版発行だが、昭和五十八 (1983) 年に復刊し、その際に吉岡曠氏の解説が付けられたようだ。僕が入手したのは平成六年 (1994) 年の第三刷。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;1983 年に書かれたこの解説を見るに、武田氏の玉鬘系後記説がその時点でなおほぼ完全に孤立していたということがわかる。いまこうして源氏読んでるひとりの人間の感想として、これはなんとも驚くべきことだ。古文でいうなら「あさまし」。武田説に賛同している論のひとつ、大野晋『源氏物語』の刊行は 1984 年で、手元にはその岩波現代文庫版 (2008) があるが、それによれば、秋山虔「源氏物語――その主題性はいかに発展しているか――」（『日本文学講座Ⅱ　古代の文学　後期』河出書房、1950）、『源氏物語』（岩波新書、1968）、また山中裕「源氏物語の成立順序についての一考察」（「国語と国文学」1955年1月号）、吉岡曠『源氏物語論』（笠間書院、1972）を挙げて「武田氏の見解を積極的に発展深化させようとする意見の公式に発表されたものは右の他にほとんどない」としている（pp. 390-391）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さすがにいまはもっと認められていると思うけど、定説とまでは至っていないのかな。今の国文の院生たちあたりの意識だとどんなもんなんだろうね。しかしこの本が出て半世紀以上たっている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ウィキペディアなどではまるでこれがいまだ議論の最中にあるかのような書きぶりで両論併記がなされているが、これまで読んできたこと（源氏の本文含めて）から言わせてもらえば、これは議論の対象というよりは見つかった新たな事実というべきもので、なんだかわからないあやふやな事態についてそれらしいことを述べたもののひとつみたいな扱いをいつまでもしてるようなものではない。これが発見された時代に生まれたことを素直に喜んでおいたほうがいい。この情報があるとないとで、源氏物語の見通しと内容理解には圧倒的な差がつくだろうから。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし 20 世紀までこのことに誰も気づかなかったというのもまた驚くような話ではある。なんでこんなに発見が遅かったのか。これは、注釈書にその原因があったのかもしれない。といってもそれが不正確だとかいう話ではなくて、逆に充実しすぎていたせいではないかと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;新体系でもなんでもいいけど、古典文学の全集の本文にはびっしりと脚注が付けられている。「中将」とか「中納言」とかの官職名にはほぼ確実に注が振ってあって、それが「源氏」とか「薫」とか登場人物の通称でいうところの誰なのかがかっちりと書いてある。だから読者は「中将云々」とある文を「源氏云々」と頭の中で置き換えて読み進めていく。それはそれでいい。が、「中将」「中納言」とあったもとの言葉の存在を忘れてしまうと、そこに本来あった情報を見落としてしまうことになる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;たとえばある巻で「左少将がどうした」と書いてあったとする。注がついていて、この左少将は柏木だと書いてある。それで読者は、ああ、柏木がどうこうしたんだな、と思う。後の巻で「中将がどうした」と書いてあって、ここにも注がついていてこれが柏木だと書いてある。それで、ああ、ここでも柏木がどうこうしたんだな、と思う。こういう読みかたをしていると、巻が変わったところで人物の呼称が急に変わったことに気づかない。ふつう呼び名となっている官職名が断りなしに変わったりしたら読者は混乱するはずで、こんなのは当たり前のことなのだが、注釈と併走して進む読みかたにどっぷりだとそれを疑問に思わなくなってしまう。ひどいと古文ではそれが常識でみんなそれでわかるものなんだと思っている人もいる（なにを隠そう数年前までの古文知らない僕がそうでした）。そんなわけないのだ。「左少将が中将になった」という記述がなければ、中将の呼称の指すところが誰なのかは当然見失われてしまう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;注釈における人物名の引き当ては、前後の文脈や巻を先回りして当てはめた、一種のネタバレ情報だ。生まれた赤ん坊がずっと先で薫の中将と呼ばれているから「若菜」の巻でその赤ん坊を薫とわれわれは呼んではいるけれども、「若菜」を読解するにあたってはその知識は押しやって、書かれていることだけを知りうるものとして扱わなければならない。そういう意味では、たとえば赤ん坊の記述に注を付けて「薫」と書くようなのはよけいなお世話とも言える。同じことが古来の注釈にも言えたように思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あくまでも本文の意味が通らない時の補助としての注釈であって、古文を読むのが本文と注釈の対応関係を追っていくだけの作業になってしまわないよう気をつけないといけない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それはさておき、こんな重要かつ明晰な本が学術書とはいえなかなか入手しづらいというのはよくないぞ。岩波書店はそろそろこの本を重版すべき。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-5598513253504168414?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/5598513253504168414/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/04/blog-post_29.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/5598513253504168414'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/5598513253504168414'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/04/blog-post_29.html' title='武田宗俊『源氏物語の研究』'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-4743166309219206727</id><published>2010-04-09T00:16:00.001+09:00</published><updated>2010-04-09T00:18:03.179+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><title type='text'></title><content type='html'>&lt;p&gt;記事のストックがなくなって更新が遅れてしまった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;先週の話はエイプリルフールです。でもなにも言ってもらえなかったのでちょっと寂しかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今週は嘘じゃないけど、また輪をかけてどうでもいい話。最近ツイッターを始めた（@&lt;a href="http://twitter.com/masaakishibata"&gt;masaakishibata&lt;/a&gt;）。で、源氏物語の単語からでたらめに文章を綴っていくプログラム、「&lt;a href="http://www.emptypage.jp/mechmurasaki/"&gt;メカ紫&lt;/a&gt;」のツイッター版も作りました。@&lt;a href="http://twitter.com/mechmurasaki"&gt;mechmurasaki&lt;/a&gt;。だいたい一日に一回くらいのペースで何か書きます。フォローはご自由に。ていうかみんなぜんぜんフォローしてくれないので、してもらうと中の人が喜びます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;古文のサイト持ってる人でツイッターもやっているという人がいたら、メカ紫からフォローします。ハッシュタグ #mechmurasaki をつけて発言してもらえれば拾ってフォローしていきます。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-4743166309219206727?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/4743166309219206727/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/04/masaakishibata-mechmurasaki.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4743166309219206727'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4743166309219206727'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/04/masaakishibata-mechmurasaki.html' title=''/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-458637720199150254</id><published>2010-04-01T21:27:00.002+09:00</published><updated>2010-04-01T21:27:00.239+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><title type='text'></title><content type='html'>&lt;p&gt;これはいにしへぶみを読みて二年あまりになむなりし。などかは読むばかりにてそのありさまを知るべき。さやうに考へまた書きてこそはあらめ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さは、ここにても今よりはよろづのことすべていにしへざまにてこそ書くべけれ。さすがに今やうだち、え読まるまじきすぢなどうち交じらむとも、いかがはせむ。腰折れぶみも程々しくはよろしくもなるまじうやは。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;返り事どもなむなほ今やうにてもうけたまはるべき。まいていにしへざまには。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-458637720199150254?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/458637720199150254/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/04/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/458637720199150254'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/458637720199150254'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/04/blog-post.html' title=''/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-8132862075858607156</id><published>2010-03-25T21:32:00.004+09:00</published><updated>2010-03-25T21:32:00.184+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='統計'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'>「文献の計量分析」について</title><content type='html'>&lt;p&gt;&lt;a href="http://www.meijishoin.co.jp/search/?BOOK_ID=ZAS003590"&gt;雑誌「日本語学」（明治書院）の2010年1月号&lt;/a&gt;の特集「源氏物語のことば」に、「文献の計量分析」（村上征勝）という記事が載っていた。これを例に、以前から感じていたことをちょっと書きたいと思います。なぜですます調かというと、これから（また）たいへん生意気なことを書くからです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;源氏物語に限らず、古文の研究では時折こうした統計的な手法が使われる。また、そうした研究に基づく成果が、さまざまな問題に対する判断材料として参照されたりもする。「読解」にもとづく古典的な研究に対して、こうした研究は数式やグラフなど使ったりしていかにも科学的に見える。しかし統計的分析は注意して扱わないと、ともすれば恣意的な結論を導くことにもなりかねないと僕は思っている。統計は、それが意味のある統計なのかどうかをよく吟味してかかる必要がある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「文献の計量分析」では、はじめに現代日本語文の計量分析の有効性について説明されている。そのこと自体は導入として自然な話だと思う。さて、ここで有効であるということが紹介されているのは、書き手の読点の打ち方の傾向についてである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;続いて記事は古文の計量分析の話に移り、『源氏物語』の宇治十帖他作家説について検討を試みる。しかしここで分析の対象にされているのは名詞や助動詞の出現率である。それが有効な手法であるかどうかについてはこの記事では説明されてないのにだ。こういうところで、僕はこの記事に対して大きく不満がある。それなら最初の読点の打ち方の話は何だったんだと。人を信じ込ませやすくするブラフか？　もちろん古文にはもとから読点がないのは知っている。それでもじゃあなんでその話をしたのかという疑問はなお残る。あとの説明を納得できるようにしたいのであれば、現代日本語文の名詞や助動詞の出現率の評価の有効性について言及するべきではないか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;記事は名詞や助動詞の出現率が評価として有効なのかどうか不安を抱えたまま話は続き、&lt;a href="http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/02/blog-post_11.html"&gt;以前ここでも紹介した源氏物語の成立分類&lt;/a&gt;についての話になる。ここで、A, B, C, D がそれぞれ特徴的な偏りを示したという説明がなされる。これまでの学説と一致しているというわけである。だがここでも説明に物足りなさが残る。それは、その結果に意味があるのかという点である。偏り具合から個々の巻が A 系、B 系のどこに属するのかを判定できるということを意味しているのか、というもっともな疑問に対する答は書かれていない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;たとえば、無作為に分類した4つのグループでは絶対にこうした偏りは現れないのだろうか。そういうことが書かれていないのでその結果の価値がわからない。もし無作為では現れないというのであればなるほどそれは「これまでの定説は否定できない」という結論にはなるだろう。しかしそれだけではあまり意味がないのも確かだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さらに、たとえば B 系は、「2. 帚木」「3. 空蝉」「4. 夕顔」「6. 末摘花」「15. 蓬生」「16. 関屋」「22. 玉鬘」「23. 初音」「24. 胡蝶」「25. 螢」「26. 常夏」「27. 篝火」「28. 野分」「29. 行幸」「30. 藤袴」「31. 真木柱」からなるが、仮に「2. 帚木」以外の15帖から偏りを算出した時に、その偏りをもとに「帚木」の巻を評価すると、はたして「帚木」はそのグループの巻であるという判定ができるのか、ということについても説明がほしい。こうしたテストは&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%A4%E5%B7%AE%E6%A4%9C%E5%AE%9A" title="交差検定 - Wikipedia"&gt;交差検定&lt;/a&gt;といって、これを「帚木」に限らず B 系のすべての巻について行なっていくわけである。それが有効に機能したということになれば、はっきり言って源氏物語の成立問題は解決してしまうはずだから、まあそうなっていないのだろうとは思うけど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こうしたことの説明がないので、結局この記事は「統計的手法をもって源氏成立論の定説の正当性を補強した」ものなのか「源氏成立論の定説をもって統計的手法の正当性を補強した」ものなのかよくわからないという印象を受ける。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;まだある。ここで成立論の分類に使われた巻の構成そのものについて。別人の作による可能性が高いという「匂宮」「紅梅」「竹河」の3帖を C 系に入れて集計したのはなぜなのか。さらに慎重を期すなら成立時期に議論のある「桐壺」を A 系に入れて集計したのはどうなのか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;以上のことから、これだけ科学的に書かれているように見えながら、「有効性が説明されてない」「結果の意味するところが説明されてない」「統計を行なった過程に疑問が残る」という理由から、僕にはこの記事の内容を評価することができない。これは僕が馬鹿だからなのか？　それは否定しないけど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;統計的手法のそのものを否定するつもりはまったくないですよ。たとえば森博達の『日本書紀の謎を解く』『古代の音韻と日本書紀の成立』で挙げられている諸データはまさに真実を浮かび上がらせるもので、統計以外の方法では明らかにならなかった成果だと思う。僕はこれらのデータが正しいかどうかは確認できないけど、「データが正しければ、それについての考察も正しいであろう」ということは読んでいて追うことができる。そこが大事なところだと思うのだ。もちろんなにからなにまでそんなにはっきりとした成果にはならないというのは理解できる。でもせめて、こういう結果ならこう推論できるとか、その思考過程だけは明確にたどれるようにしてほしいと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;生意気言ってすみません。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-8132862075858607156?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/8132862075858607156/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/03/blog-post_25.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/8132862075858607156'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/8132862075858607156'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/03/blog-post_25.html' title='「文献の計量分析」について'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-4189355016633945780</id><published>2010-03-18T21:19:00.000+09:00</published><updated>2010-03-18T21:19:00.529+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'>「若菜」以降と「鈴虫」について</title><content type='html'>&lt;p&gt;やっと「若菜」上下を読み終えた。けれどもじっくり読むべき所を先を急いで読んだところもけっこうある。いずれもう一度腰を据えて読みたいところ。「柏木」「横笛」も「若菜」に引き続き、大変近代小説的な巻で、おもしろい。おもしろいの一言で片付けてますが、うならされるような件りがいくつもある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「鈴虫」の巻は、筋はほとんど進まない。「鈴虫」はあとから挿入されたという意見があるそうだけど（『光る源氏の物語（下）』中公文庫、p. 189）、別人の作という説はないのかな。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-4189355016633945780?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/4189355016633945780/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/03/blog-post_18.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4189355016633945780'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4189355016633945780'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/03/blog-post_18.html' title='「若菜」以降と「鈴虫」について'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-2438361948616929867</id><published>2010-03-11T21:05:00.000+09:00</published><updated>2010-03-11T21:05:00.174+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'>夕霧の空消息について</title><content type='html'>&lt;p&gt;「藤袴」の巻、夕霧が源氏の伝言を伝えに玉鬘を訪れるところで、夕霧は空消息《そらせうそこ》というものをする。空消息というのは嘘の伝言のこと。『光る源氏の物語』で、丸谷才一はこのくだりを問題視している。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;丸谷&lt;/b&gt;　（中略）この嘘は、本来ならば非常に小説的な仕掛であるはずなのに、その嘘の結果が別に何もない。嘘だということがばれもしない。ここが小説の書き方として非常に不思議ですね。この問題は今までの『源氏物語』論でやっていないですね。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;大野&lt;/b&gt;　そうかも知れない&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;丸谷&lt;/b&gt;　物語の中で嘘をついたら、その嘘はたいていばれるもので、それで何か事が起ることを読者は期待する。それが何も起らない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（大野晋、丸谷才一『光る源氏の物語（上）』、中公文庫、p. 396）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;小説の理論はたしかにその通りなのだけど、「藤袴」を読んでみると、この夕霧の空消息の件は、僕はおかしくないと思った。というのは、あの空消息というのは、夕霧が源氏の伝言を伝えただけではすぐに終わってしまうので、玉鬘ともっと話したくて作り事をしてまで話を続けているという意味に思われたからだ。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;御返、おほどかなる物から、いとめやすく聞こえなし給けはいの、らうらうじくなつかしきにつけても、かの野分のあしたの御朝顔は心にかかりて恋しきを、うたてある筋に思ひし、聞きあきらめてのちは、なほもあらぬ心ち添ひて、この宮仕ひをおほかたにしもおぼし放たじかし、さばかり見どころある御あはひどもにて、をかしきさまなることのわづらはしき、はたかならず出で来なんかし、と思に、ただならず胸ふたがる心ちすれど、つれなくすくよかにて、「人に聞かすまじと侍つることを聞こえさせんに、いかが侍べき」とけしきだてば、近くさぶらふ人も、少し退きつつ、御き丁のうしろなどにそばみあへり。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そら消息をつきづきしくとりつづけて、こまやかに聞こえ給。上の御けしきのただならぬ筋を、さる御心し給へ、などやうの筋なり。……&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（「藤袴」、新日本古典文学大系『源氏物語（三）』、p. 92、一部表記を改める。）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;夕霧はそれまで玉鬘を妹だと思っていた。ところが実はそうでないことがわかって、にわかに玉鬘のことが気になり出す。それがここに至るまでの背景としてある。源氏の勅使という機会を得て、彼はこれを利用して玉鬘と近づきになれないかと模索する。「つきづきしくとりつづけて、こまやかに聞こえ給」というのは、それらしい言葉を継いであれこれと丁寧に話すということ、ようするに時間稼ぎである。生真面目な夕霧のやりそうなことじゃないか。だから、この空消息というのはあれこれでっち上げて話を引き延ばしたということで、べつに小説の伏線というわけではないのでは。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;大野晋も丸谷才一もなんだか「やり手」っぽいので、ここでの夕霧の心理がうまく思い浮かばなかったのかな。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-2438361948616929867?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/2438361948616929867/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/03/blog-post_11.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/2438361948616929867'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/2438361948616929867'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/03/blog-post_11.html' title='夕霧の空消息について'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-602014712897817473</id><published>2010-03-04T21:13:00.000+09:00</published><updated>2010-03-04T21:13:00.525+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'>「夕顔」「末摘花」について</title><content type='html'>&lt;p&gt;「夕顔」は、小説的な視点でいうと、それまで読んできた巻のなかで一番おもしろかった。「帚木」「空蝉」と合わせ、このあたりは若かった源氏のユーモラスな失敗談となっている。素性の知れない女にぞっこんになり、危険な所へ連れ出したあげく女を死なせてしまって慌てる源氏の姿は、かわいそうではあるんだけど、どこか滑稽だ。すっかりしょげかえってしまう源氏の描写といい、この巻はなかなかふるっている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とはいえ、こうしたおかしさというものも華々しい貴公子光源氏という概念が前提となってはじめて成り立ちうるものだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「末摘花」については実際に読む前から、才女の作者にしては感心しかねる醜女に対する残酷さという面が語られているのを知っていた（大野晋、丸谷才一『光る源氏の物語』上、中公文庫）。また、『紫式部日記』のほうはすでに読んでたから、そこにある他人への辛辣な批評やら暗く渦巻く内面の吐露やらを思い起こせば、さもありなんという意識も持っていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そのうえで、実際に読んでみると、意外にも残酷さというのはそんなにないのではないかという印象がした。不器量で変わり者の末摘花については、作者は容赦がないというよりは、むしろ思い入れがないといったほうが近いように思った。結局、変わり者の擁護をするのは紫式部って人の役じゃないんだよ。（とはいえその後「藤袴」あたりで末摘花は近江の君という人物と並んでひどい歌を詠ませられて作者から徹底的にこき下ろされている。こっちのほうがキツイ。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「帚木」前半のいわゆる雨夜の品定めの議論から始まって、「空蝉」「夕顔」そしてこの「末摘花」と続く一連の流れでは、源氏の失敗譚が語られる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;空蝉、夕顔、末摘花はそれぞれ「帚木」前半の雨夜の品定めの議論における女の「品」についての上中下に対応していると思われる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;空蝉は品定めの議論では一番とされた「中の品」にあたるが人妻である。源氏ははやって懸想をかけるが、女はかたくなに抵抗し、ついになびくことがなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;夕顔は素性も知れない「下の品」の女だったが源氏はこれにぞっこんになる。あげく危険なところに連れ出してそのせいで女を死なせてしまう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;末摘花は、窮しているものの血筋は優れた「上の品」の女である。それが源氏のロマンをかき立てる。しかし対面してみれば器量振る舞いすべてにおいて奇天烈な女であった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それで、ああやっぱり「品」なんてものじゃ女は語れないんだな、ということを源氏は悟る。大まかに言えばそういう流れになっている。末摘花の一件後、源氏が空蝉のことを思い出すくだりにはこうある。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;かの空蝉の、うちとけたりしよひの側目には、いとわろかりしかたちざまなれど、もてなしにかくされてくちをしうはあらざりきかし、劣るべきほどの人なりやは、&lt;strong&gt;げに品にもよらぬわざなりけり&lt;/strong&gt;、心ばせのなだらかにねたげなりしを、負けてやみにしかな、ともののをりごとにはおぼし出づ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（「末摘花」新日本古典文学大系『源氏物語』一、p. 228）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;ところで、よく知らないのだけど、夕顔を憑き殺す物の怪についてこれを葵上同様の、六条御息所の生き霊によるものととる解釈があるのかな。しかしそんなことは「夕顔」のどこにも書いてない（後の巻にあるというのであれば別だけど……）。小説の構成的には、夕顔が死ぬのは源氏がはやって彼女を危険なところに連れて行ったことのしっぺ返しということで十分かたがついている。物の怪か、物の怪ならすわ六条御息所に違いないと飛びつくのは、何にでも無理に意図性を求めようとする悪しき解釈癖だと思う。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-602014712897817473?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/602014712897817473/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/03/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/602014712897817473'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/602014712897817473'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/03/blog-post.html' title='「夕顔」「末摘花」について'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-1863379541729807653</id><published>2010-02-25T21:13:00.000+09:00</published><updated>2010-02-25T21:13:00.771+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='抜書'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'>与謝野晶子「紫式部新考」</title><content type='html'>&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;私は『源氏』が、最初は「帯木」の巻から書かれ、よほど後に至って「桐壺」が首巻として加えられたものと感じている。それにはいくつかの理由を挙げうるが、一つは「桐壺」の文章の整然として一点の疵もなく、かつ堂々とした重味を持って完璧の美を示しているのに比べて、第二巻の「帚木」には渋滞した筆の跡のあることが目につく。また一つは雨夜の徒然に若い貴公子が集まって女の批評を交換する「帚木」の結構は、若い読者の心を引きつけるに十分であり、作者がこの巻を総序として、その夜の批評に上った種々の女を具体的に書き分けようと考えつきそうなことである。なお「桐壺」が後に加えられたために、他の巻と矛盾を生じた点さえ私には発見される。またおそらく初めの意図は、あんなに長い小説を書くつもりでもなく書き出したのが次第に感興を加えて、そのうちに長編とする心にもなったのであろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（与謝野晶子「紫式部新考」、『与謝野晶子選集 4』、春秋社、1967年、p. 14）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;しかし私は、現在の『源氏』五十四帖がことごとく彼女の筆に成ったとは決して思わない。昔から「宇治十帖」は大弐三位の補作だという説もある。私は『源氏』を前後二編に分けて、「若菜」以下の諸巻を後編とし、それを他人の補作であると推定している。紫式部が書いたのは「桐壺」より「藤裏葉」に至る三十三巻である。詳しいことは別に『源氏物語考』を書く機会に譲っておくが、『源氏』は結構より見てこの「藤裏葉」に至り、前編の主人公源光《みなもとのひかる》の境遇がすべて円満にめでたく栄華の頂点を見せて筆が結ばれている。しかるに後編の作者は、新主人公源の薫を点出して、前編に類例のない新味ある恋愛小説を構想し、薫を出すための準備として、なお前編の主人公の後の生活を「若菜」から新たに書き始めた。「若菜」上下の文章が前編に比べてにわかに冗漫の跡のいちじるしいのは、後編の作者の筆がその書き始めだけに、しばらく未熟なのを示しているのである。しかも後編の作者は、次ぎ次ぎの諸巻を逐うて文章の円熟を重ねたのみならず、著想取材において前編の作者以外に新しい境地を開拓し、ことに「宇治十帖」といわれる最後の十巻において、恋の哀史の妙をきわめた。文章においても著想においても、前編の作者に拮抗して遜色のないこの後の作者は誰であろうか。一読して婦人の筆であることから、当時の女歌人のなかに物色すると、古人の言ったように、大弐三位が母の文勲を継いだのであろうと想像するほかに、その人を考え得ない。とにかく後編は、種々の点から作者を異にしていることを私は説明しうるが、ここには略して、ただ後編の「竹河」の巻の初めに、「紫のゆかりにも似ざめれど」（紫式部の書いた『源氏物語』の妙筆には及ばないけれど）と言って、後編の作者が謙遜の語をもって、前後両編の作者の異なることを暗示している一句を引証しておく。この句を本居宣長翁その他の注釈家が「紫の上のゆかり」の事に解釈したのは、大いなる誤りである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（同書、pp. 22-23）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;なにぶん古い時代の説だから、結論そのものはおいとくとして、ここで述べられている源氏各帖の本文に対する与謝野の印象が面白い。与謝野は「桐壺」を「一点の疵も」ない「完璧」と言い、「帚木」を「渋滞」、「若菜」を「冗漫」と言っているからである。それから、「『源氏』の須磨・明石の描写、ことに海岸の暴風雨の光景は空想のみで書かれそうにない」（p. 30）とも言っている。この意見は現在の読み方とはずいぶん乖離しているように見えるのだけど、どうだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ずいぶんオッサンくさい読み方だったんだなあ、と僕は思った。「桐壺」「須磨」「明石」あたりの筆を名文とするのは、なんか江戸時代の儒家とか武家とかで源氏好きのオヤジのしそうな見方っぽいじゃないか。まあ偏見ですが。しかし「帚木」はともかく、「若菜」を重視しないという（「薫を出すための準備」だと見る）感覚はもはや不思議に近いし、あの筆致を充実でなく冗漫ととる向きにはなかなか与しがたい。若書きで明石の入道の最期や猫と柏木のエピソードをあんなふうに思いつき、かつ書けるものだろうか。また、小説として見たとき「須磨」「明石」がなんだか枕詞を並べた常套句の羅列のような描写であるという印象は&lt;a href="http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/09/blog-post.html"&gt;前に書いた&lt;/a&gt;。しかしまあ、あれがいいという人がいるんだろうなあ、というのはわかりますがね……。様々なレベルで読者を満足させることができたというのが、源氏の本文が今日まで残るだけの「強度」を持ったテキストであることの証しなのだから。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;与謝野晶子がここまで想像と違う読み方をしていたとは意外であった。樋口一葉などは、どのように読んでいたのか、これもちゃんとしかるべき著作を見てみないとわからないね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところで与謝野はこの論の冒頭で紫式部のことを「女詩人」と呼んでいる。『源氏物語』の作者のことを「詩人」と呼ぶ人ははじめて見たのでびっくりした。自分に引きつけて見てるのね。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-1863379541729807653?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/1863379541729807653/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/02/blog-post_25.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/1863379541729807653'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/1863379541729807653'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/02/blog-post_25.html' title='与謝野晶子「紫式部新考」'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-4200494047679211544</id><published>2010-02-22T21:37:00.003+09:00</published><updated>2010-02-22T21:37:00.487+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'>宿曜の予言</title><content type='html'>&lt;p&gt;源氏の幼い頃にその将来を占わせたことは (1)「桐壺」に書かれているが（新体系、pp. 20-21）、「桐壺」の巻で語られるのは「帝にもならず、かといって太政大臣でもない」ということだけである。しかし (14)「澪標」において、宿曜《すくえう》の予言には「御子三人、帝、后かならず並びて生まれたまふべし。中の劣りは、太政大臣にて位を極むべし」という内容を含んでいたことが明らかになる（新体系、pp. 100-101）。というか、本来「澪標」で語られているこの内容は「桐壺」の時点で触れられていないとおかしい。でないと伏線として機能しないから。その思い込みがつい働いて、ここはよく勘違いしてしまう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href="http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/02/blog-post_11.html"&gt;11日の記事&lt;/a&gt;の内容を確認しようとして「桐壺」を見返したら、どこにも「御子三人、云々」が見つからないので焦った。また勘違いしないようにここにメモとして書いておく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;個人的な憶測を言えば、(5)「若紫」以前の巻が、それが何巻あったかは別として、とにかく存在していた。しかし『源氏物語』が本格的に流通する段階で、それらは紛失なり若書きなりの理由で省かれた。しかしそれでは源氏と藤壺、冷泉帝との関係や、将来の予言の謎といった物語の基本設定がわからないから話を追うことができない。そこでその段階で作者が背景説明として「桐壺」を用意した。そういう事情のような気がする。それであとで引用しているのを忘れて伏線をはしょって書いてしまったんじゃないかな。とはいえ朝顔斎院や六条御息所との馴れ初めがないのはちょっと省きすぎの感じがするから、そこは別にやっぱり巻があったかもしれない。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-4200494047679211544?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/4200494047679211544/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/02/blog-post_22.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4200494047679211544'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4200494047679211544'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/02/blog-post_22.html' title='宿曜の予言'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-8658955698460426956</id><published>2010-02-18T21:51:00.002+09:00</published><updated>2010-02-18T21:51:00.758+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'>「帚木」について</title><content type='html'>&lt;p&gt;正月はじめにようやく a. 紫上系を読み終えた。飛ばし飛ばしであるのに、語りはたしかに連続していることが確認できた。とくに、「少女」から「梅枝」には、間にいわゆる玉鬘十帖が入るのでそこで大きく間が空くのだが、前者の末尾から後者の冒頭にかけては、明石の姫君の裳着の準備の話が連続している。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「帚木」の冒頭には、源氏が「まだ中将などにものし給ひしとき」とある。第二巻で「ものし給ひ&lt;b&gt;し&lt;/b&gt;」という（助動詞キを伴う）のは尋常ではない。第一巻の「桐壺」ではまだ源氏の呼称として「中将」は出てきていないのだ。脚注は「書き手の口調があらわな語りではしばしば過去の時制をとる」と苦しいことを書いているが（おそらくこれは『落窪物語』冒頭の「中納言おはしき」が念頭にあるんだろうけど、あれは例外的な用例ではないか）、これはあとから書かれた巻である証拠とも考えられる。このキは、容疑者が犯人しか知り得ないはずのことをうっかり漏らしてしまった、そんな言葉のように見える。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こうした助動詞の使い方まで小説構成上のテクニックに帰するのは無理な説明だと思う。このくだりを書くとき、源氏の物語をこれから書こうというそのときに、作者は「その時点での源氏の語られかたの状態」によって、当時の日本語の常識の影響を強く受けたはずだ。源氏が中将から太政大臣へと登りつめていったヒーローであることが語り手と聞き手にすでに了解されていれば、地の文でつい「まだ中将などにものし給ひしとき」とキを伴って書いてしまったとしても自然なことである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「帚木」では、もうひとつ面白いところとして、雨夜の品定めの議論の終盤で左馬頭が総括のような形で女性について論じたくだりの一部を挙げたい。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;「すべて男も女も、わろものはわづかに知れる方の事を残りなく見せ尽くさむと思へるこそいとほしけれ。三史五経、道みちしき方を、明らかに悟り明かさんこそ愛敬なからめ、などかは女と言はんからに、世にある事の公私《おほやけわたくし》につけて、むげに知らずいたらずしもあらむ。わざと習ひまねばねど、すこしもかどあらむ人の、耳にも目にもとまる事自然《じねん》に多かるべし。さるままには真名を走り書きて、さるまじきどちの女文になかば過ぎて書きすくめたる、あなうたて、この人のたをやかならましかば、と見えたり。心ちにはさしも思はざらめど、をのづからこはごはしき声に読みなされなどしつつ、ことさらびたり。上らふのなかにも多かる事ぞかし。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（「帚木」新日本古典文学大系『源氏物語』一、p. 59）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;ここで左馬頭は「そりゃ女だからってなんにも知らないってわけじゃあなかろう。とくに学んだわけではなくても、学のある人のお側にいれば教養が自然に耳から入ってくることだってあるだろう。しかしそれで覚えた知識をひけらかして真名（漢字）だらけの消息をよこしてきたりするようでは可愛げがない」と言っている。つまり、女にも教養の身に付いた人がいるということは認めるが、それをひけらかすのはアウトだと。小説において、登場人物は作者の道具である。僕はここを読んで『紫式部日記』を思い出した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『紫式部日記』には、兄が漢籍を学んでいるのを作者が側で聞いていたところ、兄よりも覚えがよくて、父から「お前が男であったら」と言われたと書いているところがある（岩波文庫、p. 79）。それから清少納言を批判するくだりでは、清少納言は教養を振りかざして「真名書き散らし」てるからいけないと書いている（p. 73）。つまり左馬頭の台詞はそのまま『紫式部日記』の作者を擁護するものとなっている。こんなこと書くのは本人しかいない。そういうわけで、ここは「帚木」以下の b 系も紫式部の手によるものだという証拠になっている。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-8658955698460426956?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/8658955698460426956/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/02/blog-post_18.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/8658955698460426956'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/8658955698460426956'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/02/blog-post_18.html' title='「帚木」について'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-6509789406468940549</id><published>2010-02-15T21:38:00.001+09:00</published><updated>2010-02-15T21:38:00.254+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'>源氏進捗</title><content type='html'>&lt;p&gt;ようやく半分か……。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;a 紫上系を読むのには一年近くかかったのに、b 玉鬘系のほうはひと月ちょっとで読んでしまった。言ってしまえば、a 系は、ここは、という要所要所を除けば退屈だったんだよね。b 系のほうは先を読みたくなるんだな。玉鬘十帖の中程で中だるみするというのはたしかにそうかもしれない。しかしそこはそこで読めるようにはなっている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さていよいよ「若菜」の上下にとりかかるとするか……。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;おまけ。源氏物語の成立分類と分量。巻と頁は新日本古典文学大系のもの。&lt;/p&gt;

&lt;iframe src="http://spreadsheets.google.com/pub?key=t6wJ4HE0Tl2bZIkzovF1xJQ&amp;amp;output=html&amp;amp;widget=true" width="500" height="550" frameborder="0" title="源氏進捗 - Google ドキュメント"&gt;
&lt;ul&gt;
 &lt;li&gt;&lt;a href="http://spreadsheets.google.com/pub?key=t6wJ4HE0Tl2bZIkzovF1xJQ&amp;amp;output=html" title="源氏進捗 - Google ドキュメント"&gt;源氏進捗 - Google ドキュメント、独立ページ版&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;/iframe&gt;

&lt;p&gt;広い画面で見たい方は&lt;a href="http://spreadsheets.google.com/pub?key=t6wJ4HE0Tl2bZIkzovF1xJQ&amp;amp;output=html" title="源氏進捗 - Google ドキュメント"&gt;独立ページ版&lt;/a&gt;を。僕の読書状況もわかってしまうが、あえて出してみる。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-6509789406468940549?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/6509789406468940549/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/02/blog-post_15.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6509789406468940549'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6509789406468940549'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/02/blog-post_15.html' title='源氏進捗'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-4704905872518953712</id><published>2010-02-11T21:25:00.001+09:00</published><updated>2010-02-11T21:25:00.187+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'>源氏物語の成立順序</title><content type='html'>&lt;p&gt;いずれこのことについて書かないといけないと思ってたのだけど、面倒でずいぶん遅れてしまった。『源氏物語』の執筆された順序について。込み入った話じゃないんだけど、ちゃんと書こうとすると長くなってしまう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『源氏物語』の成立順序については議論があって、大野晋『源氏物語』（岩波現代文庫）や、『光る源氏の物語』（中公文庫）などにわかりやすく経緯が載っている。これについて聞いたことがなかったという人は、まず上掲の本や &lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E6%B0%8F%E7%89%A9%E8%AA%9E#.E5.B7.BB.E3.80.85.E3.81.AE.E5.9F.B7.E7.AD.86.E3.83.BB.E6.88.90.E7.AB.8B.E9.A0.86.E5.BA.8F"&gt;Wikipedia の「源氏物語」の項の「巻々の執筆・成立順序」&lt;/a&gt;のところを読んでみていただきたい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とくに決定的なのは武田宗俊の説で、これは『源氏物語の研究』（岩波書店、1954）という本で読めるようなのだけど、この本は入手が困難でまだ直接読むことはできていない。しかし次のような主旨であるという。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『源氏物語』の「藤裏葉」までの各巻について、&lt;/p&gt;
&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;(1)「桐壺」、(5)「若紫」、(7)「紅葉賀」、(8)「花宴」、(9)「葵」、(10)「賢木」、(11)「花散里」、(12)「須磨」、(13)「明石」、(14)「澪標」、(17)「絵合」、(18)「松風」、(19)「薄雲」、(20)「朝顔」、(21)「少女」、(32)「梅枝」、(33)「藤裏葉」を紫上系&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;(2)「帚木」、(3)「空蝉」、(4)「夕顔」、(6)「末摘花」、(15)「蓬生」、(16)「関屋」、(22)「玉鬘」、(23)「初音」、(24)「胡蝶」、(25)「螢」、(26)「常夏」、(27)「篝火」、(28)「野分」、(29)「行幸」、(30)「藤袴」、(31)「真木柱」を玉鬘系&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;

&lt;p&gt;としたときに、紫上系の巻だけをつなげて読んでも矛盾のない物語になる。そして紫上系の登場人物は玉鬘系にも登場するが、玉鬘系で登場する人物は紫上系では一切登場していない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とくに後者はひじょうに重要な事実だと思う。&lt;/p&gt;

&lt;table border="0" style="font-size: small; margin: 1ex 0.5em; padding: 0 0.5em; background: white; border-width: thin; border-style: solid; border-color: black;"&gt;
&lt;tr&gt;&lt;th align="right" abbr="巻"&gt;#&lt;/th&gt;&lt;th class="a"&gt;a 系&lt;/th&gt;&lt;th class="b"&gt;b 系&lt;/th&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(1)&lt;/td&gt;&lt;td class="a"&gt;桐壺&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(2)&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;td class="b"&gt;帚木&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(3)&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;td class="b"&gt;空蝉&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(4)&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;td class="b"&gt;夕顔&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(5)&lt;/td&gt;&lt;td class="a"&gt;若紫&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(6)&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;td class="b"&gt;末摘花&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(7)&lt;/td&gt;&lt;td class="a"&gt;紅葉賀&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(8)&lt;/td&gt;&lt;td class="a"&gt;花宴&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(9)&lt;/td&gt;&lt;td class="a"&gt;葵&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(10)&lt;/td&gt;&lt;td class="a"&gt;賢木&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(11)&lt;/td&gt;&lt;td class="a"&gt;花散里&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(12)&lt;/td&gt;&lt;td class="a"&gt;須磨&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(13)&lt;/td&gt;&lt;td class="a"&gt;明石&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(14)&lt;/td&gt;&lt;td class="a"&gt;澪標&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(15)&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;td class="b"&gt;蓬生&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(16)&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;td class="b"&gt;関屋&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(17)&lt;/td&gt;&lt;td class="a"&gt;絵合&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(18)&lt;/td&gt;&lt;td class="a"&gt;松風&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(19)&lt;/td&gt;&lt;td class="a"&gt;薄雲&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(20)&lt;/td&gt;&lt;td class="a"&gt;朝顔&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(21)&lt;/td&gt;&lt;td class="a"&gt;少女&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(22)&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;td class="b"&gt;玉鬘&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(23)&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;td class="b"&gt;初音&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(24)&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;td class="b"&gt;胡蝶&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(25)&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;td class="b"&gt;螢&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(26)&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;td class="b"&gt;常夏&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(27)&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;td class="b"&gt;篝火&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(28)&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;td class="b"&gt;野分&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(29)&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;td class="b"&gt;行幸&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(30)&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;td class="b"&gt;藤袴&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(31)&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;td class="b"&gt;真木柱&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(32)&lt;/td&gt;&lt;td class="a"&gt;梅枝&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;(33)&lt;/td&gt;&lt;td class="a"&gt;藤裏葉&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td align="right"&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;/table&gt;

&lt;p&gt;また、紫上系の物語は素朴なハッピーエンドの筋書きで、文章もわかりやすいのに対して、玉鬘系では反対に源氏の失敗や暗い側面が描かれ、文章も屈折して難しくなっているという特徴がある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところで、源氏物語には複数作者説というのが昔からとなえられてきた。与謝野晶子は「若菜」以降が紫式部の娘の作だと考えていたという（未読）。和辻哲郎も「源氏物語について」（『日本精神史研究』）によれば複数の制作集団による作業としか考えられないという認識だったようだ。しかし、これらは武田説以前のもの、執筆順序の背景について明らかになっていない時点でのものだったことに注意しなければならない（和辻の論は執筆順序についても言及しているが、それは「桐壺」があとから書かれたという見解についてである）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;和辻が違和感を抱いたのは、つまるところ「桐壺」から「帚木」への不連続性、そして巻ごとにまちまちになる作者の語り口調といった点である。それらの印象をもとに、これは統一的な人格の仕業とは思われぬと考えたわけである。そのまま頭から読み進めたとき、その印象はたいへんに正しいと思う。そして、これが多くの人々の源氏読破への挑戦を挫折に導いただろうことも想像に難くない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、紫上系だけを選んで続けて読むと、その語り口はまったく連続していることがわかる。以前僕は源氏を巻の順で読んでないと書いたけど、それはこの分類に従って読み進めていたのだ（まだ進行中ですが）。これはたいへんファンタスティックな体験だ（った）。女性たちと巡り会い、政敵に追われ、復活し、立派な邸宅を築いて女たちを住まわせ、「自身は天皇にはならないが、三人の子供がそれぞれ帝、后、太政大臣になる」という初巻「桐壺」の謎めいた予言の成就が近づき、源氏は栄華の絶頂の中で四十の賀を迎えるというのが紫上系の「藤裏葉」までのあらすじである。おそらくこのままいけば「めでたし、めでたし」で終わる予定だったのだろう。そしてその「藤裏葉」まで読んだあとで、あとから書かれたという「帚木」に戻る（「藤裏葉」が紫上系の登場人物しか出てこない最後の巻だから折り返すならここである）。するとはたして「帚木」の冒頭はこうだ。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;光源氏名のみことことしう、言ひ消たれたまふ咎多かなるに、いとど、かかるすきごとどもを末の世にも聞き伝へて、かろびたる名をや流さむとしのび給ける隠ろへごとをさへ語り伝へけむ、人のもの言ひさがなさよ。さるは、いといたく世を憚りまめだち給けるほど、なよびかにをかしきことはなくて、交野の少将には笑はれ給けむかし。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;まだ中将などにものし給しときは、内にのみさぶらひようし給て、大殿には絶えだえまかで給ふ。忍の乱れやと疑ひきこゆる事もありしかど、さしもあだめき目馴れたるうちつけのすきずきしさなどはこのましからぬ御本上にて、まれには、あながちに引きたがへ、心づくしなることを御心におぼしとどむるくせなむあやにくにて、さるまじき御ふるまひもうちまじりける。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（「帚木」新日本古典文学大系『源氏物語』一、p. 32、一部表記を改める。）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;「藤裏葉」までを読んできた読者にとって、この導入は、あとから語られる内容と照らしあわせて考えれば、順当に受け入れられうるものとなる。おや、と思うとすれば、作者がこれから源氏のいままでとは違う側面について語ろうとしているのだな、というその不穏な雰囲気だけで、なにか前提を無視されているとか、これまでとは全く違う人格が語り手となって話し出したというような唐突さはない。そして、「帚木」から「空蝉」「夕顔」「末摘花」と読み進めれば、そこでも語りは連続していることに気づく。さらに、「帚木」「夕顔」には「玉鬘」への伏線が張られている（頭中将と夕顔との間に子があったこと）。つまり、「帚木」からいわゆる玉鬘十帖までが、やはり一人の作者によるものと認められるわけだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;だから『源氏物語』の複数作者説をとなえるにしても、だれもかれもがそれぞれに書き足しをして、その雑多な集合体が現在の五十四帖であるという主張はさすがに乱暴すぎることになる（しかし和辻哲郎はそれに近い考え方だったのではなかろうか）。複数作者があったとすれば、その区切りはおおむね武田説の区分に沿って分かれたものになるだろう。つまり a. 紫上系、b. 玉鬘系、c.「若菜」以降、d. 宇治十帖という分類だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;続く。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-4704905872518953712?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/4704905872518953712/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/02/blog-post_11.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4704905872518953712'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4704905872518953712'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/02/blog-post_11.html' title='源氏物語の成立順序'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-660772108068807336</id><published>2010-02-04T21:17:00.001+09:00</published><updated>2010-02-04T21:17:00.142+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><title type='text'>八の字形の「は」を「ハ」と翻刻することについて。</title><content type='html'>&lt;p&gt;なんだそりゃ、と思うかもしれませんが……。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;仮名が現在の一音一字に整理されるより以前は、ひらがなにはひとつの音価に対して異なる漢字に由来する複数の仮名があった。「尓」に由来する「に」とか「者」に由来する「は」（蕎麦屋の暖簾でよく見られるやつ）など。こんにちそれらは変体仮名と呼ばれている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そういう変体仮名のなかに、「八」に由来する「は」がある。カタカナの「ハ」と同じ形なんだけど、仮名文字の文章中に普通に使われてるんだからひらがなだ。現在の仮名の中にも、「り」と「リ」、「へ」と「ヘ」のように、ひらがなとカタカナとで同じ見かけをしているものがある。「八」に由来する「は」もそういうもののひとつということになる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところが、展示会なんかの解説パネルや、ものの本では、この「は」を「ハ」の字形で活字にしているのをよく見かける。これってどうなの？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;現代の読者のために翻刻しているのなら、これは「は」で起こすべきだと思うのだ。変体仮名もそのまま起こすのなら、「尓」に由来する「に」や「者」に由来する「は」もそうすべきで、「は」だけ特別扱いする理由はない（あるのか？）。たまたま「ハ」の活字がカタカナにあったから入れただけなのだろうか。しかしそれで誰が得するというのか。展示会などでこれを目にした人たちは普通「ハ」はカタカナだと思うから、「どうしてこの書の『は』はカタカナで書いてあるのかな？」などの余計な疑問を抱かせるだけだと思うんだけど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;女「どうしてこの本の『は』はカタカナで書いてあるの？」&lt;br /&gt;
男「それはね、昔の『は』にはカタカナの『ハ』と同じ形のひらがなもあったからなんだ」&lt;br /&gt;
女「まあすてき、ユウ君ったら、なんでも知っているのね」&lt;br /&gt;
とか、デートで使えるようにそうしてるのだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;つまりその、なんか自己満足っぽくない？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;現代のようにコンピュータで扱うようになると、これは検索などの都合からしてもなおよろしくない。文字コード U+30CF（ハ）は「&lt;b&gt;KATAKANA&lt;/b&gt; LETTER HA」という「意味」を担っているからだ。同じようなことは、「ミ」の字形の「み」なんかについてもいえる。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-660772108068807336?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/660772108068807336/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/02/blog-post_04.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/660772108068807336'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/660772108068807336'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/02/blog-post_04.html' title='八の字形の「は」を「ハ」と翻刻することについて。'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-965407637355646349</id><published>2010-02-01T21:45:00.000+09:00</published><updated>2010-02-01T21:45:00.140+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><title type='text'></title><content type='html'>&lt;p&gt;待ち合わせで数年ぶりに高田馬場の芳林堂書店に入ったところ、「日本語学」という雑誌（明治書院）が「源氏物語のことば」という特集を組んでたのを見つけてつい買ってしまった。源氏読み終わるまでは「源氏についての本」はあんまり読まないことにしてるんだけど、『古代日本語文法』の小田勝センセイの名前もあったので、たまにはと。源氏本文に疲れたときにでも読もう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;えーと、今日は、これだけ。日記だ（笑）。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-965407637355646349?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/965407637355646349/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/02/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/965407637355646349'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/965407637355646349'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/02/blog-post.html' title=''/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-4581799440737583163</id><published>2010-01-28T21:23:00.000+09:00</published><updated>2010-01-28T21:23:00.363+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='抜書'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'></title><content type='html'>&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;源氏物語の初巻桐壺は、主人公光源氏の母桐壺の更衣の寵愛の話より始めて、源氏の出生、周囲の嫉視による桐壺の苦難、桐壺の死、桐壺の母の嘆き、帝の悲嘆、源氏の幼年時代、桐壺に酷似せる藤壺の更衣の入内、藤壺と源氏との関係、源氏十二歳の元服、同時に源氏と葵上との結婚、などを物語っている。しかるにそれを受けた第二巻帚木の初めはこうである。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;光源氏、名のみことごとしう、言ひ消たれ給ふ咎おほか&lt;sub&gt;ン&lt;/sub&gt;なるに、いとどかかる好色事《すきごと》どもを、世の末にも聞き伝へて、軽びたる名をや流さむと、忍び給ひける隠ろへ事をさへ、語り伝へけむ人の物言ひさがなさよ。さるはいといたく世を憚かり、まめだち給ひけるほどに、なよひかにをかしき事はなくて、交野の少将には笑はれ給ひけむかし。&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;この個所はどう解すべきであるか。「光る源氏、光る源氏と&lt;em&gt;評判&lt;/em&gt;のみはことごとしいが、たださえ欠点が多いのに内緒事までも言い伝えた世間はまことに口が悪い」と解すべきであろうか。もしそうであれば口の悪い世間の言い伝えはその「評判」のうちにははいらず、従って世間の評判のほかに別にことごとしい評判がなくてはならぬ。「評判&lt;em&gt;のみ&lt;/em&gt;はことごとしいが、世間には口の悪い評判がある」とはまことに解しにくい解釈である。それでは「名のみ」を文字通りに光源氏という名の意味に解して、「光源氏という名は&lt;em&gt;光る&lt;/em&gt;などという言葉のためにいかにもことごとしいが、それは&lt;em&gt;名のみ&lt;/em&gt;で、実は言い&lt;em&gt;消される&lt;/em&gt;ようなことが多いのに、なおその上内緒事まで伝えた世間は口が悪い」と解すべきであるか。そうすれば前の解のような不可解な点はなくなるが、その代わり「さるは」とうけた次の文章との連絡が取れなくなる。なぜなら右のように口の悪い世間の評判を是認したとすれば、次の文章で源氏をたわれた好色人でないとする弁護と矛盾するからである。で、自分は次のごとく解する。「光源氏、光源氏と、（好色の人として）評判のみはことごとしく、世人に非難される罪《とが》が多い。のみならずこのような好色事を世間の噂にされたくないときわめて隠密に行なった情事をさえ人は語り伝えている。世間はまことに口が悪い。しかしそれは名のみである、濡れ衣である。というのは、源氏は世人の非難を恐れて恋をまじめに考えたために、仇めいた遊蕩的なことはなく、交野の少将のような好色の達人には笑われたろうと思われる人だからである。」――自分はかく解する。が、この解釈いかんにかかわらず、この書き出しは、果たして第一巻を受けるものとしてふさわしいであろうか。&lt;/p&gt;


&lt;p&gt;我々は第一巻の物語によって、桐壺の更衣より生まれた皇子が親王とせられずして臣下の列に入れられたことを、すなわち「源氏」とせられたことを、知っている。またこの皇子がその「美しさ」のゆえに「光君」と呼ばれたことも知っている。しかし物言いさがなき世間の口に好色の人として名高い「光源氏」については、まだ何事も聞かぬ。幼うして母を失った源氏は、母に酷似せる継母藤壺を慕った。しかしまだ恋の関係にははいらない。我々の知るところでは、光君はいかなる意味でも好色の人ではない。しかも突如として有名な好色人《すきびと》光源氏の名が掲げられるのは何ゆえであろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;和辻哲郎「源氏物語について」「和辻哲郎全集第四巻所収『日本精神史研究』」、岩波書店、pp. 130-131（強調部は原文傍点。）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-4581799440737583163?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/4581799440737583163/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/01/pp.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4581799440737583163'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4581799440737583163'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/01/pp.html' title=''/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-6572147961107263489</id><published>2010-01-25T21:26:00.001+09:00</published><updated>2010-01-25T21:26:00.498+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><title type='text'></title><content type='html'>&lt;p&gt;コメントで訊かれたからってわけじゃないんだけど、三省堂の『例解古語辞典』第三版を買ってしまった（ポケット版）。三冊目だ……（電子版も数えれば四つ目）。特徴は端的にいうと「小松英雄氏の辞典」ってとこか。もうずっと改訂されてなくて、『丁寧に読む古典』で編著者自らが「改訂作業が中断されたまま」と言っているけど、やっぱり「全訳」じゃないと売れないのかね。しかし全訳なんてにぎやかしのシャミセンである。解説と用例とを充実してくれたほうがありがたい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところで、贅沢をいうと用例はふたつ以上挙がってたほうがうれしい。というのは、辞書で意味を調べて、それから用例を知ろうと思うと、そこにはまさに辞書を引くきっかけになった原文そのものが載っていたということが多いんだよね。どの辞典も用例が同じだった、ということも多い。意味を多角的に推測するには、同じ用法で違う例文があるのならそれを見ておきたい（孤例も多いだろうけど）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて買ったからにはどんどん引いていかなければ。まだ源氏物語は六割ちょっと残っている。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-6572147961107263489?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/6572147961107263489/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/01/blog-post_25.html#comment-form' title='1 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6572147961107263489'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6572147961107263489'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/01/blog-post_25.html' title=''/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>1</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-5159319039109172590</id><published>2010-01-21T21:52:00.003+09:00</published><updated>2010-01-21T21:52:00.146+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='後撰和歌集'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='暦'/><title type='text'>長月の在明の月はありながら　続き</title><content type='html'>&lt;p&gt;引き続き貫之の「長月の」の歌について。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;新体系の脚注では、この歌について「『有明の月』は翌朝も残っているから、明日十月一日になっても残っているわけだが…の意」とし、「長月の有明の月は明朝もまだあり続けるけれども、秋ははかなく最後の今日を過ぎてしまうようであるよ」という歌意だとしている（しかし「ようであるよ」って、典型的な古文訳語文体だよね……）。小松英雄『丁寧に読む古典』でも「秋の最後の日に出た月が翌朝にも出ている状態だけれど、はかなくも秋は確実に過ぎ去りつつあるようだ、ということです」としている。晦日に月が見えてたっていいじゃない、という立場である。しかし暦のことを考えるとそれは信じがたいんだよな……。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところで、2010年1月16日は、計算が正しければ宣明暦で12月1日にあたるのだが、これは朔の時刻が（計算値で）18:07分と、ぎりぎりで進朔が行われている（西日本では日食になる）。ということは、進朔がぎりぎりで行われなかったときの月の見え方（それが宣命暦で晦日に見えうる月の最大限である）に近いものが、その前日、15日の日の出・月の出で見られるはずだ。もし見えるのならね。遅い初日の出を拝みに行くかと真剣に考えた。そこで&lt;a href="http://www.nao.ac.jp/koyomi/"&gt;国立天文台のサイト&lt;/a&gt;で15日の東京の日の出・月の出を調べたところ、日の出6:50、月の出6:41であった。9分しか違わない。おそらく日の出と近すぎるので見えないだろう。歌詠む余裕なんかあるわけない。見に行くのはやめた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（……と、思ったけど一応15日は早起きしてみた。けど都内じゃ日の出を見られるところなんかないね……。近所に陸橋があったのでそこで観察したけど、7:05頃になってようやく太陽が見えた。月は見えなかった。まあそういうこと。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そもそも、有明の月とは夜に昇った月が朝になっても残っているのをいうのではなかったか。太陽がもう昇るというぎりぎりに昇ってきてすぐ見えなくなる月は「残っている」とはとてもいえない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;やはり晦日に月は見えないはずだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;で、図書館でコピーしてきた新大系の当該ページを見ながら頭を抱える。後撰集の貫之の歌には、次のように躬恒の歌が続き、それをもって秋下の巻は終わっている。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;　九月のつごもりに　つらゆき&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;長月の在明の月はありながらはかなく秋は過ぎぬべら也&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　同じつごもりに　みつね&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いづ方に夜はなりぬらんおぼつかな明けぬ限りは秋ぞと思はん&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;躬恒の歌を見てふと思った。この配置からすれば、そしてこれが「秋の歌」であることを考えれば、貫之の歌の「在明の月」は晦日の夜から朔日の朝にかけての月のことを指しているのではない、と考えられないだろうか。というのは、「明けぬ限りは秋ぞと思はん」という、秋への未練を精一杯歌った歌で締めているのだから、その前の歌で十月朔日の朝になっても残る月（前述のようにそんな月はどうもなさそうなのだが）のことを詠んでいたのでは、ちょっとだらしなくなってしまう気がするのだ。時間的に前後してしまっているじゃないか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あり」には、「存在する」という意味のほかに、「ぬきんでている」「すぐれている」という意味もある（岩波古語辞典）。九月の有明の月を愛でることについては、「白露を玉になしたる九月の有明の月夜見れど飽かぬかも（万・2229）」という歌がある。ちょっと解釈が過ぎるかもしれないが、「九月の有明の月はすばらしいものだ、だが秋は永遠ではない、そのすばらしさにもかかわらず無情にも過ぎ去っていくものなのだ」――こういうことなのではないか。もしそういう歌意なら、躬恒の歌とあわせて配置的・展開的にもぴったりだし、晦日の有明の月という怪しい存在を仮定しなくてもすむ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これですっかり腑に落ちたというわけではないんだけど、今のところはそう考えて自分を納得させることにする。いずれにせよ、晦日に有明の月が出てたという解釈に戻ることはないと思う。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-5159319039109172590?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/5159319039109172590/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/01/blog-post_21.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/5159319039109172590'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/5159319039109172590'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/01/blog-post_21.html' title='長月の在明の月はありながら　続き'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-1988702374882925275</id><published>2010-01-18T21:19:00.001+09:00</published><updated>2010-01-18T21:19:00.613+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='疑問'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='後撰和歌集'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='暦'/><title type='text'>長月の在明の月はありながら</title><content type='html'>&lt;p&gt;前回の続き。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;宣明暦をその通りに運用している限り、晦日の晩や朔日の明け方に月が見えることはないように思われる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかしそうなると、『丁寧に読む古典』にも挙げられている、後撰集にある「九月のつごもりに」詠んだという貫之の歌「長月の在明《ありあけ》の月はありながらはかなく秋は過ぎぬべら也」は解釈しづらい。九月晦日の未明（正確には十月朔日の明け方）に月が見えていたのか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;気になったのは、宣明暦計算の基準である長安（東経108度）と京都（東経135度）の時差（約1時間50分）だが、二時間弱の時差が月の見える見えないに影響するだろうか。また、仮に見えたとして、あっという間に見えなくなる細い月を、「有明の月」などと呼べるだろうか。二時間弱の時差は、進朔限がその分切り下げられていることに相当するわけだから、これは長安よりも晦日未明の月は残る可能性が高いことにはなるはずなんだけど、このへんは自信がない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それとも、その場に月が出ていたのでこの歌を詠んだという前提がやはり間違っているのだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（続く。）&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-1988702374882925275?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/1988702374882925275/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/01/blog-post_18.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/1988702374882925275'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/1988702374882925275'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/01/blog-post_18.html' title='長月の在明の月はありながら'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-6174599988874291196</id><published>2010-01-14T21:42:00.010+09:00</published><updated>2010-01-14T21:42:00.285+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='暦'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='語源'/><title type='text'>月を隠す</title><content type='html'>&lt;p&gt;眠れないので適当に本を取ってめくっていたら『丁寧に読む古典』にこんなことが書いてあるのを見つけた。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;太陰暦（陰暦）は、本来、月球（歴月&lt;small&gt;（ママ）&lt;/small&gt;と区別するために中国語から借用しました）の盈《み》ち虧《か》けに基づいています。しかし、盈ち虧けの周期は 29.53 日、十二回で 354.36 日ですから、毎年、十一日ほど足りなくなるので、ほぼ三年に一度、閏月を設けて調整されていました。四月のあとなら閏四月を挿入して、その年は十三ヶ月になります。したがって、歴月の日付と月球の満ち欠け&lt;small&gt;（ママ）&lt;/small&gt;との間にかなりのズレが生じるのはふつうのことでしたが、月球が隠るはずのツキゴモリの日に月球が見えるのは不都合なので、歴月の末日を指す語として、&lt;sup&gt;*&lt;/sup&gt;ツキゴモリの［キ］を脱落させて月球のイメージを消したツゴモリが形成されました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;新月が姿を見せるときが&lt;sup&gt;*&lt;/sup&gt;ツキタチ（月立ち）ですが、右と同じように、歴月の初日がその日にあたるとは限りません。というよりも、ズレルのがふつうだったので、このほうはツキの［キ］を［イ］に変えて月球のイメージを消し、ツイタチが形成されました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;小松英雄『丁寧に読む古典』、笠間書院、2008年、pp. 42-43&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;買って読んだ当時は「ふーん」と読み流していたが、&lt;a href="http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/10/blog-post.html"&gt;宣明暦について調べた&lt;/a&gt;今の自分には、ここはたいへんあやしく思われる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この説明は、月球（この言葉はたしかに便利なので使わせてもらう）の運行周期と太陽の運行周期とに生じるずれを、暦月（引用には「歴月」とあるが、意味からすれば「暦月」だろう）の日付と月齢とに生じるずれと混同している。そして、暦月の日付と月齢は、太陰太陽暦では&lt;b&gt;ずれない&lt;/b&gt;のだ。今年は元日が日本で有史以来はじめて満月になった年だという話がニュースにあったが、じつはこれは明治の太陽暦採用以来ということで、太陰太陽暦が用いられていたそれ以前ではそもそも月の第一日はつねに必ず新月だったからである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、厳密に考えれば、月球の満ち欠けの周期（朔望月という）は一昼夜の長さのきっちり整数倍にはならないので、朔の時刻がその日の夕刻以降になってしまい、晦日となる前日の未明から早朝にかけて月が昇ってきたまま夜が明けるということは起こりうる。ところが、宣明暦では晦日に月が見えるのを避けるために、そういうときには「進朔」といって、わざわざ月の第一日を一日先に延ばしてしまうという処理を施していた（内田正男『日本暦日原典』第四版、雄山閣出版、1992年、p. 497）。そうするとどうなるかというと、その日の夜に朔が起こるわけだから、当然その晩は月は見えない。だからこの晩を「月隠り」としたほうが人間の感覚からすれば自然だというわけである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;つまり、現実には、ツゴモリが「月隠り」ツイタチが「月立ち」であることに当時の人々はきわめて意識的であったし、たとえ形式上のことであっても（進朔の処理は暦の計算上は行なわなくてもなんの問題もなく、むしろ計算の手間がひとつ増えているだけである&lt;sup&gt;*1&lt;/sup&gt;）、その原則が崩れそうなときには暦に修正を加えてまで月が見えなくなる日を晦日にしていたのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;だからツイタチやツゴモリの音変化が、「ツキ」という語の存在感を意図的に消すためであったという説は受け容れがたい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そう思ってこれを書き、ますます目がさえてしまった。&lt;/p&gt;

&lt;dl&gt;
&lt;dt&gt;*1&lt;/dt&gt;
&lt;dd&gt;しいていえば、進朔は、午前零時を区切りとする暦学上の一日と、日の出を区切りとする生活上の一日との感覚のずれを解消させるための処理といえる。&lt;/dd&gt;
&lt;/dl&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-6174599988874291196?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/6174599988874291196/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/01/blog-post_14.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6174599988874291196'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6174599988874291196'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/01/blog-post_14.html' title='月を隠す'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-4153733598753515598</id><published>2010-01-07T21:49:00.003+09:00</published><updated>2010-01-07T21:49:00.169+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='文法'/><title type='text'>係助詞ナムについて</title><content type='html'>&lt;p&gt;あけましておめでとう。昨年末書いたように、もうしばらく古文の話を続けたくなむ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『古代日本語文法』によれば、係助詞ゾ・ナム・コソを用いた表現での意味の違いについてはまだはっきりしたことはわかっていないという（「『ぞ・なむ・こそ』の表現価値」、p. 187）。しかし、古文をある程度以上読んでくると、やはりそれぞれがそれぞれなりに「適切な」箇所で使われているという感覚を誰もが抱くようになるのではないだろうか。それは現代日本語で、たとえその人自身が使用基準を理論立てて説明できない場合でも、ハやガの使い分けを間違えることがないのと同様の言語感覚だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;だから難しいのはその使われ方をどう説明するか、ということなのだが……。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;たとえばナムについて（枕草子や源氏物語だと「ナン」のほうが多いような感じなんだけど、辞書では「ナム」の形で載ってるのでそれに倣うことにする）。これも古文を読んでいる人なら「ここで使うのは自然だ」「ここにあったら変な感じがする」という感覚までは身につくと思う。ところが、感覚を身につけるところまではいきながら、古語辞典を開けばその意味についてはおそろしく頼りないことしか書いていない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;たとえば、旺文社の『全訳古語辞典』ではこんなふうである。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;dl&gt;
&lt;dt&gt;&lt;sup&gt;**&lt;/sup&gt;なむ &lt;small&gt;ナン&lt;/small&gt;&lt;/dt&gt;
&lt;dd&gt;
&lt;p&gt;（係助）〔「なん」とも表記される〕まさにそれであると強調する意を表す。&lt;/p&gt;

&lt;ol&gt;
&lt;li&gt;主語・目的語・連用修飾語・接続語などに付く。 〔竹取〕竜の頚の玉「竜(たつ)の頚(くび)の玉をえ取らざりしかばなむ殿へもえ参らざりし」[訳]竜の首の玉を手に入れられなかったそのことでお邸(やしき)へも参上できなかったのだ。［文法］「え取らざりしか」「え参らざりし」の「え」は副詞で、下に打消の語（ここでは「ざり」）を伴って不可能の意を表す。 〔伊勢〕2「その人かたちよりは心なむまさりたりける」[訳]その人は顔かたちよりはとりわけ心がすぐれていたのだった。 〔伊勢〕9「橋を八つ渡せるによりてなむ八橋(やつはし)と言ひける」[訳]橋を八つ渡してあることでそれで八橋というのであった。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;文の結びの「ある」「言ふ」「侍る」などを省略した形で余情を表す。 〔源氏〕蜻蛉「わたくしの御志も、なかなか深さまさりてなむ〔侍る〕」[訳]私（＝時方）個人としての（浮舟(うきふね)の侍女であるあなた方へ）お寄せする気持ちも、（浮舟の死後）かえって深さがましておりまして。 〔源氏〕桐壺「かかる御使ひの、よもぎふの露分け入り給ふにつけても、いと恥づかしうなむ〔侍る〕」[訳]このような（おそれ多い桐壺帝の）ご使者が、雑草の生い茂った所の露をわけておいでくださるにつけても、たいそう気がひけまして。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;「なむ」を受けて結びになるはずの用言に接続助詞が付いて、さらに次に続く。 〔土佐〕「年ごろよく比べつる人々なむ別れがたく思ひて」[訳] この数年来たいそう親しくつきあってきた人々は特別に別れがたく思って。 〔大和〕3「…となむいへりけるを、その返しもせで年こえにけり」[訳]…とだけ言ったのを、その返歌もしないで年が改まってしまった。&lt;/li&gt;
&lt;/ol&gt;

&lt;p&gt;［接続］体言、活用語の連体形、副詞、助詞に付く。連用修飾語と被修飾語との間で用いるときは連用形に付く。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;［参考］上代には「なむ」に相当する語として「なも」があった。(1) は「ぞ」「や」「か」と同じように、文中に用いられると、文が活用する語で終わるときには、連体形になる。係り結びの法則である。「なむ」は「…だよ」と相手に念を押す気持ちを含んでいるので、会話文に用いられることが多い。引用句の中には使われるが、和歌にはほとんど使われない。「ぞ」とはこのような点で相違がある。&lt;/p&gt;
&lt;/dd&gt;
&lt;/dl&gt;

&lt;p&gt;旺文社 全訳古語辞典第三版&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;「まさにそれであると強調する意を表す」「余情を表す」「相手に念を押す気持ちを含んでいる」とな。だがこれでは係助詞ゾ・コソや終助詞カシとの違いが不明である。もし同じ意味ならば、交換可能だということになる。交換可能なのか？　と聞かれれば、古文をやっている人はふつう可能じゃないと答えるだろう。交換可能だ、と言う人がいたら……えーと、以下に述べることにとくに意味はないと思うので、その、ご縁がなかったということで、以下は読まなくて結構です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;交換可能でないとすると、ナム固有の表現価値とはなんなのか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;大野晋は『係り結びの研究』において、平安時代のナムについて「私は以前、ナムを『侍り』にほぼ相当すると解説したことがあった」と書いている (p. 225)。しかし、「……になむ侍る」という表現が存在する以上、「侍り」そのものと見なすことはできないとも自ら述べている (p. 227)。しかし結局、同書ではナムは丁寧語が持つような「礼儀のわきまえ」を表明するということで落着している (p. 241)。ナムについて論じたこの節は、全編通じて明晰な同書の中で正直唯一歯切れの悪い箇所になっていると思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ナムは敬語表現なのだろうか。敬語だとするとうまく説明できない用例がいくつかある。たとえば『枕草子』の最終段、中宮定子が藤原伊周より草紙を贈られて清少納言に「これに何を書いたものだろうか」と相談する、そこで中宮が言った言葉。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;宮の御前に、内の大臣のたてまつり給へりけるを、「これになにを書かまし。上の御前には、史記といふ書を&lt;u&gt;なん&lt;/u&gt;書かせ給へる」などのたまはせしを、「枕にこそは侍らめ」と申ししかば、……&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;池田亀鑑校訂『枕草子』岩波文庫、p. 348&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;中宮は女房の清少納言になんの遠慮もかしこまりも必要ないはずだ。あるいはこれは帝に対する敬意を示すのか。それは帝に対する「せ給へる」という最高敬語表現で果たされている。主従ながら丁々発止のやりとりで才気を見せつけあうような定子と清少納言の間柄で、ここだけ「礼儀のわきまえ」を含む表現を使うというのはそぐわない気がする。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もうひとつ。『係り結びの研究』にも挙げられている例だけど、『源氏物語』から。紫上が明石の姫君の入内について、姫君の母である明石上も同行させてあげてはどうかと源氏に進言する。源氏はなるほどと思いそれを明石上に伝える。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;「此折に添へたてまつり給へ。まだいとあえかなるほどもうしろめたきに、さぶらふ人とても、若々しきのみこそ多かれ。御乳母たちなども、見およぶことの、心いたる限りあるを、みづからはえつとしもさぶらはざらむほど、うしろやすかるべく」と聞こえ給へば、いとよくおぼし寄る哉、とおぼして、「さ&lt;u&gt;なん&lt;/u&gt;」と、あなたにも語らひの給ひければ、いみじくうれしく、思ふことかなひ侍る心ちして、人の装束、何かのことも、やむごとなき御ありさまにおとるまじくいそぎ立つ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「藤裏葉」新日本古典文学大系『源氏物語　三』、p. 189&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;これも、源氏は明石上に遠慮する立場にはない。ナムは多く女房や使者が貴人に何らかの申し伝えをする文脈で使われるので、たいていの場合は「礼儀のわきまえ」と解釈して矛盾は生じないが、それでもこのような例があることは無視できない。&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;「これになにを書かまし。上の御前には、史記といふ書を&lt;u&gt;なん&lt;/u&gt;書かせ給へる」などのたまはせしを、&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;「さ&lt;u&gt;なん&lt;/u&gt;」と、あなたにも語らひの給ひければ、&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;渡守に問ひければ、「これ&lt;u&gt;なむ&lt;/u&gt;都鳥」といふを聞きて、（伊勢・9）&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;袂より離れて玉をつつまめや　これ&lt;u&gt;なん&lt;/u&gt;それとうつせ　見むかし（古今・425）&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;そのよしうけたまはりて、つはものどもあまた具して山へ登りけるより&lt;u&gt;なん&lt;/u&gt;、その山を「ふじの山」とは名づけける。（竹取）&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;

&lt;p&gt;こうした例をまんべんなく説明できる解釈が必要なのだが、それはどういったものになるのか。平安時代の古文をいくらか読んできて、僕はナムについては今のところ次のように考えるといいんじゃないかと思っている。それは、&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;
 &lt;li&gt;&lt;b&gt;話者にとって自明で聞き手にとって自明でない事柄について述べる際に自然と表れる表現。&lt;/b&gt;&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;

&lt;p&gt;という説明だ。「自明」というのはちょっと堅苦しいので「話者は知っているが聞き手は知らないことを述べるときに使われる」と言ってもいいのだけど、知っての通り話者の心理について述べる際に使われることも多いので、自分の心理を「知っている」というのはなんか違和感があってこのようにしている。「話者にとって既知（旧情報）で聞き手にとって未知（新情報）」と言ってもいいかな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この説明を思いついてから、ナムの使われている文に出会ったらそれが当てはまるか何度か試してみてるんだけど、今のところうまく当てはまっていると感じている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;すでに述べたように、ナムは貴人に対する伝言など下→上という流れの情報伝達の際に使われているので、そこに敬語意識に近いものが含まれているようにも一見思われるのだが、これは、貴人は人を介して外部の情報を得るので、外部で得た情報を貴人に伝えるというシチュエーションがしょっちゅう発生しているということから来ているのではないか。そこでは、従者は自分が得た、そして貴人がまだ知らない情報を、貴人の前で述べる。「となむ」という連語が多く出てくるのはそういう事情によると考えられる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ナムが敬語や丁寧語ではなく、上記定義のような性質の語であるとするなら、先に引いた枕草子や源氏物語の例も問題なく説明できる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;定子はもらった紙の話を清少納言にする。その時に、自分が知っている情報を参考として付け加える。帝がその草紙に『史記』を書いたということは、定子は知っていて、清少納言はまだ聞いていないことである。だからナムが使われた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;紫上の意見を源氏が明石上に伝える。源氏はすでに紫上の意見を聞いている、明石上はまだ聞いてない。だからナムが使われた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あの鳥はなんですか」と問われた渡守は、自分の知っている情報を、問うた人々に提供する。「これなむ都鳥」と。当然ナムが使われる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;語り手は、物語の最後に「富士の山の名はこのようなところから来ているのですよ」と聞き手に由来を明らかにする。語り手の持つ情報を、聞き手に提供することから、ナムが使われた。「……なむ……ける」という表現が多いことは『係り結びの研究』にも指摘されているが、その理由も、物語の「語り手が聞き手に述べる」という性質上自然なものと考えられる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ナムが話者の気持ちを述べるときに表れるのは、自分の気持ちは話者にとってはむろん自明のことで、それを聞き手に知らせることからくるのだと考えられる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ナムは歌には用いられないことが知られているが、これも上記の説明だと当然のことになる。なぜなら、歌とはその定義からして「心に思ふ事を、見るもの聞くものにつけて、言ひいだ」したものだからである。そういう前提であることがわかりきっているので、わざわざナムを使う必要が無いのだ。上記の古今の例は歌にナムがある珍しい例だが、これは引用だし、じつはひとつ前の歌の返歌である。前の詩で詠われている「浪の玉」を持ってきて見せてくれ、と歌っているのである。だから「浪の玉」を見せるとき、前の歌の詠者は「これなむそれ」と言うだろうというわけである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ちょっと理論武装して長くなってしまった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;平安時代に使われている用例に限っていえば、だいたいこの説明でいいんじゃないかと思ってるのですが、どうでしょう。上代の使われ方や宣命での用例については検討してないし、あるいは平安時代になってここでいう形に変化した、その原型の意味があるのかもしれないけれど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;なにはともあれ、今年もこんな感じで自由にやっていくのでよろしくね。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-4153733598753515598?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/4153733598753515598/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/01/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4153733598753515598'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4153733598753515598'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2010/01/blog-post.html' title='係助詞ナムについて'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-4422746124881791716</id><published>2009-12-28T21:11:00.002+09:00</published><updated>2009-12-28T21:11:00.206+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><title type='text'>ロスタイム</title><content type='html'>&lt;p&gt;今年ももう終わる。年の初めに「一年間」と書いたけど、まだいくつか書いておきたいこともあるし、もう少し続けることにします。夏場や師走の今の時期のように、いろいろな理由でぜんぜん書けない期間もあって、なかなか思った通りにはいかないね。仮に週二回のペースでずっと続けられていたら、今ごろは100回を数えていたはず（もちろんそんなペースが守れるとははじめから思ってなかったけど）。なので、とりあえず100回分になるまではなにか書こうと思います。あいかわらず、ここがわからん、あれがわからん、みたいな与太話だと思うけど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし古文を読むようになって二年くらいたつけど、ちょっとは読めるようになってるのかね。正月休みでどこまで読めるか。まあそれはさておき、みなさんよいお年を。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-4422746124881791716?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/4422746124881791716/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/12/blog-post_28.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4422746124881791716'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4422746124881791716'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/12/blog-post_28.html' title='ロスタイム'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-8380142435139241126</id><published>2009-12-16T21:52:00.002+09:00</published><updated>2009-12-16T21:52:00.140+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='本の紹介'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='音韻'/><title type='text'>『ちんちん千鳥の鳴く声は』</title><content type='html'>&lt;p&gt;忙しかった。源氏物語もなかなか進まない。いまは「少女」を読んでるんだけど、読み始めてから二か月近くたつのにまだ半分くらいだ。まあまたちょっとずつ進み出したので、そのうち読み終わることであろう。途中『戦争と平和』並行して読んでたりしたし。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;山口仲美『ちんちん千鳥の鳴く声は』（講談社学術文庫）という本について。最初に単行本が出たときにも話題になった本だそうだけど。鳥の鳴き声を昔の日本人はどう聞いてきたか、ひとつには擬音語として、もうひとつにはいわゆる「聞きなし」として、どう文字に写してきたかということについての研究。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;僕は鳥が好きなので、そういう自然科学的なおもしろさと、言葉の研究としてのおもしろさとが相まって、なおさら楽しめた。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;平安時代にすでに、ホトトギスは「死出《しで》の田長《たをさ》」という異名を持っていた。冥途の農夫のかしらで、死出の山を越えてやってきて農事を励ます鳥と信じられていたらしい。「死出の田長」という異名は、時にはホトトギスの鳴き声とも考えられたようで、『古今和歌集』にこんな歌がある。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;いくばくの　田を作ればか　ほととぎす　&lt;u&gt;死出の田長&lt;/u&gt;を　あさなあさな呼ぶ&lt;br /&gt;
（＝ホトトギスは、いったいどのくらいの田を作っているからというのだろうか、「シデノタオサ」と毎朝叫んでいるよ）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;「死出の田長」が、ホトトギスの鳴き声とも考えられている。
　ホトトギスは、冥途からの使者だから、あの世にいる人のことも尋ねればわかるはずだ。平安時代の人は、こうも詠む。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;死出の山　越えて来つらん　ほととぎす　恋しき人の　上語らなん&lt;br /&gt;
（『拾遺和歌集』哀傷）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;「死出の山を越えてきたに違いないホトトギスよ、あの恋しい人のことを語ってほしい」。毎年、夏になるとどこからともなくやって来て、激しく鳴くホトトギスは、冥途からの使者と感じられたのであろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（山口仲美『ちんちん千鳥の鳴く声は　日本語の歴史鳥声編』講談社学術文庫、p. 84）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;田植えの歌とホトトギスというのは、前に枕草子の話で書いたことがあるが、それにはこういう背景がある、と。平安時代の例としてもうひとつ。フクロウについて。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;『源氏物語』でも、フクロウの声は、不気味な「から声」をあげる鳥として登場している。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;夜半《よなか》も過ぎにけんかし、風のやや荒々しう吹きたるは。まして、松の響き木深く聞こえて、気色ある鳥の&lt;u&gt;から声&lt;/u&gt;に鳴きたるも、梟はこれにやとおぼゆ。（「夕顔」）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;光源氏が、青春の情熱をかたむけて愛した女性は、夕顔。その夕顔が、物怪にとりつかれて、はかなく死んでしまった。光源氏は、今、その女の屍体を前に呆然としている。時刻は、夜半すぎ。あたりには、風が荒々しく吹き、鬱蒼と茂る木々がさけび、異様な鳥がしゃがれ声で鳴く。どうやら、それは、フクロウの声らしい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;フクロウは、「気色ある鳥（＝ひとくせある怪しげな鳥）」であり、「から声」で鳴いている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「から声」とは？　「老人のような低く濁ったしゃがれ声」のこと。「枯声《からごゑ》」「嗄声《からごゑ》」と書く。「うつろな声」とする説もあるが、うつろなことを意味する「空《から》」ということばは、この時代にはまだ存在していない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（同書、p. 165）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt; 

&lt;p&gt;個人的にとくに面白かったのは、平安時代ではないんだけど、ヌエ（鵺、トラツグミ）がなぜ怪物の名前になったのかというくだりと、ウトウヤスカタというへんてこな名前の鳥についてのところ。鳥や鳥が出てくる古い本の写真がたくさんあるのもよい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところで、僕は前までスズメというのは鳴き声が鈴みたいだからそういうのかなあ、となんとなく勝手に思い込んでいたんだけど、そうではなかった。この本にも控えめに触れられているが、大野晋と丸谷才一の対談に「雀はチュンチュンだからスズメでね」とあって（『日本語で一番大事なもの』中公文庫、p. 16）、これも鳴き声からきていたのであった。上代にはサ行の音は /ch/ に近い音だったから（森博達『日本書紀の謎を解く』中公新書など）そうなるのだろう。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-8380142435139241126?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/8380142435139241126/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/12/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/8380142435139241126'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/8380142435139241126'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/12/blog-post.html' title='『ちんちん千鳥の鳴く声は』'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-8076862327712622676</id><published>2009-11-19T21:55:00.005+09:00</published><updated>2009-11-20T12:09:15.679+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='明月記'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='賀茂保憲女集'/><title type='text'>冷泉家　王朝の和歌守展</title><content type='html'>&lt;p&gt;（11/20 追記あり。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;東京都美術館でやっている、「&lt;a href="http://www.asahi.com/reizei/"&gt;冷泉家　王朝の和歌守展&lt;/a&gt;」を観てきた。こりゃやばい、鼻血出そうだったぜ。俊成、定家、為家筆の古写本類がどっさり。正直こんなとこに置いといちゃいけないのではないか、と思わせるようなシロモノばかりが並んでいる。デフォルト重文、たまに国宝みたいな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いちいち書いてたらうるさくなるので書かないけど（紫式部メソッド）、みんなが素通りしそうな細かいとこを挙げると、&lt;a href="http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/01/blog-post_12.html"&gt;以前ここで紹介した「賀茂保憲女集」&lt;/a&gt;（賀茂女集）があったよ。表紙に定家のあの独特の文字ででっかく「一首無可取哥」と書いてある。後世この人物の評価を決定してしまった、定家本人からしてみればあくまで実用的なつもりで書いたこの覚え書きに「これかあ……」とつくづく見入ってしまった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あと、源順のけったいな私家集の「雙六盤の歌」（だと思う）も必見。手元に展示品リストがあるが、どうも前期のほうが内容がおもしろいような気がする。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;メジャーどころでは『明月記』の展示部分が定家の父俊成の死の場面（元久元年冬）であったのがよかった。僕は堀田善衞の『定家明月記私抄』でこの記述を知ったのだけど、父の死というのはヨーロッパの小説には時折凄まじいものが出てくるが（『チボー家の人々』とか）、これにはそれらに匹敵する迫力があるなと思っていたのだ。また、この場面は日本語の表記の歴史について考えるときにも大事なところだと思う。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;俊成は九十一歳、雪が食べたいと言い、定家の家令の文義がこれを探して来る。臨終の日、十一月卅日の日記は漢文の中に、父の言葉としての和文が入ってくる、珍しいものである。すでに日本での生活の中での漢文の限界というものが明らかに見えて来ているのである。雪を口にして、&lt;br /&gt;
「殊令悦喜給、頻召之。其詞、&lt;b&gt;めでたき物かな&lt;/b&gt;。&lt;b&gt;猶えもいはぬ物かな&lt;/b&gt;。猶召之。&lt;b&gt;おもしろいものかな&lt;/b&gt;。人々頗成恐、取隠之。」（傍点筆者）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;日本の文章が漢字仮名まじりにならなければならなかった必然が、この危急の瞬間にすでにあらわになっているのである。右の文をいままでのように読み下すとすれば、&lt;br /&gt;
「殊に悦喜《ヨロコ》バシメ給ヒ、頻リニ之ヲ召ス。其ノ詞……猶之ヲ召ス。……人々頗ル恐レヲ成シ、之ヲ取リ隠ス」となる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「此の天明ノ程ニ仰セラレテ云フ、しぬべくおぼゆト。此の御音ヲ聞キ、忩《イソ》ギ起キテ御傍ニ参ズ。申シテ云フ、常よりも苦シクオハシマスカト。頷カシメ給フ。申シテ云フ、さらば念仏して、極楽へまいらむと思食《オボシメ》せト。……」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;齢九十一歳、老衰死ということもあるであろうが、父が、死ぬべくおぼゆ、と言い、子が、さらば念仏して極楽へまいらむとおぼしめせ、と言いきかせ、かくて父が死んで行くのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;死ぬべくおぼゆ、と言って死んで行った人を私は他に知らない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（堀田善衞『定家名月記私抄』ちくま学芸文庫、pp. 211-212、引用にあたり傍点は太字に置き換えた。）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;&lt;del&gt;そしてここで引用されている部分がまさに展示されている（展示入れ替えがあるから、23日まで）&lt;/del&gt;。原典には、&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;pre&gt;
卅日　天晴
　……
　……
　　　　　　　　　　　　　　……　殊令悦喜
給頻召之其詞めでたき物かな猶えもいはぬ物かな
猶召之おもしろいものかな人々頗成恐取隠之
　……
　　　　　　　　　　　　　　　……　此天明
之程被仰云しぬへくおほゆ聞此御音
忩起参御傍申云常よりも苦御座令頷給
申云さらは念仏して極楽へまいらむと思食せ
&lt;/pre&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;&lt;del&gt;とある（と思う――自信ないけど）から、これから行く人は確認してみよう。&lt;/del&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;余談。会場はオバサンばっかりなので注意（何が）。「思ってたのとちがうワ、帰りまショ」とか言ってるオバサンもいたらしい。「お宝」目当てだと、本ばっかりだから当てが外れるだろうな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;追記&lt;/strong&gt;。きょう (11/20)、もう一度ゆっくり見ようと思って平日の午前中に行ってきた（ちなみにあんまり空いてなかった）。ら、展示されてたのは十一月じゃなくて十二月からだった！　これは展示内容が変わったんじゃなくて、前に見たときもそうだった（俊成の葬儀についての話があったのは覚えていたので）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;要は、もともと僕の頭の中に俊成の死についての『明月記』の記述が印象にあって、たまたま展示でその年の十二月の葬儀の段が出てて「ああ、あの場面か」と認識し、図録を買って帰ったらそこにちょうど十一月のくだりが載ってたので、それで十一月の分も展示されてると思い込んだのだった。あてにしてた人がいるとは思わないけど、いたらゴメンネ。（追記ここまで）&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-8076862327712622676?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/8076862327712622676/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/11/blog-post_19.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/8076862327712622676'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/8076862327712622676'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/11/blog-post_19.html' title='冷泉家　王朝の和歌守展'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-5773655553090046794</id><published>2009-11-15T02:01:00.001+09:00</published><updated>2009-11-15T02:04:05.887+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><title type='text'></title><content type='html'>&lt;p&gt;技術的な話で申し訳ないのですが……。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;Windows Vista/7 上の IE7/8 でここを表示したときにおかしなフォントでレンダリングされる場合があったようだ。一年も気づかなかったとはきついな……。それとも Vista なんてだれも使ってないから大丈夫だったかな？　なんと、Vista/7 の IE8 は XP の IE8 とはレンダリング結果が違う。けっきょく複数の OS、ブラウザで確認する泥臭い作業がいまだに必要なんだな……。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href="http://www.google.co.jp/search?hl=ja&amp;amp;q=vista+ie7+css+%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%88+%E7%95%B0%E5%B8%B8&amp;amp;btnG=%E6%A4%9C%E7%B4%A2&amp;amp;lr=&amp;amp;aq=f&amp;amp;oq="&gt;「vista ie7 css フォント 異常」あたりでググる&lt;/a&gt;といくつかこの件について出てくるが、ちょっと情報が錯綜していて、正確に現象を把握するのがむずかしい。ていうかこれあちこちで起こってると思われるんだけど、ひどくないか。&lt;/p&gt;


&lt;p&gt;スタイルシートを修正したので今は大丈夫だと思うけど、Windows 7 の IE8 でしか確認していない。ほかの環境でおかしかったら言ってください。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-5773655553090046794?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/5773655553090046794/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/11/windows-vista7-ie78-vista-vista7-ie8-xp.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/5773655553090046794'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/5773655553090046794'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/11/windows-vista7-ie78-vista-vista7-ie8-xp.html' title=''/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-1542264617315099350</id><published>2009-11-14T21:32:00.001+09:00</published><updated>2009-11-14T21:32:00.588+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='能楽'/><title type='text'>能</title><content type='html'>&lt;p&gt;先月、宝生能楽堂の普及能という催しで、はじめて能を観てきた。能が観たい観たいと言ってたら、友人が招待券を取ってくれたのだ。ありがとう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;古文を読むようになってから、能も一度観てみたいと思ってたんだ。要は「古文でやる劇作品」なわけだから、今なら結構いけるんじゃないかと。その一方で、複数の筋から「能は寝る」という証言も聞かされていた。僕は劇でも演奏でも映画でも行けばたいてい面白いと思えちゃうので、眠ったりは今までほとんどないんだけど、「何度か観たが今まで行った公演で寝なかったものはない」とまでいう人もいたので、そこまで言われるとさすがにちょっと不安だった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;寝なかったよ。全然いけるな、これは。事前準備さえしておけば恐れることはないね。逆に、あれを事前の予習なしで行くのは自殺行為だとも思った。それではよほど慣れてない限り寝ても仕方ないと思う。このへん観に行くときの心構えがあると思うんだけど、それはもう何度か観て自分の憶測が正しいことを確認してから書こうかな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あと、古文を読んでいる人は、能も絶対に観た方がいいと思った（ていうか常識かしら）。さかのぼって室町とか江戸初期だし、どうせ新しいんだろ？　とか思うかもしれないけど、どうしてなかなか、実際に歌や台詞を聞いてみると刺激的ですよ。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-1542264617315099350?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/1542264617315099350/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/11/blog-post_14.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/1542264617315099350'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/1542264617315099350'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/11/blog-post_14.html' title='能'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-5578697211745113006</id><published>2009-11-09T21:04:00.000+09:00</published><updated>2009-11-09T21:04:00.551+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='抜書'/><title type='text'></title><content type='html'>&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;わたくしは、こどものころから、歌に限らず俳句やら川柳やらの短い定型の作品を読みますたびごとに、その横に親切に付けられている口語訳とか、現代語訳というものに、違和感を覚えておりました。子どもが違和感ということを知るはずがありませんから、それは要するにいわくいいがたい、落ち着かない感じのようなものであったのだと思います。なにか違うのではないか、と。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;（上野洋三『近世宮廷の和歌訓練　「万治御点」を読む』、1999年、臨川書店、p. 3）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;（略）どちらの段階を通じても、わたくしは先学の解説、先人の注釈とあちらこちらでぶつかり合いました。承伏しがたい先注に出逢うたびに、無視するか否定するかして行きます。寂しく恐ろしい気分におそわれます。それを学生の前で語り、また文章に表して行くときは、そのつど跳び降りるような気がしました。やがてその日々の中から、作者がなつかしくなりました。いまわたくしが進んでその作品のことを人に告げたいと思う、これを作った人としての作者が、その時は唯一の同行《どうぎょう》のように思われたからです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（同書、p. 6）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-5578697211745113006?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/5578697211745113006/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/11/1999p.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/5578697211745113006'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/5578697211745113006'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/11/1999p.html' title=''/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-4609093693463723858</id><published>2009-11-07T21:47:00.001+09:00</published><updated>2009-11-07T21:47:00.475+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'></title><content type='html'>&lt;p&gt;最近『源氏物語』関連で大きい発見が続いている。まだ新しいものが見つかるもんなんだねえ。そのうち「かかやく日の宮」が出てくるかもとか、絶対ないとはいえないよなあ、こりゃ。&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;&lt;a href="http://www.asahi.com/culture/update/1029/TKY200910290425.html"&gt;asahi.com（朝日新聞社）：光源氏「軽薄な女だな」　写本・大沢本に新記述見つかる - 文化&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;a href="http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20091102-OYT1T00017.htm"&gt;源氏物語、幻の続編「巣守帖」か…写本確認 : 文化 : 社会 : YOMIURI ONLINE（読売新聞）&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;

&lt;p&gt;前者の「花宴」の末尾については、&lt;a href="http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/06/blog-post_18.html"&gt;ここで以前取り上げたこと&lt;/a&gt;に関係しているだけに興味深い。「蜻蛉」のほうはまだ読んでないのでいまはなにも言えないけど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところでさあ……、asahi.com の記事は、最初「花宴」のくだりを説明するのに「２０歳の源氏が、恋心を寄せる朧月夜（おぼろづきよ）に車ごしに歌を詠みかけると、」と、確かにそう書いてあったんだよね。それで「車ごしじゃないだろ、何見て書いてんだ」ってここに書いてやろうと思って「花宴」読み返したりしてたのだ。ところがいま見ると「２０歳の源氏が、恋心を寄せる朧月夜（おぼろづきよ）に、部屋を仕切る几帳（きちょう）ごしに歌を詠みかけると、」って、こっそり直してやがる。これがオトナのやることだぜ、みんな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href="http://b.hatena.ne.jp/entry/www.asahi.com/culture/update/1029/TKY200910290425.html"&gt;「はてなブックマーク」のエントリ&lt;/a&gt;には、これを書いている現在でもページが取得された時点の「車ごし」の記述がぎりぎり残っている。キャッシュが更新されたら消えちゃうけどね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;誤字や「てにをは」ならこっそり直したって気にしないけどさ、こういうのはあんまり感心しないよなあ。しかし新聞社のウェブサイトではままこうしたことは見かける。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-4609093693463723858?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/4609093693463723858/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/11/asahi.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4609093693463723858'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4609093693463723858'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/11/asahi.html' title=''/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-337185953230837890</id><published>2009-11-06T21:50:00.001+09:00</published><updated>2009-11-06T21:50:00.491+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='和歌'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='本の紹介'/><title type='text'>『近世宮廷の和歌訓練』</title><content type='html'>&lt;p&gt;さて、またここの対象とは時代が違うのだが、上野洋三『近世宮廷の和歌訓練　「万治御点」を読む』（1999年、臨川書店）という本について。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この本は、江戸時代初期の『万治御点（まんじおてん）』という書物についての著者による講義をまとめたもの。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『万治御点』というのは、江戸時代初期に後水尾院という人が後西天皇や飛鳥井雅章らに古今伝授のため歌学の勉強会を開いた、その添削の記録で、参加者の歌作とそれについての院による批評が記された文書である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;江戸時代初期ということで平安時代とは随分隔たっているわけだけど、当時の歌学の学習者、つまり歌の上級者ではなく中級者くらいの人々の歌作とその添削を見るのはなかなかおもしろい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;和歌というのは、平安時代の貴族階級の間ではおそらく教養であると同時に実生活でもあったように思われるが、やがて宮廷文化の衰退とともに特定の「家」に伝えられるような秘儀へと変化していったように見える。この変化の前後に横たわる断絶はあまりに大きく、生活とともにあった和歌というそのありさまは、いまの人間の想像からするとどこか童話的・神話的で、現実感の希薄な印象がつねにともなう（まあそれがみんなの言う「みやび」ってことなのかもしれないけど）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;後水尾院も後西天皇もその他の廷臣も、貴族皇族でありながらすでにこの断絶の「こちら側」の人間だ。このなかで、講義を行う院だけが、その言動から、こちら側から「あちら側」へと渡ることのできた、その境地へ達した存在であるかのように見える（後西天皇たちの目にも、院の姿はそう映ったに違いない）。和歌がわかった人間とまだわかってない人間との対比が、この文書に現れているわけだ。なかにはいかにも作り慣れてない感じの（それが僕みたいな人間にも感じられる）歌があったりして微笑ましい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いっぽうで、『袋草紙』に見られた、&lt;a href="http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/09/blog-post_14.html"&gt;しょうもないその場しのぎの実用テクニック&lt;/a&gt;やら、やたら細分化された歌の「病」に関するドライな形式的考察を髣髴させるものは、院の批評の言には見られない。歌が具体的・実際的なものではなく、「感じる」「体で覚える」秘儀へと変容しているからだ。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-337185953230837890?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/337185953230837890/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/11/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/337185953230837890'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/337185953230837890'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/11/blog-post.html' title='『近世宮廷の和歌訓練』'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-3962028341542003416</id><published>2009-10-31T21:08:00.000+09:00</published><updated>2009-11-06T00:53:25.457+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='抜書'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='和歌'/><title type='text'></title><content type='html'>&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;和歌は、限られた世界で共有され、その中で研ぎ澄まされた文化です。たとえ自然を詠んでいても、人間の心情を詠んでいても、和歌に詠まれる限りは、自然そのものでも、ありのままの心情でもありません。荒ぶる自然は箱庭化し、人間にとって理解できる文化へと変質させたうえで、初めて和歌の素材となりうるのです。和歌に詠まれた自然が、実は人工的な箱庭であったり、絵画であったりすることは、よくあることです。また、歌枕という名所を歌に詠む行為も同様です。富士山は煙が立っているものとして詠むものであり、逢坂は恋人が会うイメージでとらえるもの、というように、土地の「本意」（もっとも価値ある姿）が最優先して詠まれるのです。自然の実際の姿は、さほど問題ではありません。これは、写実主義とは相反する姿勢と言えるでしょう。人は自然をありのままに理解するのではなく、和歌によって文化へと変質させてから、初めて理解していたのです。つまり、和歌は、日本人が自然や人間の心情を理解し、解釈するための装置でもあったのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;谷知子『和歌文学の基礎知識』角川選書、2006年、pp. 11-12&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-3962028341542003416?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/3962028341542003416/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/10/2006pp.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/3962028341542003416'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/3962028341542003416'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/10/2006pp.html' title=''/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-2857785629327482496</id><published>2009-10-15T21:00:00.000+09:00</published><updated>2009-10-15T21:00:09.067+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='新猿楽記'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='枕草子'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'>おうなのけさう</title><content type='html'>&lt;p&gt;&lt;a href="http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/05/blog-post_14.html"&gt;『新猿楽記』のことを書いた時&lt;/a&gt;にちょっと触れた、「老女の化粧」について。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;新体系の註によれば、現存しない枕草子の「すさまじきもの」の段のくだりは、河海抄などに「すさまじきもの。十二月（しはす）の月、嫗（おうな）の懸想（けしやう）」とあったとされ、二中歴・十列には「冷物（すさまじきもの）十二月月夜…老女化借（けさう）…」とある、という（「朝顔」p.264）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そうか、「けさう」「けしやう」では「懸想」か「化粧」かは区別つかないのか。意味としてはどっちも通るしね。あとは「二中歴・十列」というのがどういうものなのかよくわかってないが……。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-2857785629327482496?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/2857785629327482496/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/10/blog-post_15.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/2857785629327482496'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/2857785629327482496'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/10/blog-post_15.html' title='おうなのけさう'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-6384560352160685214</id><published>2009-10-09T21:51:00.002+09:00</published><updated>2009-10-09T21:51:00.100+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='暦'/><title type='text'>平安時代の暦、続き</title><content type='html'>&lt;p&gt;&lt;a href="http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/10/blog-post.html"&gt;前回&lt;/a&gt;の続き。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;前回挙げた寛弘七年の図では、冬至は十一月のかなり終わりのほうに入っていたので、立春は一月の中頃に位置している。冬至が十一月のはじめのほうに位置する場合は、立春は十二月の中頃になる。二十四節気の区切りを示す上のモノサシと、月の区切りを示す下のモノサシとをずらしていくのを想像すればいい。中気から次の中気までの期間（気策、約30.4日）と月の長さの平均（朔望月、約29.5日）とはちょっと違うので厳密には合わないが、だいたいの傾向として立春は十二月と一月の変わり目ごろに位置するだろうということがわかる。要するに、「冬至のある月を十一月とする」という定義は、立春がおおむね一月一日ごろにくるようにするための工夫なのであった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そういうわけで、「年の内に春は来にけり」というのは、立春が十二月に位置した場合で、これはとくにめずらしいわけでもなく、よく起こることであり、そういうよくあることについて歌っている、と。まあそれがわかったところで、この歌はどこまで真面目なのかよくわからんのだけど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;一年は354日の場合が多く、384日の時がたまにある（これらより一日ほど長さが変わる年もあるが）。この閏月のある年には、一年は長く感じられたことだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;年や日付には干支が割り当てられている。干支がなんだとかはここでは述べないが、ある年が「実際のところ」いつなのか、というのは干支の表記からはわかりづらい。そういう用途のために歴史的な年月日と西暦との対応を収録した本というのが存在する。内田正男『日本暦日原典』（第四版、雄山閣出版、1992年）などである。分厚いこの本はそのほとんどが暦日の対応表だが、末尾に暦についての解説と、宣命暦など旧暦の計算方法についての解説がある。じつをいうと前回と今回の記事はそこが面白かったので書いたようなものなのだ。数ページに要約された解説なので頭でいろいろ補わないといけないのだが、必要な情報は一通り載っている。（ここの趣旨に合わないので詳しくは書かないが、同解説をもとに宣命暦を計算するプログラムを書いてみたりもした。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところで&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%A3%E6%98%8E%E6%9A%A6"&gt;ウィキペディアの宣明暦の項&lt;/a&gt;にはこれを書いている現在「江戸時代初期には、二十四節気が実際よりも2日早く記載されるようになっていた」とあるが、これは「2日遅く」が正しい（岡田芳朗『暦ものがたり』角川選書、1982年、pp. 120-121）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;暦の計算とは直接関係しないが、『御堂関白記』には曜日の記載もある。岡田芳朗『暦ものがたり』によれば、七曜はユダヤ教に由来し、それが中国を経由して日本にやって来たものという (p. 98)。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;七曜の繰り方は西洋のそれと全く同じで、東西が同一の曜日を使用していたのは、当然のことながら何か奇妙な感じがするものである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（同書、p. 99）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;『御堂関白記』記載の曜日がちゃんと現在のと連続しているということの確認例が『日本暦日原典』にある (p. 510)。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;古文とはずいぶん関係ない話を二回も続けてしまった。暦についての話はこれで終わり。長引かせたくないから月木じゃないけど出しました。引き続き源氏物語を読んでるんだけど、まだまだでね。もう残された回数が少ないので、まだほかに紹介したい本とかについても書いておきたいのだけれど、最近調子があまりよくない。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-6384560352160685214?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/6384560352160685214/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/10/blog-post_09.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6384560352160685214'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6384560352160685214'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/10/blog-post_09.html' title='平安時代の暦、続き'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-5483408953459571777</id><published>2009-10-05T22:01:00.004+09:00</published><updated>2010-01-08T19:31:06.257+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='暦'/><title type='text'>平安時代の暦</title><content type='html'>&lt;p&gt;古文とは直接関係しないのだが、気分転換もかねて平安時代の暦についてちょっと調べていた。閏月とか、「年の内に春は来にけり」とはどういうことなのか。古文に出てくるこうした日時や節気の表現がどういうものなのかいまいちはっきりしなかったのだけど、だいたいわかったように思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;平安時代に使われていたのは、宣明暦という暦である。暦マニアではないので、その制定の経緯とか精度については省略。で、この宣明暦というのは太陰太陽暦である。太陰太陽暦というのを、僕はいままで「旧暦」という言葉であいまいに把握していたが、これはかいつまんでいうと、こういうことになる。&lt;/p&gt;

&lt;ol&gt;
&lt;li&gt;季節のひとめぐりが一年になるようにする。これは当たり前のことのように思うけど、たとえば乱暴な話 1年 ＝ 365日と日数を固定したような暦だと、季節と年はだんだんずれてくる。そういうことが起こらないように工夫されている暦であるということ。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;月（天体のことね）の満ち欠けが月（こっちは日時の区切りかたのほう）の区切りを決定する。つまりその月の1日（ついたち）はかならず新月でありその月の中頃はいつも満月である。ひと月の長さは29日間か30日間のどちらかになる。前者は小の月、後者は大の月と呼ばれる。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;一年の区切り目は月の区切り目に合わせられる。1. でいう季節のめぐりというのは太陽の運行による現象で、2. のほうは月の運行の結果によるものだから、両者はたがいに関係がない。したがって 1年 = nか月と定量的に決めてしまうことはできない。しかし、その日からが年の変わり目ですよ、という「その日」は月の初めの日に合わせられる。一月一日がいつもその年の第1日である。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;結果として、一年は12か月か13か月のどちらかで運用されることになる。一年が13か月になる年は、ある理論（後述）によってそのうちのひと月が「閏月」とされる。閏月は前の月と同じ番号をつけて、「閏五月」などと呼ばれる。&lt;/li&gt;
&lt;/ol&gt;

&lt;p&gt;太陽は天球上の黄道（黄道の説明は省略。ごめん。）を一年かかって一周する（この言いかたは同語反復的だけど）。北半球で太陽の位置がいちばん低くなる時が冬至で、宣明暦では冬至から次の冬至までを基準として一年を定義している。つまり、一年は12か月だったり13か月だったりするが、その一年間に冬至が二回入るということは絶対にない。一方、たとえば立春などは、ある年の年頭と年末の二回に含まれているということが起こりうる（例、寛弘四 (1007) 年）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;冬至から次の冬至までの期間を24等分して、それぞれの時点に名前を付けたのが二十四節気である。二十四節気は古語辞典の付録なんかだとたいてい春の立春から記載されているが、上の説明からすると、暦学的には冬至から始まっているということになる。二十四節気には中気と節気というのがあって、これは冬至が中気でそこから順に節気、中気と繰り返す。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いま、ある年の月の区切りが計算で得られたとして、それを記したタイムライン上に二十四節気の日時の各点を記していく。その結果、中気を含んでいる月が正式の月である。年によっては中気を含まない月ができるが、その月は閏月と呼ぶことになる。そして、冬至を含んでいる月が十一月であると定義されている。以降順に十二月、一月、二月……と、閏月を除いて割り振っていく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img src="http://www.emptypage.jp/download/2009-10-05-lunisolar-calend.png" alt="太陰太陽暦の概要図。" width="619" height="198" /&gt;&lt;br /&gt;
（この図は死ぬほどがんばって作ったのでよく味わって見ていただきたい。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;以上が太陰太陽暦の暦の作られかたの概要だが、これを見ると、西暦の数字だけ見てその年の月の割り振りを簡単に決定できる太陽暦（グレゴリオ暦）はなんて簡単ですばらしいんだろうと思える。太陰太陽暦には宣明暦の他にも儀鳳暦とか大衍暦とかいくつかの種類があるが、やってることはどれも基本的には同じことで、違いは各種計算に用いる定数（観測精度の向上によって変化していく）や月齢計算に微妙な補正を入れるかどうかといったようなことである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（&lt;a href="http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/10/blog-post_09.html"&gt;続く&lt;/a&gt;）&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-5483408953459571777?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/5483408953459571777/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/10/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/5483408953459571777'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/5483408953459571777'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/10/blog-post.html' title='平安時代の暦'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-4773941161179595302</id><published>2009-09-21T21:12:00.001+09:00</published><updated>2009-11-06T00:53:25.458+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='和歌'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='袋草紙'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><title type='text'>幼児の歌</title><content type='html'>&lt;blockquote&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;鶯よなどさは鳴くぞちやほしきこなべやほしきははやこひしき&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;これは、まま母のもとに在りけるに、ちひさきつちなべの有りけるを、わがはらの子にはとらせて、このまま子にはとらせざりければ、鶯の鳴くを聞きてよめる歌なり。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（新日本古典文学大系29『袋草紙』、pp. 164-165）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;これは泣ける……。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-4773941161179595302?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/4773941161179595302/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/09/blog-post_21.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4773941161179595302'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4773941161179595302'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/09/blog-post_21.html' title='幼児の歌'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-774952413681476482</id><published>2009-09-17T21:08:00.003+09:00</published><updated>2009-11-06T00:53:25.458+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='和歌'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='古今和歌六帖'/><title type='text'>古今和歌六帖</title><content type='html'>&lt;p&gt;『古今和歌六帖』という歌集がある。これは万葉以来の秀歌数千首を「春」「夏」「山」「恋」といったテーマ別に分類して収録している本で、歌集というか、歌学の参考書みたいなアンソロジーだ。いま四つほど題材の例を挙げたけど、じつはその分類はかなり細かく、ほかにはたとえば「衣がへ」「星」「炭竈」「鮎」「ないがしろ」「一夜隔てたる」「二夜隔てたる」「来れど逢はず」等々と数百に渡ってある。「こういうシチュエーションを詠むときは、ええっと……」というときに引ける、かなり実用志向の本だったのだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;だからこれは平安時代の和歌を知るのにたいへん重要な本だと思うんだけど、活字でそれを読もうとするとこれがなかなか難しい。いま売られている古典文学の全集にはどれにも入ってないと思う。歌自体はほかの勅撰集や私家集にあるものばかりだからかな。しかし、平安貴族のネタ帳という意味でそのありさまには興味がわくところ。過去には久松潜一、山岸徳平監修『校註新訂　日本文學大系第十三巻』（風間書房、1955年）や、宮内庁書陵部編の上下二冊からなる『古今和歌六帖』（養徳社、1967, 1969年）などが出ていたようだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、風間書房の日本文學大系版が幸い図書館にあったので、さっそく手にしてその解題を読んでいたら、こんなふうに書いてあった。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;撰者の漠然たるが如く撰時も明らかでない。集中の作者を以て契沖は寛和の頃（一六四五—四六）と推定したけれども、蜻蛉日記に引用したと見られる古今六帖の和歌などから推すに、或は天徳、應和の頃（一六一七—一六二三）の頃のものでは無からうかと思ふ。蓋し源順集によれば、天暦五年に次の如く梨壺に和歌所を置かせられた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（久松潜一、山岸徳平監修『校註新訂　日本文學大系第十三巻』、p. 10、風間書房、1955年）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;流して読んでたが、ふと年代の記述で目を疑った。一六四五？　『古今和歌六帖』は平安時代の書物のつもりでいたけど、もしや自分はとんでもない思い違いをしていたのか？　……と、焦ったが、その後すぐに気づいた。これ、皇紀だ。うおー。古い本とはいえ戦後だよ。国文学の本はすげえな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;と、内容と関係ないところで驚きましたとさ。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-774952413681476482?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/774952413681476482/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/09/blog-post_17.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/774952413681476482'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/774952413681476482'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/09/blog-post_17.html' title='古今和歌六帖'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-6300952909981169977</id><published>2009-09-14T21:31:00.001+09:00</published><updated>2009-11-06T00:53:25.458+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='抜書'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='和歌'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='袋草紙'/><title type='text'>和歌究竟の秘説</title><content type='html'>&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;帥大納言云はく、「女房の歌読み懸けたる時は、これを聞かざる由を一両度不審すべし。女房また云ふ。かくのごとく云々する間、風情を廻らし、なほ成らずんばまた問ふ。女房はゆがみて云はず。その間なほ成らずんば、『別の事に侍ひけり』とて逃ぐべし。これ究竟《くつきやう》の秘説なり」と云々。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ある説には、「返歌を髣髴《ほのか》にその事となく云ふを、女房聞かざるの由を云ひて、またみさみさと云ふ。なほ聞かざるの由を云ふ時、『別の事に侍ひけり』とて逃ぐべし」と云々。また同じく、「女房のそへ事云ふには、知らざる事ならば、『さしもさぶらはじ』と答ふべし。いかにも相違なき答」と云々。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;先年ある女房の許に小貝卅一に歌を一文字づつ書きて、ある人これを送る。女房予に歌を読み解くべきの由を示す。およそ力及ばず。仍りて萩の枝を折りてその葉にその事となき字を卅一、葉ごとに書きてこれを遣はす。件の所にまた読むことを得ず。両三日を経るの間、萩の葉枯れて字見えず。遺恨となすと云々。一説なり。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（新日本古典文学大系29『袋草紙』、pp. 26-27）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;拙訳。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;帥大納言（源経信）いわく、「女房が歌を詠んできた時は、聞こえなかったからと一、二度聞き直すとよい。女房がまた言ってくる。そうしている間に（返歌を）あれこれ推敲して、まだできなければもう一度聞き直す。そのうち女房のほうはふてくされて言ってくれなくなるが、それでもまだできあがらなければ『別の用事を思い出しました』といって逃げればよい。これ究竟の秘説である」と。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;またある説には、「返歌を小さな声で、なにを言っているのかわからないくらいで言うと、女房は聞こえませんでしたと言ってくるから、またごにょごにょと言う。しつこく聞き返してきたら『別の用事を思い出しました』と言って逃げるべし」と。また同様に、「女房がなにか利発なことを言ってきたものの、意味がよくわからないという時には、『ははは、そんなことはありますまい』と言っておけばよい。たいていの場合はうまくはまってくれる」という。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;先年、ある人がある女房のもとに小貝三十一枚に歌を一文字ずつ書いて送ってきた。女房は書かれた歌を読み解いてくれと、私のところにそれを持ってきた。さっぱりわからない。そこで萩の枝を折って、その葉の一枚一枚に、三十一文字、でたらめに書き付けてその女房に送ってやることにした。先方もさっぱり読み取ることができない。二、三日もすれば、萩の葉のほうは枯れてしまって、なんの字が書いてあったかもわからなくなる。してやられたと悔しがっていたが、これも一つの手である。&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;こいつらなにやってんだ。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-6300952909981169977?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/6300952909981169977/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/09/blog-post_14.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6300952909981169977'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6300952909981169977'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/09/blog-post_14.html' title='和歌究竟の秘説'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-3678727639641593088</id><published>2009-09-10T21:01:00.003+09:00</published><updated>2009-09-10T21:01:00.415+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='文法'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><title type='text'>逆説の条件節が強調表現になるとき</title><content type='html'>&lt;p&gt;※ ものものしい題を付けていますが、中身はただの与太話です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;駅のホームで高校生らしき集団がバカ話に花を咲かせては爆笑していて、僕は停車中の電車の中からそれをぼーっと見ていた。すると、その中の女の子がひとしきり笑ったあと、&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;「まじうけるんだけど（笑）！」&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;と言った。これを聞いたとき、この「逆説の条件節が強調表現になるとき」という言葉が頭に電撃のごとくひらめいた。「うけるんだけど」どうだというのか？　どうでもないのだ！　これだ、と思ったね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「けど（けれど）」はもちろん接続助詞で、辞書の言葉を借りると「（ア）実際に起こった、または確かな事柄をあげ、それにもかかわらず（普通にはこれと矛盾するような）他の事柄が成り立つ意を表す（「けれど」『岩波国語辞典』）」。それともうひとつ、「《（ア）の用法で「けれど」のあとを表現せず言いさしのままで》相手の反応を待つ気持を表す。「行きとう存じます—」。転じて、ものやわらかな表現として使う（同項）」というのがある。しかし上記の例は「ものやわらかな表現」とはほど遠い。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これは強調だよね。この「けど」は、もはや逆説とかなにかの言いさしじゃない。「あんたうざいんだけど」と言われたら、それは「あんたうざいんだけど（、ほんとはお慕いしています）」の省略とかではなく、ただただうざいと思われているだけだ。勘違いしちゃいけない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、条件節が強調表現になるといえば、コソ＋已然形の係り結びだ。「昨日こそ早苗取りしかいつのまに」の「こそ」と「しか（キ）」。これは大野晋『係り結びの研究』に詳しい話なんだけど、コソ＋已然形はもとは条件節を表す表現だった。それが古今集の頃には単純な強調表現になっていく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;たとえば先ほどの歌は「つい昨日早苗をつまんだばかりだというのに、いつのまにか」秋になってしまったなあ、という意味だから、まだ逆接の気持ちが残っている。ところが、&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;あふ坂の関に流るる岩清水いはで心に思ひこそすれ（古今五三七）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;あたりの逆説か単純強調か微妙な表現を経由して、&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;雪ふりて年のくれぬる時にこそ遂にもみぢぬ松も見えけれ（古今三四〇）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;のような単純強調表現が完成する（同書、p. 128）。するんだけど、逆説表現が強調になるって言われても、よく考えるとすんなりとは思い描きにくいところがないでもない。だけど現代語のこういう例を考えると似たようなもんなのかもね。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;雪のいと高うはあらで、うすらかに降りたるなどは、いとこそをかしけれ。（池田亀鑑校訂『枕草子』岩波文庫、p. 229）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;雪があまり積もらずにうっすらと降っているのとか、まじをかしいんだけど！&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;ああ、わりといけるな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（一応お断りしておきますが、これは与太話だからね。コソ＋已然形が現代語の「けど」と同じニュアンスだとか本気で思わないように。）&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-3678727639641593088?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/3678727639641593088/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/09/blog-post_10.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/3678727639641593088'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/3678727639641593088'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/09/blog-post_10.html' title='逆説の条件節が強調表現になるとき'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-2629462465260887656</id><published>2009-09-07T21:25:00.003+09:00</published><updated>2009-09-07T21:25:00.115+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='枕草子'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'>平安貴族の自然観、続き</title><content type='html'>&lt;p&gt;前回からの続き。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;〔二二六〕　賀茂へまゐる道に、田植うとて、女のあたらしき折敷のやうなるものを笠に着て、いとおほう立ちて歌をうたふ、折れ伏すやうに、また、なにごとするとも見えでうしろざまにゆく、いかなるにかあらむ。をかしと見ゆるほどに、ほととぎすをいとなめううたふ、聞くにぞ心憂き。「ほととぎす、おれ、かやつよ。おれ鳴きてこそ、我は田植うれ」とうたふを聞くも、いかなる人か、「いたくな鳴きそ」とはいひけん。仲忠が童生ひいひおとす人と、ほととぎす鶯におとるといふ人こそ、いとつらうにくけれ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;〔二二七〕　八月つごもり、太秦に詣づとて見れば、穂に出でたる田を人おほく見さわぐは、稲刈るなりけり。早苗取りしかいつのまに、まことにさいつころ賀茂へ詣づとて見しが、あはれにもなりにけるかな。これは男どもの、いとあかき稲の本ぞ青きを持たりて刈る。なににかあらんして本を切るさまぞ、やすげに、せまほしげに見ゆるや。いかでさすらむ。穂をうち敷きて並みをるもをかし。庵のさまなど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（池田亀鑑校訂『枕草子』岩波文庫、p. 263-264）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;やっぱり新日本古典文学大系版が欲しいなあ……。一応、拙訳。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;〔二二六〕　賀茂に参詣する道すがら、田植えをするということで、新しいお盆のようなものを笠にかぶっては立ち並んで歌をうたっている女たち、折れ伏すように、なにをするふうでもなく後ろ向きに進んでゆく。どういうわけかと不思議に思って見ていると、ほととぎすを愚弄する歌をうたっているのが聞こえてきていやな気分になる。「ほととぎす、あんた、あいつさ、あんたが鳴くので、おれは田植えだ」とうたっているが、いったい「いたくな鳴きそ（あんまり鳴くな）」と言ったのはどういう人だったのだろうか。仲忠の出生を言い落とす人と、ほととぎすは鶯に劣るという人は、まったくもって許し難いのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;〔二二七〕　八月晦日、太秦へお参りに出かけてふと目をやると、穂のなった田を見てみなが騒いでいる。稲刈りであった。「早苗取りしかいつのまに」、先日賀茂参りのときにに見た稲が、まったく立派になったものである。これを、男たちが赤い稲の本の青いところを持って刈り取る。なにやら道具を使って根元を切っていくさまが、たやすげで、いつまでも続けていたくなりそうだ。なんのためだか、穂を敷いて並べているのもおもしろい。庵のさまなど。&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;二二六段が笑えるのは、話がそれているというところだ。めずらしい光景を目にした素朴な驚きが、些細なきっかけで理不尽な憤慨に変わり、それがそのまま「むかつくあいつら」への八つ当たりになってしまう。こういう人いるよね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;仲忠というのは『うつほ物語』の登場人物で、出生云々とは、作品中の二大主人公である涼、仲忠のどちらを贔屓にするかという定番の話題があって、そういうときに涼方の連中はきまって「仲忠は生い立ちが卑しい」と因縁をつけたのである。ほととぎすと鶯も、春の鳥として歌の世界では一種のライバル関係にある。まあ罪のない農民からすればいい言いがかりだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「早苗取りしかいつのまに」は「古今集」秋上の「昨日こそ早苗取りしかいつのまに稲葉そよぎて秋風の吹く」から。歌われている感慨そのものをまさに実感したというわけだ。ちなみに賀茂参りは五月のこと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ここを読んで、おもしろいとは思ったものの、貴族階級の人間の思考の限界を見たような気もした。かれらは農作業の光景を前にしても、そこに物語や歌のトピックを彩る記号しか見ていない。和歌の世界にどっぷりすぎて、あまりにたやすく目の前の現実から目がそれてしまう。うらやましくもあり、気の毒でもある（いや、本音を言うとうらやましくはない）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;でもこうして清少納言が書いてるってことは、観察眼がないわけでもないんだよね。ただ、稲の根元をどうやって刈るか、なんてことは（「をかし」にはなっても）「あはれ」には結びつかない。だから「あはれ」の文学である『源氏物語』の描写には出てこないんだろう。それを考えると、『枕草子』は、ほかの仮名文学が書くに値しないとして見落としてきたことを書いたという意味で、やはりすごいのだといえる。ただ自己顕示欲が強いだけでは、こうした記述を残すことはできないと思う。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-2629462465260887656?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/2629462465260887656/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/09/blog-post_07.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/2629462465260887656'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/2629462465260887656'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/09/blog-post_07.html' title='平安貴族の自然観、続き'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-9212572330421188573</id><published>2009-09-03T21:44:00.002+09:00</published><updated>2009-09-03T21:44:00.296+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'>平安貴族の自然観</title><content type='html'>&lt;p&gt;以前、&lt;a href="http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/08/blog-post_10.html"&gt;「須磨」の巻の話&lt;/a&gt;で、情景描写が記号化しているという感想を書いたけど、馬淵和夫『奈良・平安ことば百話』（東京美術選書、1988年）という本に、同じような印象が述べられている。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;「若紫」の巻で、源氏が北山へ出かけるところ、北山の描写がある。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;やや深う入る所なりけり。やよひのつごもりなれば、京の花ざかりはみな過ぎにけり。山の桜はまだ盛りにて、入りもておはするままに、霞のたたずまひも、をかしう見ゆれば、かかるありさまもならひ給はず、ところせき御身にて、めづらしうおぼされけり。寺のさまもいとあはれなり。峯高く深きいはの中にぞ聖入り居たりける。&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;そこはやや山深くはいる所なのであった。三月晦日なので、京の花盛りはみな過ぎてしまったが、山の桜はまだ盛りであって、段々山の奥へ入っていらっしゃるにつれて、霞の様子もおもしろく見えるので、こんな様子もまだご経験にならない窮屈な御身であるので、珍しくお思いになられた。寺の様子もまことにしみじみとした味わいがある。高い峯の深い岩崛の中に聖は入って座っていた。&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;さてこの文で、おかしなことは、具体的な情景はさっぱりわからないことで、よく読んでみてもどういう景色なのかまったくイメージがわかない。筆者紫式部の感想も、「霞のたたずまひ」も「をかしう」見えた（勿論文脈から言えば源氏の感想ということになるが）というのと、「珍しう」と感じたのと、お寺の様子が「あはれ」というだけである。どんなところが「あはれ」なのか、読者にはさっぱりわからない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;同じく若紫の巻に、お供の者が、地方の景勝の地を源氏に語るところは、&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;これはいと浅く侍り。人の国などに侍る海山の有様などをご覧ぜさせて侍らば、いかに御絵いみじうまさらせ給はむ。富士の山、なにがしの嶽。&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;とあり、これも「御絵がお上手になられましょう」というだけだ。ついで別の者の言った言葉には、「面白き浦々磯のうへ」というだけで、景勝の地を「面白き」というだけである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;古来名文だと言われてきた「須磨」の巻の須磨の描写は、&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;須磨には、いとど心づくしの秋風に、海はすこし遠けれど、行平の中納言の関吹き越ゆるといひけむ浦波、夜々はげにいと近く聞えて、またなくあはれなるものは、かかるところの秋なりけり。&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;から始まるけれども、これも住居が海に近いというだけで、景色がどうだというわけでもない。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;前栽の花いろいろ咲きみだれ面白き夕暮に、&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;とあるのも、前栽の花が色美しく咲き乱れた景色が夕方になって暮れて行く情景を「面白し」ととらえたというだけである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;要するに、『源氏物語』をひもといてみても、『枕草子』をくってみても、自然描写のこまかなものはない。これは女房たちの生活の中に大自然と対決するというような場面がなかっただろうから、要求するほうが無理なのだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（同書、pp. 20-22）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;同書ではその印象の原因について、女房たちがそもそも自然と対峙する機会がなかったからであろうと考えている。それはもちろんそうだろうけど、それに加えて、平安時代の貴族の自然観そのものが記号化された自然観だったせいもあると思う。記号化された自然観というのは、ようするに歌枕を通じて把握された世界ということ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こうした世界観については、谷知子『和歌文学の基礎知識』（角川選書、2006年）という本に述べられてたと思うんだけど、残念ながらいま手もとにその本がない。またあとで紹介します。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それはそれとして、当時の貴族たちは自然の中に歌枕の語彙しか見なかった、そう言ってもいいと思う。これは現代でいうと、景勝地に行っても写真を撮るのにばかり夢中になって、実際にその地がどうであるかにまったく関心を払わない観光客のようなものだ。また、あまりに広漠とした大自然を前にして「ドラクエのようだ」などと興ざめするような感想をうっかり漏らしてしまいがちな我々（ある世代以降）と似ているともいえる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、そういうことで思い出す『枕草子』のくだりがあるんだけど、長くなったので次回書くことにする。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-9212572330421188573?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/9212572330421188573/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/09/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/9212572330421188573'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/9212572330421188573'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/09/blog-post.html' title='平安貴族の自然観'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-370700630906247163</id><published>2009-08-17T21:10:00.005+09:00</published><updated>2009-08-17T21:10:00.347+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><title type='text'>書籍の本文ができるまで</title><content type='html'>&lt;p&gt;岩波文庫の『堤中納言物語』を見てみたら、これも『今昔物語集』同様「振り仮名は現代仮名遣いに改めた（本文の仮名遣いは原文通りとした）」となっている。仮名遣いが本文と振り仮名で違うなんてポリシーがいったいだれにとって嬉しいのか、理解できない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;古典を活字化するにあたってどういう表記方針を採るかというのに校訂者のセンセイ方が苦心しているのだろうというのは想像できるけど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;活字本の底本となる写本の仮名遣いというのは、じつは古語辞典の見出しを構成している歴史的仮名遣いとも違っている。歴史的仮名遣いというのはいってみれば語源をさかのぼって人工的に復元された仮名遣いであって、「い」「ゐ」、「お」「を」、語中の「は」「わ」といった仮名同士は、現実には慣例的な使い分けが実践されていたにすぎない。だから「ゆへ」とか「まひり給ふ」などと書かれている。これらは歴史的仮名遣いとしては「ゆゑ」「まゐり給ふ」となっているべきものだ。読者の便宜を図って仮名遣いを歴史的仮名遣いに統一するというのは、一方で底本の仮名遣いの状況という情報が失われるということを意味している。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また、仮名文学の文字遣いは現代語の感覚からするとかなり恣意的な代物だ。「するらん」を「する覧」などと書くし、「むつかしき」など形容詞の連体形の「～しき」を「～敷」などと書いたりしている。というかそっちのほうが普通みたい。それでいて名詞や動詞など、現代語では漢字で書かれる多くの自立語のほとんどは平仮名で書かれている。漢字と平仮名という独立した別の文字体系を混在させて使っているという意識ではなく、仮名を中心に表音的に書いていくやりかた全体が「女文字」というひとつの書記体系を形成しているというほうが適切なように思われる（こういう言い方は自分でも小松英雄の影響が強いなとは思うけど……）。送りがなだって現代語のように活用語尾が変わるところで送ったりなんてしていない。「のたまふ」は「の給」、「たまひけむ」は「給けむ」と書かれたりする。これを統一すれば原典でのありさまはわからなくなるが、かといってそのままでは現代人にはおそろしく読みづらい。句読点のこともある。&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;変体仮名の統一。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;句読点を打つ。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;仮名遣いを歴史的仮名遣いに統一。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;仮名の一部を漢字表記に。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;当て字や助動詞などを仮名表記に。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;送りがなを補う。&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;

&lt;p&gt;こうした作業を加えた結果できあがるものが現代の書籍版古文の本文なわけだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;個人的な好みからすると、僕は底本の文字遣いを振り仮名から復元できる新日本古典文学大系の翻刻方針がいちばんしっくりくるな。笠間文庫の『枕草子［能因本］』のように、「ん」「なん」で表記されている助動詞を「む」「なむ」に統一したり、「なめり」「たなり」とあるのを「な&lt;small&gt;ン&lt;/small&gt;めり」「た&lt;small&gt;ン&lt;/small&gt;なり」と作ったりするのは、ちょっとやりすぎに感じる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それはおいておくにしても、本文を歴史的仮名遣いに統一しておいて振り仮名を現代仮名遣いにするのはどう考えてもおかしいよねえ。それなら本文も現代仮名遣いにしちゃうほうがまだ筋が通っている。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-370700630906247163?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/370700630906247163/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/08/blog-post_17.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/370700630906247163'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/370700630906247163'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/08/blog-post_17.html' title='書籍の本文ができるまで'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-7128336389455705422</id><published>2009-08-13T21:22:00.001+09:00</published><updated>2009-08-13T21:22:00.740+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='物語'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='竹取物語'/><title type='text'>けりがつく</title><content type='html'>&lt;p&gt;ものごとが一段落することを「けりがつく」っていうけど、この「けり」って、助動詞の「けり」だったのね。知らなかったよ！&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;dl&gt;
&lt;dt&gt;けり&lt;/dt&gt;
&lt;dd&gt;『―がつく』『―をつける』結末がつく（つける）。▽平曲（へいきよく）など語り物で、話を「そもそも」で起こし、一段落した所に助動詞「けり」を据えたことから。「鳧」とも書いたが、当て字。&lt;/dd&gt;
&lt;/dl&gt;
&lt;p&gt;（『岩波国語辞典』第六版）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;平安時代からこのかた、物語は「むかし某ありけり」といったようにこの「けり」を用いた文ではじめられ、そして「となむいひける」などといった「けり」のついた文で終わるのがひとつのフォーマットだったのだ（日本古典文学大系 9「竹取物語」解説）。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-7128336389455705422?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/7128336389455705422/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/08/blog-post_13.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/7128336389455705422'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/7128336389455705422'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/08/blog-post_13.html' title='けりがつく'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-7703611348821715477</id><published>2009-08-10T21:08:00.000+09:00</published><updated>2009-08-10T21:08:00.486+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'>須磨源氏</title><content type='html'>&lt;p&gt;やっと「須磨」を読み終えた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;須磨源氏などという言葉があるが、たしかにここで頓挫する人は多かろうと思った。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;すま げんじ【須磨源氏】　源氏物語が長編であるため、須磨の巻（第十二帖）あたりで読むのをやめてしまうこと。また、そうした人をからかっていう語。（『大辞林』）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;「須磨」の巻は、源氏が左遷され、巻名にある須磨の地に隠れるというところなのだが、その須磨へ下ったり、下ってどうしたということについては、ほとんど記述がない。圧倒的大部分を占めるのは須磨に行く前の源氏の挨拶回りと、須磨に着いた源氏の京の人々との手紙のやりとりなのだ。読者からすると、あちこちに挨拶に行っては「このたびは……」みたいなことを言い合うくだりが延々と続いて、源氏はいつまでたっても旅立たないという印象を受ける。やっと出かけたかと思うと、肝心の須磨の地については行平の故事や歌枕をちりばめた常套句が並ぶばかりで、描写としてさっぱり現実味がない。そしてその須磨の地で、源氏はせっせと京に「あはれ」な歌を書いて送るのである。ここでは須磨の地は具体的な場所ではなく、もはや「流された人のいるところ」という意味の記号でしかない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ストーリー的にもここは動きが少ない巻で、同じくらいの分量で「葵」みたいなダイナミックな筋運びをする巻を読んでしまっていると、正直この巻は退屈だ。歌について考えるときにはいろいろ示唆的な巻だとは思うものの、お話を楽しむという現代的な読み方からするとちょっときついところだと思った。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-7703611348821715477?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/7703611348821715477/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/08/blog-post_10.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/7703611348821715477'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/7703611348821715477'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/08/blog-post_10.html' title='須磨源氏'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-8808694637404701117</id><published>2009-08-06T21:10:00.002+09:00</published><updated>2009-08-06T21:10:00.257+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'>心ことにこまかなりし御返</title><content type='html'>&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;姫君の御文は、心ことにこまかなりし御返なれば、あはれなること多くて、&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;浦人のしほくむ袖にくらべみよ波路へだつる夜のころもを&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;（「須磨」新日本古典文学大系『源氏物語（二）』、p. 26）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;源氏が須磨に流されて方々に手紙を書く。藤壺や朧月夜たちからも返事が届く。紫上（「姫君」）からも返事が届いて、というところ。脚注を見ると「格別に愛情をこめて書かれていた源氏の手紙への御返事なので」となっている。「心こまか」なのは、文で直後に続いている紫上の「御返」なのではなくて、もとの源氏の手紙なのだ。「心こまかなり&lt;strong&gt;し&lt;/strong&gt;」となっているからそういうことになるのだろうけど。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-8808694637404701117?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/8808694637404701117/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/08/blog-post_06.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/8808694637404701117'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/8808694637404701117'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/08/blog-post_06.html' title='心ことにこまかなりし御返'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-1466155833664656219</id><published>2009-08-03T21:35:00.000+09:00</published><updated>2009-08-03T21:35:00.381+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='本の紹介'/><title type='text'>古文を書く</title><content type='html'>&lt;p&gt;前回引用した出雲路修著『古文表現法講義』という本は、これまで取り上げた種々の本とはすこし趣向が違っている。これは古文を読むことについての本ではなくて、書くことについての本なのだ。同書の冒頭から一部引用する。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;物語を作ってみましょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;物語というのは、《竹取物語》や《伊勢物語》や《大和物語》や《落窪物語》や《源氏物語》や《堤中納言物語》、といった、あのものがたりのことなんです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「物語を作る」ということを、この講義は目指します。「平安時代の物語を作ってみよう」ということです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;（中略）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;この講義で私たちがめざしているのは、平安時代の物語文化のなかに生きていた人々に「物語」として享受されうる言語表現を、実践することなんです。それをかんたんに「平安時代の物語を作ってみよう」と言っているわけです。平安時代日本語実習といったところです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;じっさい、始めてみればわかることなんですが、平安時代の物語めいたものを作るのは、そんなにむずかしいことじゃありません。古語辞典と簡単な文法書とがあれば、だれにでもすぐにできます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;いままでにこの講義と同じような内容の講義を何度かおこなってきました。そのときの試験の答案があります。力作ぞろいで、私はわくわくしながらよんだのですが、そのうちのいくつかを、今回の講義ではとりあげて、鑑賞し、添削めいたこともしてみたいと思っています。引用した答案は、ほぼ原文のままなんですが、かなづかいの誤り・活用の誤り・現代語の混用など、ケアレスミスと思われるものは、すでに訂正してあります。私自身もこういったミスがひじょうに多いので、ここを非難されたくない気持ちは十分に理解できます。ケアレスミスはまず除外して考えてゆきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（出雲路修『古文表現法講義』岩波書店、2003年、p. 1-2）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;同書は著者が2001年から2002年にかけて大学でおこなった講義の記録をもとにしている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;古文といえば自然「古きを知る」という受動的な面に重きが置かれがちで、それを「書く」というと、すでに通用しない言語を使ってなんの意味があるのかという疑問も湧くかもしれない。けれども、たとえ実際に自分で擬古文を書くことはないとしても、書き手が「どうしてこういう文を書いたのか」ということを了解するためには、古文を書くときの思考の手続きというものを考えないでは済まされないものではないかと思う。自分ならこう言いたいときにはこう書く、という認識なしに、他人がこう書いたのはこう言いたいからだ、ということが正しく把握できるはずがない。それに、「知る」だけなら現代語訳でもいいわけだしね。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;この講義のなかでは平安時代の物語の持つ特質について述べることもしてゆきます。私たちのめざす物語（けっきょくは空想の世界のものなんですが）をもう少しはっきりさせようということです。言ってみれば、どこにゴールすればいいのかといったことや、ゲームのルールの確認なんです。こういったルールの確認が必要なところが、現代文ではない古文の表現法の特徴なんです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（同書、p. 2）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;書いてみることで、あるいは少なくとも同書に載っている人たちが実際に書いた擬古文を読んでみることで、あらためて明らかになるような現代語と古典語の違いというのもある。たとえば、古文には出てくるが現代人が書いた擬古文には出てこない語句や言いまわしに気付いたり。係助詞「なむ」あたりはなかなか現代人には出てきにくいらしい（そりゃそうか）。推量や疑問を述べる場面で選択される表現も傾向が違う。おもしろい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;違うというのを言い出すと、現代の学生どころか、本居宣長の擬古文だって本物の古文とはどこか違っているわけだけど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「物語」を作るにあたって、既存の歌を導く形で創作をするというアプローチもおもしろい。もちろん理想をいえば歌も自分で作れれば言うことないのだが、その前にこういう形で散文から入っていくのは、現代人にとって歌を理解するのにかえっていいのかもしれない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;まあ、そんな堅苦しいことを言わなくても、古文で遊ぶというのはおもしろそうだし、みんなもやってみるといいよ。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-1466155833664656219?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/1466155833664656219/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/08/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/1466155833664656219'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/1466155833664656219'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/08/blog-post.html' title='古文を書く'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-1232325054953713970</id><published>2009-08-01T22:32:00.001+09:00</published><updated>2009-08-01T22:34:16.734+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><title type='text'></title><content type='html'>&lt;p&gt;デザイン変更。ようやく Blogger のテンプレートに手を入れた。本当のことをいうと、いままでのデザインはどうもあちこちだらしなくて好きじゃなかったのだ。おそらく IE6 ではたいへんなことになっているだろうけど、すみませんもう勘弁してください IE8 にアップグレードしてください。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;なにせ字の多いサイトなので、本文の領域はこれくらい増やしたくらいでちょうどいい。それと、背景色を変えて引用部がわかりやすいようにした。偉大な先人によるあまたの著作に大きく依存しているブログなので、それらの引用が愚昧な拙文と見かけだけでも紛らわしくなってはいけないと思ってのこと。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-1232325054953713970?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/1232325054953713970/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/08/blogger-ie6-ie8.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/1232325054953713970'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/1232325054953713970'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/08/blogger-ie6-ie8.html' title=''/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-4678598088520816718</id><published>2009-07-23T21:54:00.000+09:00</published><updated>2009-11-06T00:53:25.459+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='抜書'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='和歌'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='伊勢物語'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='古今和歌集'/><title type='text'>物名</title><content type='html'>&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;物語のひとこまとして「『かきつばた』といふ五文字を句の上にすゑて、旅の心をよめ」などということが述べられるのは、他に例がありません。この《伊勢物語》の場合だけが孤立しています。なぜ他に例を見ないか、ということよりも、なぜここにはこういったことが書かれているのか、と考えてゆくべきでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ここに「つま」として詠まれている女性は、二条の后高子です。ここに謎を解くカギがありそうです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;じつはこの《伊勢物語》は、初段、第二段に序章的な物語を置き、第三段以降に主人公と二条の后高子との恋物語が展開されています。その「二条の后物語」のひとこまとしてこの第九段があるのはだれもが知っていることなのですが、この二条の后という女性はまた、この《古今和歌集》巻一〇〈物名〉にも登場する人物なのです。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;二条の后、春宮の御息所と申しける時に、めどに削花挿せりけるを、よませ給ひける　　文屋康秀&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;445 花の木にあらざらめども咲きにけりふりにしこのみなる時もがな&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;「めど」の意味がよくわからないのですが、さほどくふうがある〈歌〉には見えません。《古今和歌集》巻一〇〈物名〉に収録されている他の〈歌〉と比べるならば、むしろ劣っていることが歴然としているようにさえ見えます。〈歌〉が秀逸だからこの〈歌〉が採られた、などとはとうてい思えません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この《古今和歌集》巻一〇〈物名〉に〈歌〉の作者以外に登場するのはこの「二条の后」だけなのです。それ以外には、458 の詞書に「人」が登場していますが考慮しないでいいでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;高子はおそらく「物名の〈歌〉好きの女性」として有名だったのでしょう。《古今和歌集》巻一〇〈物名〉にたったひとり登場するのも、そういった理由からでしょう。445 の〈歌〉も、高子にかかわる〈歌〉だから、というので採られたのでしょう。〈歌〉が秀逸であろうがなかろうが関係ないのでしょう。《伊勢物語》では、〈二条の后物語〉のひとこまだから、ということで、高子にかかわるストーリーだから、ということで、「『かきつばた』といふ五文字を句の上にすゑて、旅の心をよめ」となったのでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そういったことを念頭に置いて、《伊勢物語》第三段をよんでみましょう。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;《伊勢物語》第三段&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;昔、男ありけり。懸想じける女のもとに、ひじき藻といふものをやるとて、&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;思ひあらばむぐらの宿に寝もしなむひじきものには袖をしつつも&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;二条の后の、まだ帝にも仕うまつり給はで、ただ人にておはしましける時のことなり。&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;ここに詠まれている〈歌〉、どうもあまりパッとしません。「ひじき藻」を詠みこんで「ひじきもの」というだけじゃどうも、…といった感じです。「ひじきもの」、通説は「引敷物」だと言うんですが、私はここは「ひしぎもの」つまり、目をふさぐ物、という意味だと思います。袖で目をふさごう、と言っているのでしょう。「おも火（おもひ）」「む暗（むぐら）」にかかわっての表現でしょう。それにしても、ヘンな〈歌〉です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この第三段は、主人公があの「物名の〈歌〉好きの女性」二条の后にはじめて〈歌〉を贈ったことが描かれている章段なのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そのことを念頭に置いて始めてこの〈歌〉の「しかけ」が見えてきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この女性の気をひくにはなによりもまず言葉遊びでしょう。始めて贈るこの〈歌〉に言葉遊びの「しかけ」がない、などということは考えにくいことです。「物名」に決まっています。「沓冠」というしかけでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この〈歌〉、各行の最初の文字と最後の文字とを次の順に読むことによって、主人公が伝えたメッセージを読みとることができます。この順は「かきつばた」のばあいよりはちょっと複雑です。&lt;/p&gt;

&lt;table border="0"&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td style="padding: 0 1em 0 0;"&gt;&lt;strong&gt;お&lt;/strong&gt;もひあら&lt;strong&gt;は&lt;/strong&gt;&lt;/td&gt;&lt;td align="right"&gt;(1)&lt;/td&gt;&lt;td align="right"&gt;(6)&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td style="padding: 0 1em 0 0;"&gt;&lt;strong&gt;む&lt;/strong&gt;くらのやと&lt;strong&gt;に&lt;/strong&gt;&lt;/td&gt;&lt;td align="right"&gt;(10)&lt;/td&gt;&lt;td align="right"&gt;(5)&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td style="padding: 0 1em 0 0;"&gt;&lt;strong&gt;ね&lt;/strong&gt;もしな&lt;strong&gt;む&lt;/strong&gt;&lt;/td&gt;&lt;td align="right"&gt;(9)&lt;/td&gt;&lt;td align="right"&gt;(4)&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td style="padding: 0 1em 0 0;"&gt;&lt;strong&gt;ひ&lt;/strong&gt;しきものに&lt;strong&gt;は&lt;/strong&gt;&lt;/td&gt;&lt;td align="right"&gt;(8)&lt;/td&gt;&lt;td align="right"&gt;(3)&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr&gt;&lt;td style="padding: 0 1em 0 0;"&gt;&lt;strong&gt;そ&lt;/strong&gt;てをしつつ&lt;strong&gt;も&lt;/strong&gt;&lt;/td&gt;&lt;td align="right"&gt;(7)&lt;/td&gt;&lt;td align="right"&gt;(2)&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;/table&gt;

&lt;p&gt;「おもはむにはそひねむ」「思はむには添ひ寝む」、好きだったらいっしょに寝よう、ということでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これが《伊勢物語》第三段で主人公が〈歌〉に託したメッセージなのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「物名の〈歌〉好きの女性」二条の后にはじめて贈った〈歌〉はやはり言葉遊びの技法を用いたものだったのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（出雲路修『古文表現法講義』岩波書店、2003年、pp. 113-116）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;「ひしぎ」については、&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;dl&gt;
&lt;dt&gt;&lt;span style="font-weight: bold;"&gt;ひし・ぎ【拉ぎ】&lt;/span&gt;&lt;/dt&gt;
&lt;dd&gt;〔四段〕(1) 強く押しつぶす。「よもぎの車に押し―・がれたりける」〈枕&lt;small&gt;二一四&lt;/small&gt;〉(2) 目をつぶる。「目を冥（ひし）いで坐り」〈三蔵法師伝&lt;small&gt;五・院政期点&lt;/small&gt;〉&lt;/dd&gt;
&lt;/dl&gt;

&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;「めどに削花」については、&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;dl&gt;
&lt;dt&gt;&lt;span style="font-weight: bold;"&gt;めど【蓍】&lt;/span&gt;&lt;/dt&gt;
&lt;dd&gt;(1) 豆科の多年草。メドハギ。「蓍、女止（めど）、以&lt;sub&gt;二&lt;/sub&gt;其茎&lt;sub&gt;一&lt;/sub&gt;為&lt;sub&gt;レ&lt;/sub&gt;筮者也」〈和名抄〉(2) 「めどき」に同じ。また、それを用いて行う占い。「龜の卜（うら）、易の―などにて疑はしき事を勘（かんが）ふべきなり」〈尚書抄&lt;small&gt;七&lt;/small&gt;〉「筮、メド」〈いろは字〉(3) 目当て。「―が違うた」〈譬喩尽&lt;small&gt;六&lt;/small&gt;〉　&lt;span style="font-weight: bold;"&gt;―に削り花&lt;/span&gt;「めど」(1) につけた、木を細かく削りかけて造った花。古今伝授の一とされた語。「―挿せりけるをよませ給ひける」〈古今&lt;small&gt;四四五詞書&lt;/small&gt;〉&lt;/dd&gt;
&lt;/dl&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;（ともに『岩波古語辞典』。）&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-4678598088520816718?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/4678598088520816718/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/07/blog-post_23.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4678598088520816718'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4678598088520816718'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/07/blog-post_23.html' title='物名'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-6024210647264297787</id><published>2009-07-16T21:58:00.001+09:00</published><updated>2009-07-16T21:58:00.498+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='文法'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='落窪物語'/><title type='text'>助動詞キの運用</title><content type='html'>&lt;p&gt;小松英雄『丁寧に読む古典』に、補章として載せられている「助動詞キの運用で物語に誘い込む――物語冒頭文における助動詞キの表現効果」という一篇から。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;『落窪物語』の冒頭には、最初の登場人物がつぎのように紹介されている。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;今は昔、中納言なる人の、御娘あまたもち給へる、おはしき&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;平安時代の仮名文に多少ともなじんでいる読者なら、結びの助動詞キに、オヤ？　と反応するに違いない。なぜなら、「今は昔」から予期される結びは、「おはしき」でなく「おはしけり」のはずだからである。当時の人たちは、ここにキが出てきたことに、現今の我々よりも、もっと敏感に反応したであろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（小松英雄『丁寧に読む古典』笠間書院、2008年、p. 274）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;また、&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;古典文法の用語として〈過去〉は適切でない。平安時代の日本語は、現在と過去とを区別せずに文末が結ばれているので、現在か過去かの判断は文脈に委ねられているからである。ちなみに、未来表現には義務的に助動詞ムなどが添えられている。〈回想〉も使用をやめたほうがよい、言語は外へ向けた表出 (expression) であるから、内向きの回想 (recollection) を直接に表明する助動詞をもつことは原理的にありえないからである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;以上の検討から知られるように、助動詞キの機能は、それが話し手の行為、行動であったと&lt;strong&gt;積極的に表明すること&lt;/strong&gt;、すなわち、事故の関与を読み手に認識させることである。「アフリカに象がたくさんいたよ」のタには、話し手の関与が表明されている。この場合のタの用法は、その点において平安時代のキの用法とほぼ同じである。現今と同様、昔の日本語も場面に即して柔軟に運用されていたことを、古典文法の専門家は忘れがちのように見える。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;自分の経験を叙述するだけなら、過去の出来事であることは文脈から判断可能なので、特定の助動詞で表明する必要はない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『落窪物語』冒頭の場合、「おはしき」という表現をとることによって、地位の高いその人物を自分は知っていたと明言していることになるから、読み手は、現実社会で実際に起こった出来事への好奇心をそそられ、話の展開に強く引き込まれることになる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（同書、pp. 276-278）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;助動詞「き」に関しての同書における既存古語辞典に対する批判は微妙なもので、要はそれが未来表現で「義務的に」現れる「む」などと違って「選択的な」助動詞であるということが明記されていないということへの不満に由来している。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;総索引が整備され、電算機検索も容易になった現在では、読んだことがないどころか、表紙さえ見たこともないテクストから、文脈も確かめずに用例を剥ぎ取ることに後ろめたさを感じない風潮が蔓延し、すべての助動詞が義務的であるかのような説明がなされている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（同書、p. 278）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;まあ、実際にすべての助動詞が義務的なものとして書かれている、と「（読者から）読まれている」かというと、そんなことはないんじゃないかという気もするけど、辞書の編纂者としては厳密な態度でないといけないのかもしれない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「アフリカに象がたくさんいたよ」という現代文での「た」との比較はおもしろいし、重要だと思った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、同書のこの章では冒頭だけでなく、議論の多い&lt;a href="http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/04/blog-post_06.html"&gt;『落窪物語』の結尾&lt;/a&gt;についても少しだが触れられている。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;この物語の最後には、姫君の侍女であった「あこぎ」が現在は内侍典侍《ないしのすけ》になっているはずだとあり、「典侍は二百まで生けるとかや」と結ばれている。「あこぎ」は超人的長寿に恵まれたが、そのほかの登場人物は世を去って久しいから、現存する人物と結びつけて憶測したりしないようにと釘を刺したものであろう。冒頭のキと整合させれば、物語の書き手もまた「あこぎ」と同じだけ長寿だったという理屈になるが、そこまでは責任を持っていない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（同書、p. 279）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-6024210647264297787?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/6024210647264297787/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/07/blog-post_16.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6024210647264297787'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6024210647264297787'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/07/blog-post_16.html' title='助動詞キの運用'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-7684632929733250373</id><published>2009-07-06T21:07:00.004+09:00</published><updated>2009-07-06T21:07:00.839+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><title type='text'></title><content type='html'>&lt;p&gt;ここを始めて半年が経った。一年の予定なので折り返し地点だ。書いておきたいものの書けてないことがまだいくつかある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;日曜日に紀伊國屋書店をぶらぶらしてきたけど、なにも買わず。『自閉症の謎を解き明かす』の新版と、ピンカーの新刊（もう出て結構経ってたと思うけど）が気になったくらい。古文については、学習参考書のコーナーに新しい本がたくさん並んでた、が、どのみち自分は読むものがたまっているので手は出さず。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これは古文に限ったことじゃないけど、○○はこんなにおもしろい、みたいなタイトルの本ばっかり。僕は「わたしおもしろいのよ」などと自分から媚を売ってくるような本は好きじゃない。つい「だまされるものか」と身構えてしまうし、その手の本は自分のためにならないような気がする。というのは、それらは「なにがおもしろいか」を解説する本であるわけで、これがジョークの話だったら無粋もいいところの役回りじゃないか。なにがおもしろいかを発見することも含めての読書のおもしろさ、だと思うんだけど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それに、たとえば「徒然草はおもしろい」みたいな名を冠する一群の本どもの読者層と、当の「徒然草」の読者層というのはまったく別のような気がする。僕はここを「古文はこんなにおもしろい」みたいな内容にすることもできたわけだけど、そういうのは避けた。この例でいうところの前者のような人々の興味を引いてもしょうがないと思ったからで、たとえば、いま「枕草子」を読んでいるもののなにが書いてあるかさっぱりわからん、みたいな人がいたら、そういう人がたぶん対象読者だね。僕は向き合ってくれる人よりも、同じ向きに歩いていく人を友とするのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;だいたい登山する人になにか書かせたら登山の記録になるのが普通じゃん。そういうこと。『玉勝間』みたいな書も、そういう態度がわかれば読めるようになる。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-7684632929733250373?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/7684632929733250373/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/07/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/7684632929733250373'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/7684632929733250373'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/07/blog-post.html' title=''/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-624935792114865941</id><published>2009-07-02T21:57:00.000+09:00</published><updated>2009-07-02T21:58:13.162+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='文法'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='抜書'/><title type='text'></title><content type='html'>&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;「花ぞ昔の香に匂ひける」の「花ぞ」を、多くの注釈書が、「花は」と現代語訳しています。「花（ガ）匂ふ」にゾを挿入すると「花ぞ匂ふ」になりますが、「花は匂ふ」にゾを挿入することはありません。「匂ひける」のケルは、それが疑いのない事実であると認識したことを表わしています&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ハとガの違いは日本語文法のメイントピックスのひとつなのに、それを混同してしまうのは、疎読、勘読で作り上げた筋書きに合わせて考えているからです。その筋書きとは、人間は裏切るがペットは裏切らない、などという〈～は、～は〉という形式の対比です。こんなことでは、文法的解釈という錦の御旗がボロボロです。間違いのもとは、「人はいさ、心も知らず」をひとまとめに把握してしまったことにあります。上の句と下の句とを安易に対比してしまったことも一因かもしれません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;三上章『象は鼻が長い』〔くろしお出版・1960〕は、日本語文法論のユニークな著作で、古典文法を重んじる立場をとる古語辞典の編者が知らないはずはありません。この本のタイトルの構文は、「ふるさとは花ぞ昔のかに匂ひける」とそっくりです。〈象は鼻&lt;u&gt;は&lt;/u&gt;長い〉に変えたら意味が違ってしまいます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（小松英雄『丁寧に読む古典』笠間書院、2008年、pp. 28-29）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-624935792114865941?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/624935792114865941/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/07/1960-2008pp.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/624935792114865941'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/624935792114865941'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/07/1960-2008pp.html' title=''/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-1948689404283975062</id><published>2009-06-22T21:54:00.001+09:00</published><updated>2009-06-22T21:54:03.110+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='今昔物語集'/><title type='text'>たそたそ</title><content type='html'>&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;男の云く、「去来《いざ》給へ。伯父父《をぢちち》の許に将《ゐて》奉らん」と。児、何心も無《なく》打□て、「母堂に告奉らん」と云へば、男、「人に不令聞《きかしめ》で、密に御《おはし》ませ」と云云。児、嬉気に思て走り行《ゆく》後ろ手の、髪のたそたそとして可笑気《をかしげ》なるを見《みる》に、かはゆく難為《しがたく》思へ共、人に憑《たのも》し気をし見えんと思へば、木石の心を発《おこ》して、馬に鞍置きて曳将《ひきゐて》来ぬ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（巻第二十六「陸奥の国の府官大夫の介の子の語　第五」池上洵一編『今昔物語集　本朝部（下）』岩波文庫、p. 36）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;古文を読んでいると、いまでは使われなくなってしまった擬音語・擬態語に出くわすこともある。走っていく子供の髪の揺れる様子をして「たそたそ」と言っているのだけど、これなんていかにもで、ああ、たしかにたそたそしてるよなあ、と思う。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-1948689404283975062?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/1948689404283975062/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/06/blog-post_22.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/1948689404283975062'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/1948689404283975062'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/06/blog-post_22.html' title='たそたそ'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-693795847664819773</id><published>2009-06-18T21:49:00.005+09:00</published><updated>2009-07-16T15:06:39.776+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='物語'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='大和物語'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='落窪物語'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'>物語の末尾切断形式</title><content type='html'>&lt;p&gt;最近、のんびりとだけど『大和物語』も読んでいる（小学館「新編日本古典文学全集」12）。いくつ並行して読んでるんだという感じだが……。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ひとつひとつの段が短くて、文の流れも自然で読みやすい。これは古文の入門にいいんじゃないのかな。どこか取り付く島のない感じの『伊勢物語』なんかよりも、ずっと教科書向きなんじゃなかろうか。教養としての重み付けからすると伊勢物語なんだろうけど。しかしいくつか古文読んできた者としての実感からすると、あれ、読みにくいよね。少なくとも、感情移入できる文ではないと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、その大和物語を所収する小学館「新編日本古典文学全集」の解説で面白かったのは、「物語の末尾切断形式」というくだり (p. 432)。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;

&lt;p&gt;『大和物語』の原型の最後は百六十九段と見られ、歌も含まれず、その末尾本文は「水くむ女どもあるがいふやう」と切断形式になっている。切断形式とは末尾本文が、内容的にも形式的にも完結していないものをいうのであって、余韻を持たせるための形式である。「あはれ」の内容を持った説話の集積の末尾としてはまさに生きた形式になっている。この形式は後に亜流を生んで、内容的には完結していても、形式的には完結していないかのように見せかけたもの、文章の上では内容的にも形式的にも完結していないが、その先の内容を読者が知っており、切断形式の実質的効果が上がっていないものなども出てくる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（「大和物語」、新編日本古典文学全集12、p. 432、小学館）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;作品としての物語をどう終わらせるのか、それについての当時の定石のひとつが切断形式だったのだろう。『源氏物語』の末尾はけっこう有名だと思うけど、あれがどうしてあんなふうな終わらせかたなのかと感じた人も多いと思う。結末を描く段落としては、一回転してかえって斬新さを感じさせる、すぱっとした終わりかたなんだよね。写本の系統によってその末尾が安定してないことには、この切断形式がひとつの型としては忘れられてしまったということにも一因があるのかもしれない。最近読み終えた「花宴」の末尾も切断形式をとっていたということか。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;　「梓弓いるさの山にまどふ哉ほのみし月のかげや見ゆると&lt;br /&gt;
なにゆゑか」とおしあてにのたまふを、え忍ばぬなるべし、&lt;br /&gt;
　　心いる方ならませば弓張りの月なき空にまよはましやは&lt;br /&gt;
と言ふ声、たゞそれなり。いとうれしきものから。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（「花宴」、新日本古典文学大系『源氏物語　一』、p. 284、岩波書店、一部表記を改める）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;これで終わり。ここは、一度だけ会った朧月夜を探して源氏が右大臣邸をうろうろしていたところ、それとなく鎌をかけたりしてようやくその人を捜し当てた、という場面なんだけど、「いとうれしきものから」で終わっている。「いとうれしきものから」というのは「とても嬉しいけれど」というような意味だけど、思わせぶりな逆接を付けておいて、その先はない（次の巻もこれとは関係なく始まる）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href="http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/04/blog-post_06.html"&gt;『落窪物語』の末尾&lt;/a&gt;についても、いろいろ詮索する一方で、そもそもこういう形式があるということを頭にとどめておく必要はあるね。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-693795847664819773?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/693795847664819773/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/06/blog-post_18.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/693795847664819773'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/693795847664819773'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/06/blog-post_18.html' title='物語の末尾切断形式'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-8409495161973187737</id><published>2009-06-15T21:37:00.003+09:00</published><updated>2009-06-15T21:37:01.169+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='今昔物語集'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><title type='text'>岩波文庫版『今昔物語集』</title><content type='html'>&lt;p&gt;岩波文庫版『今昔物語集』（池上洵一編）は注も丁度よくて、コンパクトでいいと思うんだけど、「振り仮名は現代仮名遣いに改めた（本文の仮名遣いは原文通りとした）」（凡例）というのが理解しがたい。なんだそのちぐはぐな方針は。学習者が古語辞典を引けなくなるじゃないか！　それを抜きにしてもこの不自然な方針をよく一貫できたものだとも思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あとやっぱり本編ぜんぶ文庫で読めたらよかったのにな。岩波文庫の『今昔』は全体の四割程度しかない抄出版なのだ。岩波にはもういっそのこと、新日本古典文学大系の文庫版を出してほしい。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-8409495161973187737?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/8409495161973187737/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/06/blog-post_15.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/8409495161973187737'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/8409495161973187737'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/06/blog-post_15.html' title='岩波文庫版『今昔物語集』'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-5639230287335780931</id><published>2009-06-08T21:08:00.002+09:00</published><updated>2009-06-08T21:08:00.870+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='枕草子'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='漢籍'/><title type='text'>雑纂</title><content type='html'>&lt;p&gt;『枕草子』中の「……（なる）もの」で始まる章段群は、雑纂的章段と呼ばれている。この形式の原点として唐の李商隠による『雑纂』という本がある。僕はこれを漢文の入門書、『詳解漢文』（昇龍堂出版）から知った (p.435)。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それがどこか読めるところはないかと探してみたら、早大の図書館が「&lt;a href="http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/index.html"&gt;古典籍総合データベース&lt;/a&gt;」と称して古典籍の写真を公開していて、そこに江戸末期に出版された『雑纂』があった。やるじゃんワセダ。&lt;a href="http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/he20/he20_01105/index.html"&gt;『雑纂. 上,下』墨江岸田桜（岸田吟香）校訂、文久二 (1862) 年&lt;/a&gt;。李商隠のオリジナルは上巻のほうである。あとは後人によるもの。（現在読める出版物で『雑纂』を所収しているものがあったら教えてください。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さてその内容は、&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;必不&lt;sub&gt;レ&lt;/sub&gt;来&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;酔客逃&lt;sub&gt;レ&lt;/sub&gt;席、客作偸&lt;sub&gt;レ&lt;/sub&gt;物去　逐&lt;sub&gt;二&lt;/sub&gt;王侯&lt;sub&gt;一&lt;/sub&gt;家人、把&lt;sub&gt;レ&lt;/sub&gt;棒呼&lt;sub&gt;レ&lt;/sub&gt;狗、窮措大喚&lt;sub&gt;二&lt;/sub&gt;妓女&lt;sub&gt;一&lt;/sub&gt;、&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;また、&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;殺風景&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;花間喝道、看&lt;sub&gt;レ&lt;/sub&gt;花涙下、苔上鋪&lt;sub&gt;レ&lt;/sub&gt;席、斫&lt;sub&gt;二&lt;/sub&gt;却垂柳&lt;sub&gt;一&lt;/sub&gt;、云々&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;この『雑纂』というのは『詳解漢文』によれば、「だいたい酒令（勝負に負けたり、しくじったりした者に酒を飲ませること）のために、問題のうまい答えを書いたものといわれています」とのこと（同頁）。ネタ帳のようなものか。題があって、それにふさわしいものを機知を交えて挙げるという形態は、たしかに枕草子と共通している。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;分量は枕草子のそれと比べるとずいぶん少ない。また内容的に共通しているものは見られないようだ（ざっと見た限りでは）。古今の序文に見られるような、漢籍からの直接的な影響の一例としては同列には語れない雰囲気である。清少納言の頭に『雑纂』はあったろうが、内容的にはあくまで自分の思うままに書いたといったところかね。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-5639230287335780931?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/5639230287335780931/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/06/blog-post_08.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/5639230287335780931'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/5639230287335780931'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/06/blog-post_08.html' title='雑纂'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-5448042620275650344</id><published>2009-06-04T21:27:00.001+09:00</published><updated>2009-11-06T00:54:08.095+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='和歌'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><title type='text'>和歌のことについて</title><content type='html'>&lt;p&gt;和歌について。中古の古典を読んでいるというからには、和歌について触れないわけにはいかない。いかないんだけど、これがなかなか難しい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;歌がどういう意味かは辞書や註と格闘すればなんとかなる。だけど、その場面でその人に、いったいどういう頭の中の働きによりその歌が出てきたものなのかというのは依然として謎だ。自分で歌を作ったことがないから、人がそういうときにどんな歌を詠んだというのが非現実的なのだろう。しゃべってていきなり朗詠モードに入ったわけ？　わからん。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それと、和歌そのもののよさがまだ自分にはよくわかっていない気がする。私家集でも物語でも、歌はたいていその前に詞書きというものがあって、かくかくしかじか、どういう経緯で、ああなってこうなって、それで詠んだ、歌、というふうに書いてある。時にはそれにひどく感心させられることもあるのだが、さて自分が歌に感心したのかそれとも詞書きに感心したのかというと、どうも後者のような気がする。結局読んでる頭は散文の頭なんだよなあ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;僕は自分で読解力はあるほうだと思っていて、空気を読むのは苦手だが行間を読むのは得意のつもりでいる。ところが和歌は一行しかないので、そこに行間はない。歌には歌のアタマがあって、それを悟らない限り、歌はずっと自分にとって「外」の言語芸術のままなんだろうな、と思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それでも歌にはちょっといいなと思うところもある。それは形式を担保にして言いにくい本音も伝えられることだ。言いたくても言えないことというのはなかなか結構あるもので、それを直接でなく形式的に解消できる風習があったというのはちょっとうらやましいな。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-5448042620275650344?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/5448042620275650344/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/06/blog-post_04.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/5448042620275650344'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/5448042620275650344'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/06/blog-post_04.html' title='和歌のことについて'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-9194818100488119084</id><published>2009-06-01T21:57:00.001+09:00</published><updated>2009-06-01T21:57:00.672+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='文法'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='枕草子'/><title type='text'>下衆のことばには必ず文字あまりたり</title><content type='html'>&lt;p&gt;小松英雄『日本語はなぜ変化するか』（笠間書院、1999年）では、『枕草子』の「下衆《げす》のことばには必ず文字あまりたり」というくだりについて、これが庶民層においてすでに表出していた終止形の連体形化現象のことではないかと推測している (p. 167)。ここはおもしろかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;中古の動詞の連体形は、四段および上一段（あと「蹴る」一語の下一段）活用動詞では終止形と（文字の上では）変わらないが、その他の動詞ではすべて見かけ上終止形に「る」が付いた形になっている。音節としてはひとつ「あまる」ことになる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;以前同書から引用した、やはり枕草子中の、「いはんとす」と言うべきところを「いはんずる」と言う者がいる、という箇所を思い出すと、なるほど後者は連体形終止の形をとっている。このことは枕草子を読んだ時から気になってたんだけど、清少納言の癪に障ったのは、音便縮約のほうもあるのかもしれないが、ここではむしろ連体形終止のことを言っていたかもしれないわけか。そしてそれを考えると、「下衆のことばには云々」が連体形終止の言葉遣いを批難するものだったというのには説得力がある。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-9194818100488119084?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/9194818100488119084/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/06/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/9194818100488119084'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/9194818100488119084'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/06/blog-post.html' title='下衆のことばには必ず文字あまりたり'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-656859263709078821</id><published>2009-05-25T21:42:00.000+09:00</published><updated>2009-05-25T21:42:00.709+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><title type='text'></title><content type='html'>&lt;p&gt;源氏物語の話を全然書いてないけど、ちゃんと読んでるよ。まだ挫折してない。まだ数巻分しか読んでいないので（じつは頭から順には読んでない）、なにか書こうということもまだないだけで。もとより今年中に読み終わる分量ではないから、このブログには書けずじまいになるかもしれない。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-656859263709078821?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/656859263709078821/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/05/blog-post_25.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/656859263709078821'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/656859263709078821'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/05/blog-post_25.html' title=''/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-7099318011474070291</id><published>2009-05-21T21:05:00.000+09:00</published><updated>2009-05-21T21:05:00.263+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='疑問'/><title type='text'></title><content type='html'>&lt;blockquote&gt;
&lt;blockquote&gt;
(3) 何事を言ひても、そのことさせむどす、言はむどす、何とせむどす、といふ&lt;em style="font-style: normal; text-decoration: underline"&gt;と文字&lt;/em&gt;を失ひて、ただ、言はむずる、里へ出でむずる、など言へば、やがていとわろし、まいて、文に書いては言ふべきにもあらず
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;仮名は清音／濁音を書き分けない文字体系であるために、「いはむとす／せむとす／いてむとす」などと表記されているが、当時の日本語では鼻音音節ムのあとの&lt;em style="font-style: normal; text-decoration: underline"&gt;ス&lt;/em&gt;は濁音化していたので、それぞれ、イハムドス／セムドス／イデムドスと発音されていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（小松英雄『日本語はなぜ変化するか』笠間書院、1999年、pp. 162-163）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;ここの「鼻音音節ムのあとの&lt;em style="font-style: normal; text-decoration: underline"&gt;ス&lt;/em&gt;は濁音化していたので、それぞれ、イハムドス／セムドス／イデムドスと発音されていた」というところがよくわからない。「濁音化していたので」のあと、「いはむする／いてむする」は「イハムズル／イデムズル」と発音されていた、という流れならわかるんだけど……。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-7099318011474070291?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/7099318011474070291/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/05/3-1999pp.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/7099318011474070291'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/7099318011474070291'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/05/3-1999pp.html' title=''/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-2808783317315898709</id><published>2009-05-18T21:57:00.002+09:00</published><updated>2009-05-18T21:57:01.036+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><title type='text'></title><content type='html'>CSS の "Music Is My Hot Hot Sex" を聴いてたら、ふと「たけきもののふの心をもなぐさむるは歌なり」を思い出してしまった。まあこの曲と仮名序は似てるといえなくもない。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-2808783317315898709?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/2808783317315898709/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/05/css-music-is-my-hot-hot-sex.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/2808783317315898709'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/2808783317315898709'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/05/css-music-is-my-hot-hot-sex.html' title=''/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-6579618211975150767</id><published>2009-05-14T21:53:00.008+09:00</published><updated>2009-05-14T21:53:00.166+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='新猿楽記'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='枕草子'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'>老女と十二月の月夜</title><content type='html'>&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;第一本妻者、齡既過六十而、紅顏漸衰。夫年者、僅及五八而、好色甚盛矣。蓋弱冠奉公之昔、偏耽舅姑之勢徳、長成顧私之今、只悔年齡懸隔。見首髮、&amp;#x76a4;々如朝霜。向面皺、疊々如暮波。上下齒缺落、若飼猿頬。左右乳下垂、似夏牛〓（※モンガマエに「由」）。雖到氣装、敢無愛人。宛如極寒之月夜。……&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（藤原明衡著、川口久雄訳注『新猿楽記』平凡社、東洋文庫、1983年、p. 36）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;上の文の読み下し。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;第一ノ本《モト》ノ妻《メ》ハ、齢既ニ六十ニ過ギテ、紅顔漸ク衰ヘタリ。夫ノ年ハ、僅ニ五八ニ及ビテ、好色甚ダ盛ナリ。蓋シ弱冠ニシテ公ニ奉《ツカヘマツ》リシ昔ハ、偏《ヒトヘ》ニ舅姑《シウトシウトメ》ノ勢徳ニ耽《フケ》リ、長成シテ私ヲ顧《カヘリミ》ル今ハ、只年齢ノ懸隔ナルコトヲ悔ユ。首《カウベ》ノ髪ヲ見レバ、&amp;#x76a4;々《ハハ》トシラゲタルコト朝《アシタ》ノ霜ノ如シ。面《オモテ》ノ皺ニ向ヘバ、畳畳《デウデウ》トタタメルコト暮《ユウベ》ノ波ノ如シ。上下ノ歯ハ欠ケ落チテ、飼猿《カヒザル》ノ頬《ツラ》ノ若《ゴト》シ。左右ノ乳《チ》ハ下ガリ垂レテ、夏ノ牛ノ〓（※モンガマエに「由」）《フグリ》ニ似タリ。気装《ケシャウ》ヲ致ストイヘドモ、敢ヘテ愛スル人無シ。宛《アタカ》モ極寒《シハス》ノ月夜ノ如シ。……&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（同書、p. 37）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;そして同書の証注から。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;▽極寒ノ月夜ノ如シ―師走（十二月）の寒夜にいくら月が明らかに照っても、賞玩する人がないようなものだ、の意。当時の諺。『二中歴』十列に「冷ジキ物　十二月ノ月夜　十二月ノ扇　十二月ノ〓（※クサカンムリに「ヨヨ」「&amp;#x5c12;」）水　老女ノ仮借《ケシヤウ》」。&lt;br /&gt;
『河海抄』に「清少納言枕草子　すさまじき物　おうなのけさう　しはすの月夜と云々」とある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（同書、p. 41）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;これは藤原明衡《あきひら》という人の『新猿楽記《しんさるがくき》』という本からの引用。この作品自体の紹介もまたあとで書くつもり（仮名文学じゃないんだけど）。成立は1052年前後（同書、p. 320）というから、枕草子や源氏物語から半世紀ほど下ったあたりである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;引用したところは、右衛門尉という人物の第一の妻を描写したところである。源氏の源典侍をさらにグロテスクにしたような怪女だが、ここに「宛モ極寒《シハス》ノ月夜ノ如シ」とある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;証注の引用を見ると、『二中歴』と『河海抄《かかいしょう》』からの用例が引かれている。『二中歴』という本は僕は知らなかったのだけど、ウィキペディアによれば鎌倉時代の事典とのこと。『河海抄』はいわずと知れた源氏物語の注釈書である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、この「しはすの月夜」が『枕草子』で「すさまじきもの」として挙げられているというのは古文の世界では有名なんだけど、にもかかわらず、現存する枕草子の「すさまじきもの」の段にはこの「しはすの月夜」は入っていない。ではなんでそれが有名になってるのかというと、『源氏物語』で紫式部が清少納言へのあてこすりとして、「十二月の月を『すさまじきもの』とか言った、わかってないヒトもいたそうですが云々」みたいなことを書いたからである（大野晋、丸谷才一著『光る源氏の物語』上、中公文庫、p. 354）。『河海抄』や『紫明抄』が書かれた当時の枕草子にはまだこの記述が残っていた。だからこれらの本の注釈に（当時の）枕草子からの引用が残っていて、それでこんにち知られているというわけ。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;雪のいたう降り積もりたる上に、今も散りつゝ、松と竹とのけぢめをかしう見ゆる夕暮れに、人の御かたちも光まさりて見ゆ。「時々につけても、人の心をうつすめる花紅葉の盛りよりも、冬の夜の澄める月に雪の光りあひたる空こそ、あやしう色なきものの身にしみて、この夜のほかの事まで思ひ流され、おもしろさもあはれさものこらぬをりなれ。すさまじきためしに言ひおきけむ人の心あささよ」とて、御簾巻き上げさせ給ふ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（新日本古典文学大系『源氏物語』二「朝顔」、p. 268、一部表記を改める）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;「御簾巻き上げ」のダメ押し付き。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この「しはすの月夜」「おうなのけさう（老女の化粧）」が「すさまじ」というのは、清少納言の（漢籍などによらない）オリジナルだったのだろうか（『新猿楽記』の注には「当時の諺」って書いてあるけど……）。もしそうだとしたら、明衡がこの箇所を書いた時には、明らかに（当時の）枕草子が念頭にあったということだよね。そして鎌倉時代の事典にもすっかり定着していたと。そう考えると、平安時代の女流文学のメインストリームっぷりにあらためて驚かされる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また「しはすの月夜」云々のくだりはどうして現存していないのか、素人ながらそれをいろいろ想像するのも楽しい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あともう漢文は引用したくないと思った。超めんどくさい。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-6579618211975150767?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/6579618211975150767/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/05/blog-post_14.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6579618211975150767'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6579618211975150767'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/05/blog-post_14.html' title='老女と十二月の月夜'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-3897168824060478642</id><published>2009-05-11T21:49:00.002+09:00</published><updated>2009-05-11T21:49:00.780+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='抜書'/><title type='text'></title><content type='html'>&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;寛和元年（九八五）二月十三日、円融院が子の日の遊び（正月のはじめの子の日に、野に出て小松を引き若菜を摘んで長寿を祝う宴遊）をされた時のこと、紫野《むらさきの》にお出かけになった院は、大中臣能宣・源兼盛・清原元輔・源&amp;#x7386;之《しげゆき》・紀時文《ときふん》というような、当時の主な歌人を、かねてお召しになっていましたので、それらの歌人たちはみな衣冠を正し、正装して参会していました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;院の近くには公卿の座が設けられ、その次に、殿上人の座が設けられ、その末の方に、幕にそって横の方に、歌人たちの座が設けられています。院が座におつきになり、公卿、殿上人、歌人たちも座につきましたが、そこへ、烏帽子をつけ、狩衣袴姿という、当時の公卿の服装としては普段着のみすぼらしい格好で現れ、歌人の座の末に着いたものがいます。人びとが、何者が来たのかと思って見ると、曽禰好忠です。殿上人たちが、「おまえは曽丹《そたん》ではないか、どうして来たのか」と、そっと尋ねます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「曽丹」というのは、曽禰好忠は丹後掾《たんごのじょう》という官についていましたところから、「曽禰」の「曽」と「丹後掾」の「丹」とをとって呼ばれていたものです。初めは「曽丹後掾」と号されていたのですが、その後、「曽丹後」と呼ばれるようになり、さらに略されて「曽丹」といわれるようになったので、好忠自身、いつ「そた」と呼ばれるようになるであろうかといって嘆いたと伝えられています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（安田章生《あやお》『王朝の歌人たち』ＮＨＫブックス、1975年、pp. 94-95）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-3897168824060478642?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/3897168824060478642/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/05/1975pp.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/3897168824060478642'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/3897168824060478642'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/05/1975pp.html' title=''/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-4951511357808331263</id><published>2009-05-04T21:43:00.002+09:00</published><updated>2009-05-04T21:43:00.711+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='徒然草'/><title type='text'>へん</title><content type='html'>&lt;p&gt;また平安時代から外れてしまうのだけど番外編ということで。徒然草の話。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;（第百三十六段）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;医師《くすし》篤成《あつしげ》、故法皇の御前に候て、供御《ぐご》のまゐりけるに、「今日まゐり侍る供御の色々を、学問も、功能《くのう》も、尋ね下されて、空に申侍らば、本草に御覧じ合はせられ侍れかし。ひとへに申誤り侍らじ」と申ける時しも、六条の故内府まゐりたまひて、「有房《ありふさ》、ついでに物習《なら》ひ侍らん」とて、「まづ、『しほ』といふ文字は、いづれの偏《へん》にか侍らむ」と問はれたりけるに、「土偏に候」と申たりければ、「才のほど、すでに顕れにたり。今はさばかりにて候へ。ゆかしき所なし」と申されけるに、どよみにて、まかり出でにけり。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（新日本古典文学大系39『方丈記・徒然草』岩波書店、1989年、一部表記を改める）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;もう二年近く前の話だけど、区の図書館が主催する日本の古典の講演があって、それを聴きに行った時に『徒然草』のこの段が紹介されていた。僕は徒然草はまだ読んでないけど、それでこのエピソードを知ったのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;医師の和気篤成が、法皇（ここでは後宇多法皇かという）のお膳が来たのを見て、そのひとつひとつ、どれでもその名前と効能を書物にあるとおりにそらんじてみせようと自慢した。そこへ源有房がやって来て、それではついでに教えていただこう、「『しほ』といふ文字は、いづれの偏にか侍らむ」と尋ねた。篤成が「土偏に候」と答えると、有房に、学問の程度が早くも露呈してしまったな、その辺にしておきなさいと言われ、篤成は一座の哄笑を買ったという話。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、このやりとり、「いづれの偏にか侍らむ」「土偏に候」について、新体系の脚注は、「土偏でございます。篤成は『塩』の字を考えて答えた」「有房は正字の『鹽』でなければ正解としない立場である」と解説している。講演の先生もそれに従って講義されていた。また、それを承けて「聞いただけではどちらの『しほ』かわからないのだから、意地悪な質問だ」ともコメントしていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これを聴いていた時はふーんと聞き流していただけだったのだけど、聞きながらなんか変な感じはしていた。それが後世に伝えるほどの機知のある会話かな、というようなことを思ったのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところが後日、『いろはうた』という本を読んでいたら、この「へん」というのはまったく別の意味だったということがわかってしまった。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;アクセントそのものは変化してしまっていても、語頭音節における高低一致の法則が保存されていたなら、「山の&lt;strong&gt;お&lt;/strong&gt;く」と「&lt;strong&gt;お&lt;/strong&gt;く山」との「お」の高さが違うということにはならなかったはずであるから、その法則も十四世紀末には失われていたことが、これによって知られる。もとより、長慶天皇としては、それが、アクセント史のいたずらであるとは気づいていない。「緒の音・を」「尾の音・お」とあるから、音が基準になっているのかと思うとそうでもない、といっているところを見ると、この「緒の音・を」「尾の音・お」という趣旨も正しくは理解されていないようである。まして、ここでは「を・お」以外の同音の仮名までも、やはり高低に基づいて書き分けられているはずだという前提で検討されているので、結局、&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;音にもあらず儀（＝義）にもあらず、いづれの篇につきて定めたるにか、おぼつかなし&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;という評価をくだすほかはなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;医師篤成が「しほといふ文字は、&lt;strong&gt;いづれの篇にか&lt;/strong&gt;侍らん」と尋ねられ、見当違いの答えをして恥をかいたという話が『徒然草』一三六段に見えている。ここに「いづれの篇に」といっているのも、やはりその場合と同じように、どういう典籍に、という意味であるから、要するに、定家による規定は根拠不明だというのである。あるいは「旧き草子」というのを、そういう事柄を記した特定の典籍として理解したものであろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（小松英雄『いろはうた――日本語史へのいざない』講談社学術文庫、pp. 310-311）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;徒然草の同段は、「どの典籍に出ているのか」と問うた有房に対して、篤成が「土偏である」と見当違いの答えをしたという話だったのだ。それで有房は「程度が知れる」と呆れたのである。それなら笑い話としてちゃんと納得のいく筋になっている。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-4951511357808331263?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/4951511357808331263/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/05/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4951511357808331263'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4951511357808331263'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/05/blog-post.html' title='へん'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-4870762184496927746</id><published>2009-04-27T21:46:00.000+09:00</published><updated>2009-04-27T21:46:00.384+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='抜書'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='音韻'/><title type='text'></title><content type='html'>&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;なお、すでに知られているように、当時の京都語のアクセント体系では、同一の語源をもつ単語のアクセントは少なくとも第一アクセントだけは同一であったとされている（金田一春彦氏の研究）。従って、一つの語のアクセントを知れば、他の語のアクセントを推定できる場合が少くない。例えば、小舟（ヲブネ）のアクセントが名義抄によって、上上○と知られれば、小（ヲ）のアクセントは上であるから、それによって、小笹（ヲザサ）、小塩山（ヲシホヤマ）、小倉山（ヲグラヤマ）、小忌（ヲミ）などの第一音節「ヲ」は、すべて上のアクセントであることが知られる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また、今日の東京アクセントでは「起きない」のオは、オ&lt;em style="font-style: normal; text-decoration: underline"&gt;キ&lt;/em&gt;ナイとなって低いが、「起きた」の場合は&lt;em style="font-style: normal; text-decoration: underline"&gt;オ&lt;/em&gt;キタとなって高い。このように一つの動詞でも、活用形によって動詞の第一アクセントが変ることがある。しかし、当時の京都アクセントでは、同じ語ならば、第一音節のアクセントは活用形によって変わることがない。例えば「起く」という動詞ならば、「起きず」の場合でも、「起きたり」の場合でも、いずれもオは平声である。このように、動詞・形容詞などの終止形の第一アクセントが上ならば、活用形の如何を問わずその語の第一アクセントは上であり、終止形の第一アクセントが平ならば、活用形の如何に関わらずその第一アクセントは平であったから、終止形のアクセントを知れば、他の活用形の第一アクセントは知ることができる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（大野晋『仮名遣と上代語』岩波書店、1982年、p. 22）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-4870762184496927746?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/4870762184496927746/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/04/1982p.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4870762184496927746'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4870762184496927746'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/04/1982p.html' title=''/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-6617161319898715548</id><published>2009-04-23T21:15:00.001+09:00</published><updated>2009-04-23T21:15:00.416+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='音韻'/><title type='text'>琵琶法師</title><content type='html'>&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;&lt;a href="http://www.asahi.com/culture/update/0422/TKY200904210345.html"&gt;asahi.com（朝日新聞社）：最後の琵琶法師弾き語り、岩波新書の付録ＤＶＤに - 文化&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;

&lt;p&gt;金田一春彦『四座講式の研究』（三省堂、1964年）という本（玉川大学出版部「金田一春彦著作集」第五巻所収）によれば、真言宗や天台宗に伝わる仏教音楽である声明《しょうみょう》のなかでも、日本語の歌詞を持つ「講式」という種類の声明は、古いもので鎌倉時代末期の日本語のアクセントをかなり正確に伝える資料となるという。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;講式の譜は、歌詞の各仮名の横に「｜」「＼」「―」のような形をした節博士《ふしはかせ》という記号を付けた体裁をしている。これがその仮名を詠む際の音程を表しており（この記号の意味は講式の流派によってそれぞれ違っている）、それにより講式が作られた当時のその語のアクセントがわかるわけである。この話はすごく面白いのでそのうちまたあらためて書いておきたい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;琵琶法師の弾き語りにはまさか譜に相当するものはないだろうが、こういう中古中世の音韻の痕跡のようなものは残っていたりするのかな。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-6617161319898715548?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/6617161319898715548/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/04/blog-post_23.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6617161319898715548'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6617161319898715548'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/04/blog-post_23.html' title='琵琶法師'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-3153851433532200306</id><published>2009-04-20T21:25:00.005+09:00</published><updated>2009-04-21T18:31:55.777+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='文法'/><title type='text'>「～ずなりぬ」「～てやみぬ」</title><content type='html'>&lt;p&gt;今までどうも「～ずなる」には複数の使われ方があるなあ、とは薄々思っていて、出くわすとよく考えてみたりしてたんだけど、よく見たら『古代日本語文法』にちゃんと書いてあった。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;「～ずなりぬ」には、「今までしていたことをしなくなった」の意と、「最初から最後までしないままになってしまった」の意とがあります。(31) は前者、(32) は後者です。&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;(31) 船の人も見えずなりぬ。（土佐）&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;(32) 楫取、「今日、風、雲の景色はなはだ悪し」と言ひて、船出さずなりぬ。（土佐）&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;

&lt;p&gt; （小田勝『古代日本語文法』おうふう、2007年、pp. 67-68）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;前者は現代語の「～なくなる」と同じなんだけど、後者に該当する簡潔な表現は現代語にはない（と思う）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;簡潔な現代語にしにくい似たような表現として、「～てやみぬ」というのもある。これもなんか無理矢理落ちを付けたような文みたいで、不思議な感じがする。&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;くらうなりて、物くはせたれどくはねば、あらぬものにいひなしてやみぬる、つとめて（p. 31）&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;つれなきもいとねたきを、今宵あしともよしともさだめきりてやみなむかし。（p. 103）&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;夜ふくるまでつけわづらひてやみにしことは、（p. 104）&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;「則光なりや」と笑ひてやみにしことを、（松尾聰、永井和子著『枕草子［能因本］』笠間書院、2008年、p. 198）&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;「さては、一人をうらみ給ふべきことにもあらざなるに、あやし」といへば、その後はたえてやみ給ひにけり。（p. 222）&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;つねにおぼえたる事も、また人の問ふに、きよう忘れてやみぬるをりぞ多かる。（p. 291）&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;

&lt;p&gt;（特に明記しているもの以外、池田亀鑑校訂『枕草子』岩波文庫、1962年。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あれ、意外にも「～てやみぬ」で終止する文はないな……。本居宣長も使ってるんだけど、それの印象が強かったせいか？&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;こたつといふ物のうた&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;しはすばかり、これかれあつまりて、埋火を題にて、哥よみける日、今の世のこたつといふ物をよめと、人のいひければ、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;むしぶすまなごやが下のうずみ火にあしさしのべてぬらくしよしも、とよめりければ、みな人わらひてやみぬ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt; （本居宣長著、村岡典嗣校訂『玉勝間』上、岩波文庫、p. 101）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;ああ枕草子がやりたかったんだなあ、という感じの乙女ノリ。おふざけのくせに歌は「むしぶすまなごやが下に臥せれども妹とし寝ねば肌し寒しも」という万葉集の歌を下敷きにしているというマニアックさはさすがだ。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-3153851433532200306?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/3153851433532200306/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/04/blog-post_20.html#comment-form' title='2 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/3153851433532200306'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/3153851433532200306'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/04/blog-post_20.html' title='「～ずなりぬ」「～てやみぬ」'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>2</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-3403166123479280100</id><published>2009-04-16T21:13:00.000+09:00</published><updated>2009-04-16T21:13:00.469+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='枕草子'/><title type='text'>三巻本と能因本との違いの例</title><content type='html'>&lt;p&gt;先日紹介した枕草子の落窪物語に言及している箇所について、訳を作る参考にしようと能因本底本のほうもちょっと見てみたのだけど、するとここは三巻本とは文がちょっと違っているところであった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;三巻本底本の岩波文庫版からの引用をもう一度載せる。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;雨は心もなきものと思ひしみたればにや、片時降るもいとにくくぞある。やむごとなきこと、おもしろかるべきこと、たふとうめでたかべいことも、雨だに降れば、いふかひなくくちをしきに、なにか、そのぬれてかこち来たらんがめでたからん。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;交野の少将もどきたる落窪の少将などはをかし。昨夜・一昨日の夜もありしかばこそ、それもをかしけれ。足洗ひたるぞにくき。きたなかりけん。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（池田亀鑑校訂『枕草子』岩波文庫、1962年、pp. 320-321）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;これに対して、能因本底本の笠間文庫版はこうなっている。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;雨は、心もとなき物と思ひ知りたればにや、時降るもいとにくくぞある。やんごとなき事、おもしろかるべき、たふとくめでたかるべき事をも、雨だに降れば、言ふかひなくくちをしきに、何かとて濡れてかこちたらむが、めでたからむ。げに、交野の少将もどきたる落窪の少将などは、足洗ひたるは、にくし。きたなかりけり。交野は馬のむくるにもをかし。それも、昨夜、一昨日の夜ありしかばこそ、をかしかりけれ。さらでは、何かは。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（松尾聰、永井和子著『枕草子［能因本］』笠間書院、2008年、p. 329）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;なかなか興味深い違いだと思うんだけど、どうだろう。僕はまだ笠間文庫版を最初から通しては読んでいないので、この部分だけの印象で語ってしまっては危ないけれど……。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;能因本の「心もとなき」とか「かこちたらむ」のあたりはちょっとあやしいよね。「こころもとなし」の「待ち遠しくて心がいらだつ。じれったい。／気がかりだ。不安だ。／ぼんやりしている。はっきりしない。／不十分でもの足りない。」という意味は（旺文社『全訳古語辞典』第三版）、文意からするとそぐわないし、「かこちたらむ」は「文句を言うのが云々」じゃなくて、やっぱり三巻本の「かこちきたらむ」すなわち「文句を言いながら来るのが云々」となってないと言い足りてない。「交野は馬の云々」は脚注にも「不審」となっていて、意味がわからなくなっているのが残念だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、どちらも全体で言っていることまで違っているわけじゃないよね。かといって、書写の段階で生まれるようなバリアントではあり得ない。ここにいろいろと想像を巡らす余地があるわけで……。定説によれば、能因本系統のほうは清少納言が後になって書き改めたバージョンではないかということになっているそうで。他人がこういう書き換えを実践する動機もないだろうというわけだろう。このあたりの研究もなかなか面白そうなところ。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-3403166123479280100?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/3403166123479280100/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/04/blog-post_16.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/3403166123479280100'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/3403166123479280100'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/04/blog-post_16.html' title='三巻本と能因本との違いの例'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-6349536724281091881</id><published>2009-04-12T14:35:00.000+09:00</published><updated>2009-04-12T14:40:53.322+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><title type='text'>古文の話ができれば文章の論理的展開などどうでもいいのか</title><content type='html'>&lt;p&gt;昨日木曜日の記事を読み返したら、わけわからんこと書いててびっくりした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;原文は「雨は心もなきもの」になってるのに、それを自分で「不実を知るもの」と訳しおいて、さらにその訳文のほうを引っ張ってきて「身を知る雨」の解説をぶちあげている。我ながらちょっと狂気を感じるな、これは。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「心なし（心無し）」は、ここでは「人情を解さない。思いやりがない。つれない」でなくて、「情趣を解さない。風流心がない」の意（旺文社『全訳古語辞典』第三版）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;木曜の記事は修正。「なにか、そのぬれてかこち来たらんが云々」のところで「身を知る雨」の話に結局つながるので、全体として言ってる情報はほとんど変わらず、助かった。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-6349536724281091881?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/6349536724281091881/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/04/blog-post_12.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6349536724281091881'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6349536724281091881'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/04/blog-post_12.html' title='古文の話ができれば文章の論理的展開などどうでもいいのか'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-6428962775020391393</id><published>2009-04-09T21:33:00.003+09:00</published><updated>2009-04-12T14:34:58.005+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='蜻蛉日記'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='落窪物語'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='枕草子'/><title type='text'>交野の少将もどきたる落窪の少将などはをかし</title><content type='html'>&lt;p&gt;落窪物語は、枕草子にもその名が見えている。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;雨は心もなきものと思ひしみたればにや、片時降るもいとにくくぞある。やむごとなきこと、おもしろかるべきこと、たふとうめでたかべいことも、雨だに降れば、いふかひなくくちをしきに、なにか、そのぬれてかこち来たらんがめでたからん。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;交野の少将もどきたる落窪の少将などはをかし。昨夜・一昨日の夜もありしかばこそ、それもをかしけれ。足洗ひたるぞにくき。きたなかりけん。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（池田亀鑑校訂『枕草子』岩波文庫、1962年、pp. 320-321）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;拙訳。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;雨は風情のないものとの思い込みがあるからだろうか、少し降るだけでも嫌なものである。高貴なこと、明媚なこと、尊くめでたいことも、雨が降ってしまえばそれだけで台無しになってしまう。男が文句を言いながら濡れてやって来るところがいいなどと、どうしていうのであろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;交野の少将を非難していた落窪の少将などはまあ例外である。とはいえ、それも前夜、前々夜があってのことで、足を洗ったりなどしてひどいものである。不潔だ。&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;雨の日に濡れながら男がやってくるのがいいというのは、「身を知る雨」といって、雨が降ると男がめんどくさくなって女のもとに来なくなる。それで「ああ、その程度の愛情だったのか」と女が「身の程を知る」という、そういう当時の通念みたいなものがあった。そこから来ている。雨にも負けず男が来るのというのが、当時の（一部の）女性たちにとっての憧れのワンシーンみたいになっていたのだろう。そういう阿呆な幻想に対して異を唱えているわけである。落窪の少将（男君）は雨の夜に女君のもとに通ってきたが、それは三夜続けて通って結婚が成立する、その大事な三夜目だったからいいのだと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;参考歌。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;かずかずに思ひ思はず問ひがたみ身を知る雨は降りぞまされる（古今和歌集、恋 4）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;『蜻蛉日記』に、作者道綱母とその夫兼家との切れそうで切れない関係を表す鍵として、この身を知る雨というのがたびたび出てきたように思う。あとで見つけたらここに載せよう。道綱母は兼家に見捨てられたと思って悲しんだり怒ったりするのだが、兼家が嵐の日とかに突然やってくると、（それが兼家のご機嫌取りの作戦だとわかっていながら、）なんだかんだいって内心嬉しくて浮かれたりするのである。人間ってバカだよね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「足洗ひたる云々」の話はまた後日。&lt;/p&gt;

&lt;ins&gt;
&lt;p&gt;2009年4月12日追記。なんかむちゃくちゃな展開の文章になっていたので修正。&lt;/p&gt;
&lt;/ins&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-6428962775020391393?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/6428962775020391393/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/04/blog-post_09.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6428962775020391393'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6428962775020391393'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/04/blog-post_09.html' title='交野の少将もどきたる落窪の少将などはをかし'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-7920424140235878811</id><published>2009-04-06T21:22:00.002+09:00</published><updated>2009-04-06T21:25:18.473+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='落窪物語'/><title type='text'>落窪物語エンディング</title><content type='html'>&lt;p&gt;物語の一番最後のくだり。だらだらと続けてきたけど、落窪物語の話は今回でひとまず終わりということにする。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;三の君を中宮の御匣殿《みくしげどの》になんなしたてまつり給へりける。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;師《そち》は任果てて、いとたひらかに四の君の来たるを、北の方うれしとおぼしたり。ことわりぞかし。かく栄え給をよく見よとや神仏もおぼしけん、とみにも死なで七十余《よ》までなんいましける。大い殿の北の方、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いといたく老いたまふめり。功徳を思ほせ。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;との給《たまひ》て、尼にいとめでたくてなし給へりけるを、よろこびのたびいますがりける。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「世にあらん人、まゝ子にくむな。まゝ子なんうれしき物はありける。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;との給て、又うち腹立ち給時は、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「魚《いを》の欲しきに、われを尼になしたまへる。産《む》まぬ子はかく腹ぎたなかりけり。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;となんの給ける。死に給て後もただ大い殿のいかめしうしたまひける。衛門は宮の内侍になりにけり。のちのちの事はつぎつぎいで来べし。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この少将の君たち、一よろひになんなりあがり給ける。祖父《おほぢ》おとゞ亡せ給にけれども、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「われ思はば、ななし落としそ。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;と返ゝ《かへすがへす》のたまひければ、わづらはしくやんごとなきものになんおとうとの君をば思ひ給ける。左大将、右大将にてぞ続きてなりあがり給ける。母北の方、御さいはひ言はずともげにと見えたり。師はこの殿の御とくに、大納言になり給へり。面白は病まひおもくてほふしになりにければ、おとにも聞こえぬなるべし。かの典薬助《てんやくのすけ》は蹴られたりしを病まひにて死にけり。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「これ、かくておはするも見ずなりぬるぞくちをしき。などてあまり蹴させけん。しばし生けて置いたべかりける。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とぞをとこ君の給ける。女御の君の御家司《けいし》に和泉守《いづみのかみ》なりて、御とくいみじう見ければ、むかしのあこき、いまは内侍のすけになるべし。典薬助は二百まで生けるとかや。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（新日本古典文学大系18『落窪物語　住吉物語』岩波書店、1989年、pp. 290-292、一部表記を改める。）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;拙訳。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;（男君は）三の君を御匣殿の女房としてさしあげた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;筑紫の師《そち》がその任を終えて四の君も無事京に戻り、北の方は胸をなで下ろす。無理もないことである。こうして一族が栄えていくありさまをとくと見よとの神仏のはからいであろうか、七十をこえてなお達者であった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ずいぶんとお年を召されましたね。功徳をお考えにならなければ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;女君はそうおっしゃって北の方を立派に出家させて差し上げた。北の方はそれにいたく感激して&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「世の中の人、まま子憎むな。まま子はありがたいものであるぞ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とむせび喜んだ。かと思えば、腹の立つことがあると&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「魚が食べたいのに、私を尼にしてくれて。腹を痛めて産んでない子はなんと意地の悪いこと」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;などとおっしゃるのであった。亡くなられた後も、男君が立派な葬儀をお出しになった。衛門は宮の内侍になるが、その後のことはまた追々語ることとしよう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;少将の君たち（男君の子供たち）はお二人そろって位を極めていった。祖父の大臣《おとど》は亡くなられたが、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「わたしに孝行したいなら、くれぐれも次郎君をおろそかにはしてくれるなよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;と常日ごろ繰り返しおっしゃっていたので、弟君には男君も格別の気を遣われ、兄弟は左大将、右大将とたてつづけに昇進したのであった。女君のお幸せといったら言わずもがなである。筑紫の師は男君のおかげで大納言へとなられた。面白の駒は病をこじらせて法師になったきり、あとの行方はようとして知れない。典薬助といえば、蹴られどころを悪くして、それがもとで死んだという。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「こうして立派になった女君の姿を見ずに死んだとは。あんなにひどくいじめることもなかった、もう少し生かしておくべきであったな」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;と、男君は残念がった。和泉守は女君の家司となり、熱心にお勤めして差し上げたという。そのおかげで、むかしのあこきは、いまや典侍《ないしのすけ》となる。ところでかの典薬助だが、あるいは二百まで生きたともいうそうである。&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;二月には読み終えていたのだが、ここで紹介していくのに手放せなくて、地元の図書館でずいぶん長く借り占めてしまった。そういうわけで早く返さなきゃいけないと思い、上に引用した新体系本は、もう手元にはない。脚注をメモしておくのを忘れたせいで、和泉守云々の部分の訳が心許ないのだけど、ご容赦を。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とはいえ、それはそれとしても、このエンディングにはいろいろと気になる点がある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;一番の問題点はもちろん、典薬助についての後日譚がたがいに矛盾する内容で二回語られていることだ。これは古来議論の的になってきたらしく、写本のなかには末尾の「てんやくのすけ」を「たちはき」や「ないしのすけ」と書き改めているものもあるという。たしかにそう書き換えれば内容が矛盾するという問題は回避できる。新体系の解説によれば、定説になっていたのは「たちはき」とする解釈だそうだ。登場人物の後日譚が語られるこのエンディングで、準主役級の扱いだった帯刀について言及がないのもおかしいということだろう。その一方で、「たちはき」を「てんやくのすけ」と誤写するというのは考えにくい。その点では「ないしのすけ」、つまりあこきのこととする解釈のほうに分がある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;新体系はこれら旧来の説に挑戦するというような書きぶりで、ここに別の解釈をあてている。つまりここは字のまま典薬助のこととするのである。典薬助は死んだという噂がある一方で、実は生きていてしぶとく二百歳まで生きたとかいう噂もあったとさ、と意図的にぼかした後日譚としているというわけだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;新体系出版からだいぶ時を経ている現在では、主流の解釈はどうなっているのかな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ともかく、この説も説得力がある。原文をいくら読んでも決定的な証拠が見えないのがもどかしい。最後の文に、たったひとつ、たとえば「さらで」とか「げには」とかの副詞のひとつも入っていれば、こんな解釈の混乱を招かなかったろうにと思ってしまう。早々に解釈が混乱したということは、それはそれで元があんまりいい文じゃなかったということだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;作者の身になって考えてみても、帯刀やあこきが二百歳生きたというよりは、怪人物めいた好色漢の典薬助が二百歳まで生きたという話を書いたと見るほうが自然かと思うけど……。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;訳ではサボって曖昧に処理してしまったけど、原文に使われたり使われなかったりしている助動詞ケリの使われ方は、よく考えないといけない。どうしてここで使っていて、次の文で使っていなくて、その次でまた使っているのか。とくに末尾から二番目の「女御の君の御家司云々」のところとか。神は細部に宿るのだ。でもそれを考えてるとブログが書けなくなると思って今日は素通りした次第。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;古典文学の作品の結び方には、いろいろと謎の含みがあって、その意図をこれと決定しがたいものが多い。枕草子にせよ、土佐日記にせよ、それぞれの作者にそれぞれの美学があって、結びとなればそれをもっとも凝縮した形でスタイリッシュに表して終えようという意志が働いているのだとは思うんだけど、それがかえって徒となり「外国人」である現代人にはどうもぴんとこないのだ。残念なことであるよ。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-7920424140235878811?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/7920424140235878811/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/04/blog-post_06.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/7920424140235878811'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/7920424140235878811'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/04/blog-post_06.html' title='落窪物語エンディング'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-9166694959709508944</id><published>2009-04-02T21:02:00.001+09:00</published><updated>2009-04-02T21:03:53.612+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><title type='text'>書店について</title><content type='html'>&lt;p&gt;ここ数年あんまり本屋に行かなくなってたんだけど、新宿に新しくできたブックファーストがなかなかおもしろいので最近ちょくちょく覗いている。前回の能因本枕草子なんかはその収穫。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;昔は本屋は好きだったのに、今はなんか「売らんかな」という煽り文句ばかりが目について、どうもげんなりしてしまう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;源氏物語千年紀はあくまで去年の話だとばかり思ってたら、書店ではいまでも相変わらず盛り上がってるね。あちこちにそういうコーナーができていて、さまざまな新刊書が平積みで並べられている。こんなにたくさん新刊が出ていたら、源氏物語を読む暇がなくなっちゃうじゃないか。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;昔の偉大なる天才的著作家を論じた書物が、次々とあらわれている。主題として選ばれる著作家は時によってさまざまである。ところで一般読者は、このような雑書を読むが、肝心の著作家その人が書いたものは読まない。それというのも新刊書だけを読もうとするからである。「類は友を呼ぶ」という諺のように、現代の浅薄人種がたたく悲壮陳腐な無駄口が、偉大なる天才の生んだ思想よりも読者に近いからである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ショウペンハウエル著、斎藤忍随訳『読書について　他二編』岩波文庫、pp. 134-135&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-9166694959709508944?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/9166694959709508944/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/04/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/9166694959709508944'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/9166694959709508944'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/04/blog-post.html' title='書店について'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-3276494023715147487</id><published>2009-03-30T21:22:00.003+09:00</published><updated>2009-07-16T15:04:31.838+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='枕草子'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='本の紹介'/><title type='text'>枕草子［能因本］</title><content type='html'>&lt;p&gt;&lt;a href="http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/02/blog-post_12.html"&gt;例の大工の食事の話&lt;/a&gt;は、枕草子の能因本に含まれているもので、三巻本には存在しない段だということを以前コメントで教えていただいた。運良く、能因本を底本とする小学館の「日本古典文学全集」版『枕草子』は地元の図書館に架蔵されてました。（小学館はその後刊行された「新日本古典文学全集」では三巻本底本に切り替えられている。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、最近、笠間書院から能因本を底本とした新しい枕草子が出てるのを見つけた。笠間文庫「原文＆現代語訳シリーズ」松尾聰、永井和子著『枕草子［能因本］』（2008年）である。校訂者は日本古典文学全集と同じ方々で、日本古典文学全集版の「後継版」といえる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「『三巻本』が一般化され『能因本』のテキストの入手がやや困難となっている現状を鑑み、ここに同じく能因本を底本とする『完訳　日本の古典「枕草子」一・二』を一冊とし、本書を刊行した次第である」と、日本古典文学全集での能因本収録にあたっての解説とほぼ同じ主旨のことが書かれているのがおもしろい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;日本古典文学全集にあった解説、年表、関係系図も収録されている。日本古典文学全集には絵がやたらモダンな『枕草子絵巻』も所収されていたが、これはない。「能因本には見えない、三巻本系統の章段」も入っている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href="http://etext.lib.virginia.edu/japanese/sei/makura/SeiMaku.html"&gt;バージニア大の電子テキスト版『枕草紙』&lt;/a&gt;には、クレジットに Publisher として "Tokyo: Yuhodo, 1929" と書かれている。&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9E%95%E8%8D%89%E5%AD%90"&gt;ウィキペディアの記述&lt;/a&gt;を信用するなら、これは「昭和四年（1929年）有朋堂刊の能因本系本文を底本とする」ものらしい。「工匠の物くふこそ」云々も入っているね。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-3276494023715147487?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/3276494023715147487/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/03/blog-post_30.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/3276494023715147487'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/3276494023715147487'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/03/blog-post_30.html' title='枕草子［能因本］'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-848085845580290332</id><published>2009-03-26T21:03:00.001+09:00</published><updated>2009-03-26T21:03:00.282+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='落窪物語'/><title type='text'>四の君の再婚</title><content type='html'>&lt;p&gt;ストックが切れてしまって、一週間空いてしまった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;男君は中納言家の三の君と四の君にあてがう新しい婿を見つくろう。ちょうど筑紫（つくし）の師（そち）として太宰府に下る男性が妻に先立たれたというのを聞き、これに四の君を、ということになる。このあたりは四の君本人を蚊帳の外にして決められていく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あれよという間に四の君との結婚が実現するが、筑紫の師はそのうち太宰府に行かなければならない。これに四の君は同行することになる。ところで四の君には十一になる娘がいる。面白の駒との子とはいえ、四の君は娘をかわいく思っている。師には先妻との間に子が幾人もいるが、そのなかに四の君が実子を連れて妻としてやってくるのはよろしくなかろうということで（四の君は継母になるわけである）、四の君は娘と別れなければならないのかと悩む。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そこで女君が出した入れ知恵が、娘を旅の心細さを慰めるために母北の方が四の君に付けたお供として同伴させるという案だった。あったまいい！　とみんな感心するのだが……、そうか？　自分の娘をそれと周りに告げることもできないまま連れて行くことになる四の君は、気の毒というほかないように思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;長々とあらすじを書いてきたけど、僕が気になったのは、それでこの三の君と四の君の離別再婚は、どういう意図で書かれてるんだろうかということだ。お話が「男君の一族が繁栄してめでたしめでたし」で終わらないことで、物語に厚みを与えるという効果は結果として出ているけど、じゃあこの後半部分はなにを描こうとして続いているのかと考えてみても、どうもぴんとこない。このあと、面白の駒と四の君は離別をほのめかす歌のやりとりをするんだけど、そこはなんだか義務的にとってつけたような感じである。源氏物語のような、男女の仲の「あはれ」を描こうとしているのかな、と一瞬思わせもするんだけど、そういうことの核心にせまるような描写には入っていかない。それで北の方がどんな憎まれ口をたたいたとかはすごくうまく書いている。なんか徹底してないんだよなあ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;第四巻にもなると、語り口は直線的牧歌的だった物語前半と比べるとずいぶん変貌していて、小説的な、各登場人物の性格がからみあって筋が進んでゆく、俗にいう「キャラが立っている」状態になってきている。それだけにこの不徹底さが気になる。「新体系」の解説にはいみじくも、「安易に男性作家であるように考えられているとしたら、確実なその証拠はどこにもないことに十分に醒めておきたいように思う (p. 409)」などと書かれているが、肝心な三の君・四の君の心理描写のところだけがすっぽり抜けているようなこの書きぶりは、やっぱり男の文章なんじゃないのかな。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-848085845580290332?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/848085845580290332/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/03/blog-post_26.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/848085845580290332'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/848085845580290332'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/03/blog-post_26.html' title='四の君の再婚'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-923071541415967234</id><published>2009-03-16T21:00:00.000+09:00</published><updated>2009-03-16T21:00:00.782+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'>メカ紫</title><content type='html'>&lt;p&gt;&lt;a href="http://www.emptypage.jp/mechmurasaki/"&gt;メカ紫&lt;/a&gt;。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-923071541415967234?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/923071541415967234/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/03/blog-post_16.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/923071541415967234'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/923071541415967234'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/03/blog-post_16.html' title='メカ紫'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-1650224905559506977</id><published>2009-03-12T21:50:00.001+09:00</published><updated>2009-03-12T21:50:00.681+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='落窪物語'/><title type='text'>三の君の離縁</title><content type='html'>&lt;p&gt;まず三の君について。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;三の君にはもともと蔵人少将という夫がいた。蔵人少将は豪胆な性格の男で、中納言家でも彼を誇りにしていたようなのだが、やがて三の君と疎遠になっていく。といっても、そこはそんなにしんみりした話じゃなくて、ひとつには四の君が面白の駒を夫に迎えたのを知って嫌になったこと（普段馬鹿にしていた男と親戚になってしまった）、それから左大臣家の娘（男君の妹）とのいい話が出てきて、家運の傾いた中納言家よりはとそっちに鞍替えしてしまったことが原因である。だから三の君は男君の差し金で蔵人少将を奪われたようなものである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そういうわけで蔵人少将が三の君から離れていくことは中納言家の権勢が衰えていくその一環として語られているわけだが、法華八講が終わった場面で、このふたりの離縁が決定的になるというくだりが語られる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;蔵人少将はこの場面では中納言になっている（こういうときほんとややこしい）。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;三の君、中納言を、けふやけふやと思ひいで給ふに、さもあらでやみぬ。いみじう心うしと思ひいづるたましひや行きてそそのかしけん、こと果てて出で給ふに、しばし立ち止まりて、左衛門佐《さゑもんのすけ》のあるを呼び給ひて、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「などか疎くは見る。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とのたまへば、佐、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「などてかむつましからん。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;といらふれば、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「むかしは忘れたるか。いかにぞ。おはすや。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とのたまへば、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「たれ。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;と聞こゆれば、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「たれをかわれは聞こえん。三の君と聞こえしよ。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とのたまへば、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「知らず。侍りやすらん。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;といらふれば、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「かく聞こえよ。&lt;br /&gt;
　　いにしへにたがはぬ君が宿見れば恋しき事も変らざりけり&lt;br /&gt;
とぞ。世の中は。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;と言ひていで給へば、佐、返りことをだに聞かんとおぼせかしと、なごりなくもある御心かな、と見る。入りて、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「かうかうの給ひていで給ひぬ。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;と語れば、三の君、しばし立ち止まり給へかし、中々何しにおとづれ給ひつらんと、いと心うしと思ひて、返事言ふべきにしあらねばさてやみぬ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（新日本古典文学大系18『落窪物語　住吉物語』岩波書店、1989年、pp. 227-229、一部表記を改める。）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;拙訳。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;三の君は中納言のことを「あるいは今日はいらっしゃるかも」とたびたび思い出すのだったが、それが現実になることはなかった。つらく思う魂がさまよい出でて中納言をそそのかしでもしたのだろうか、八講が終わり退出するところに左衛門佐がいるのを見つけた中納言は、声をかけてみる気を起こした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「おい、そんな赤の他人のような目で見なくてもいいだろう」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そう言うと左衛門佐は、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ほかにどんな目で見ろというんです」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とつっぱねる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「昔を忘れたのか。どうだ、達者でいらっしゃるか？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「誰がです」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「誰って決まっているだろう、三の君と申したお方よ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「どうでしょうね、あるいはそうかもしれませんね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「こう申し上げよ。&lt;br /&gt;
　　いにしへにたがはぬ君が宿見れば恋しき事も変らざりけり」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そう言って、中納言は「世の中は」とうそぶきながら去っていった。左衛門佐は中納言の未練のなさに、返事を聞く気くらい見せたらどうかと思うのだった。帰ってそのことを伝えると、三の君は、いらしてくれたらよかったのに、そうしないのなら、どうしてなまじ声などおかけになったのかと、ふさがる思いがして返事をすることもできなかった。&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;左衛門佐というのは女君の父中納言家の三男つまり三の君の弟である（物語の始めの頃はまだ子供だった）。だから姉を見捨てたこの中納言（蔵人少将）を快く思っていない。それでこういう緊張したやりとりになっている。三の君との歌のやりとりとかにしないところが小説的でうまいと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;中納言の去り際のせりふ、「世の中は」というのは注によれば古今集・雑下「世の中はいづれかさしてわがならむ行きとまるをぞ宿と定むる」（詠み人知らず）による。三の君の宿も恋しいことは恋しいが、俺は俺が行くところを宿にしていくんだからね、というわけで、なんの未練もないことがわかる。新大系ではこの場面に「以上の場面は中納言と三の君との関係が離婚状態から離婚の確認へ進み、完全に切れたことを示す」とわざわざ注を付けている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いい場面なんだけど、全般的にあっけらかんとした落窪物語全体からすると、なんだかここだけしんみりしていてちょっと異質である。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-1650224905559506977?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/1650224905559506977/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/03/blog-post_12.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/1650224905559506977'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/1650224905559506977'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/03/blog-post_12.html' title='三の君の離縁'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-2394422342144971540</id><published>2009-03-09T21:45:00.000+09:00</published><updated>2009-03-09T21:45:00.552+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雑談'/><title type='text'>持ち運びやすさ</title><content type='html'>&lt;p&gt;源氏物語を読むために新大系のを買ったんだけど、わかってはいたもののこれけっこうかさばる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今まで古文を読むのにはほとんど岩波文庫を使ってて（訳文がなくて薄いところがいい）、それと小学館の『ポケットプログレッシブ全訳古語例解辞典』を持ち歩いて、出先でちょくちょく開いては覚え書きをその都度文庫本に書き込むというやり方でやってきた。このやり方に馴染んでしまったので、大きい版の本だとちょっと勝手が違って困ってしまう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;落窪物語は新大系で読んだけど、これは家だけで読み進めた珍しい部類に入る（その間も「お出かけ用」に『土佐日記』の文庫本を読んだりしてた）。図書館で借りた本だというのもあるけど。源氏はどうしよう。家だけだとなかなか進まないからなあ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;やっぱり岩波文庫にするかとも思ったんだけど、岩波文庫のは底本が（今となっては）あんまりよくなさそうだったし、なにより注がない。さすがにそれは無理なので却下。角川文庫のが青表紙本系で、文庫ならこれかなと思い、一冊買ってしばらく持ち歩いてみた。そんなわけで「桐壺」は角川文庫と新大系とをちゃんぽんで読み進んでいた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;結果、そんなに悪くないんだけど、角川文庫のは字が小さくて詰め込み気味なので、書き込みの余白があんまりないのがやりにくい。それと句読点の打ち方が、新大系の方が適切に打ってあるような「気がする」。スペースの都合や発行年から、注も新大系のほうが詳しい。かたや角川文庫のメリットは、持ち運ぶのに便利だというくらいだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;新大系を物語の巻ごとにコピーして持ち歩くのも考えた（し、実際にふたつほどやってみた）が、全巻やったらいくらかかるんだと思うとちょっとおそろしい。あ、前にページ数数えたことあったんだった。あとでここにも載せよう。合計 2,134 ページある。見開きでコピーして、一枚 10 円なら 10,670 円か……意外とたいしたことないな。手間さえ惜しまなければこれでもいいかな。もう新大系そのまま持ち歩いてもいいかとも思い始めてるけど。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-2394422342144971540?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/2394422342144971540/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/03/blog-post_09.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/2394422342144971540'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/2394422342144971540'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/03/blog-post_09.html' title='持ち運びやすさ'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-8152290141038714983</id><published>2009-03-05T21:46:00.001+09:00</published><updated>2009-03-05T21:46:00.723+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='落窪物語'/><title type='text'>三条殿での父娘対面</title><content type='html'>&lt;p&gt;中納言家は、もとは女君の母親の家の所有であった三条殿を改築してそこへ引越すことにする。女君がいなくなってしまった今その領有権は父中納言にあると考えての行動だったが、じつは女君はその土地の領有権を示す「券」をちゃんと大事に持っていた。男君はこれを利用して中納言家の引越の直前に三条殿を乗っ取ってしまうという仕返しを思いつく。これが中納言家への復讐のクライマックスである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;中納言家から侍女たちを引き抜いたり、新しい三条殿で中納言家方が引越の準備をしているところに男君の家司（けいし。「権門家の家務を取り仕切る職員」p.188）たちが現れて「ここは雑色の控えの間とする」とか勝手に決め出し、中納言家方の男たちがあっけにとられたりする場面などが見どころなんだけど、もういちいち引用はしないよ。なりゆきでそうしちゃったけど、ここは古典のあらすじをダイジェストで紹介みたいな便利ブログじゃないんだ。引用するのは僕がおもしろいと思ったとこだけ！　あとは自分で読め！&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いろいろあった末、その三条殿に中納言らを呼び寄せ、男君は事情をすべて明らかにする。自分の妻はかつての「おちくぼの君」であること、北の方をこらしめるために今までそれを伏せていたことなどを語る。父中納言は女君とその子供たちに対面もする (p. 210)。その後、北の方も女君と対面することになるが、力関係が逆転してしまったその再会の場面は滑稽である (p. 222)。男君のほうはいまや大納言なのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて父娘が再会してめでたしめでたしで終わるかというと、そうではない。あれだけ中納言家にひどい目を見せてきて、「じつはあなたの娘だったんです」と明かしただけで終わっちゃったらただのドッキリだ。男君がかねて言っていた通り、仕返しのあとはそれを上回る孝行で父中納言に報いるのである。年老いた中納言への最大の孝行として男君・女君のふたりが考えたのは、法華八講であった (p. 220)。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もちろん、法華八講を開催できるということ自体が、現在の男君の権勢の大きさを示してもいる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これでようやくめでたしというところなのだが、じつはまだいくつかのエピソードが残されている。それは中納言家三の君・四の君の後日譚である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ああもう、そういうんじゃないと言っておきながら今日は結局あらすじで終わってしまった。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-8152290141038714983?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/8152290141038714983/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/03/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/8152290141038714983'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/8152290141038714983'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/03/blog-post.html' title='三条殿での父娘対面'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-7069527863893906499</id><published>2009-03-02T21:34:00.001+09:00</published><updated>2009-03-02T21:34:01.221+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='狭衣物語'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='抜書'/><title type='text'></title><content type='html'>&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;このように出来上った物語世界の固定したイメージを与えることにより情景描写をしていて、現実と自分の世界とを対話させ、そこから表現を作ることをしていない。つまり自然に対する描写というよりは、物語の情景描写は、「かくあるべきだ」という物語自身の表現様式の上に立って情景を描写しているわけである。要するに物語が物語自身を対象とするようになったわけで、この物語至上主義とでもいうべき考え方によって、狭衣物語の作者は、「あはれ」の世界の中で、その最高の美を「心探し」という言葉によって物語の中で追求して行ったのである。こうして「女房による女房の文学」は自己確認の表現として、自分の中からその心の深さを見出したわけである。しかし、そうした物語至上主義は自然と自己との対話によって生まれた源氏物語とは異り、その基盤は弱く、多くは類型化し、崩壊して行く。つまり狭衣物語は源氏物語の生んだ世界を確認すると同時に、物語と作者の主体とを自己目的化することによって、物語の滅亡の端緒を開いているのである。物語の崩壊については、主としてその類型化という地点において、『物語文学史論』に述べておいたので、出来たら参照して欲しい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（三谷栄一『物語文学の世界　増補版』有精堂出版、1978年）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-7069527863893906499?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/7069527863893906499/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/03/1978.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/7069527863893906499'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/7069527863893906499'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/03/1978.html' title=''/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-4796174573164556733</id><published>2009-02-26T21:41:00.000+09:00</published><updated>2009-02-26T21:41:01.261+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='落窪物語'/><title type='text'>典薬助を蹴る</title><content type='html'>&lt;p&gt;賀茂の祭り見物での車争い。中納言家北の方一行の車が場所取りの杭を打っていたところ、その向かいに男君一行の車が陣取る。男君は「向かいの車は邪魔なのでちょっとどけさせろ」と命じる。理不尽な要求に憤って出てきたのは、あの典薬助であった。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;「けふのことはもはらなさけなくはせらるまじ。打ちくひ打ちたる方に立てたらばこそさもしたまはめ、向かひに立てたる車をかくするはなぞ。のちの事思ひてせよ。またせん。」&lt;br /&gt;
としれものは言へば、衛門の尉《じょう》（＝帯刀）、典薬と見て、としごろくやつにあはんと思ふにうれし、と思ふに、君（＝男君）も典薬と見給ひて、&lt;br /&gt;
「これなり、それはいかに言はするぞ。」&lt;br /&gt;
とのたまへば、心得て、はやる雑色《ざふしき》どもに目をくはすれば、走り寄るに、&lt;br /&gt;
「『のちのことを思ひてせよ』と翁《おきな》の言ふに、殿をばいかにしたてまつらんぞ。」&lt;br /&gt;
とて、長扇《ながあふぎ》をさし遣りて、かうぶりをはくと打ち落としつ。もとゞりは塵《ちり》ばかりにて、ひたひははげ入りてつやつやと見ゆれば、物見る人にゆすりてはらはる。翁袖をかづきてまどひ入るに、さと寄りて一足《ひとあし》づつ蹴る。&lt;br /&gt;
「のちの事いかでぞある、いかでぞある。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（新日本古典文学大系18『落窪物語　住吉物語』岩波書店、1989年、p. 178、一部表記を改める。）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;「しれものは～」という表現は、枕草子にもあった。「うへにさぶらふ御猫は」の段。「『翁丸、いづら。命婦のおとどくへ』といふに、まことかとて、しれものははしりかかりたれば」云々（池田亀鑑校訂『枕草子』岩波文庫、p. 30）。「愚かにも」といったような意味合いの慣用表現だったのだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「それはいかに言はするぞ」は、「お前（＝これなり）はどうしてそんなことを言わせておくのだ（＝どうにかしろ）」ということ？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて後日、あんまりなこの騒ぎには男君の父である右大臣も眉をひそめ、女君（＝おちくぼの君）も快く思わない。ただ衛門（＝あこき）だけがかつての怨恨を晴らしたとばかりに嬉々としている。ここは女君と衛門との温度差がちょっと問題になっている雰囲気なんだけど（p. 182、女君が衛門に「そんなふうならあなたはもうわたしじゃなくて男君の侍女になっておしまいなさい」と言い、衛門も売り言葉に買い言葉めいたことを言う）、それがその後べつにどうという話に展開していくわけでもない。このやりとりは、二人の性格を対照的に示すことを意図した、幼なじみの主従の間柄だからできるきわどい冗談ということなのか。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-4796174573164556733?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/4796174573164556733/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/02/blog-post_26.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4796174573164556733'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/4796174573164556733'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/02/blog-post_26.html' title='典薬助を蹴る'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-8250933073295353857</id><published>2009-02-23T21:14:00.002+09:00</published><updated>2009-02-23T21:14:02.996+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='本居宣長'/><title type='text'>端原氏系図及城下絵図</title><content type='html'>&lt;p&gt;本居宣長には、「端原氏系図及城下絵図（はしはらしけいずおよびじょうかえず）」という著作がある。19歳の彼の手による、架空の系図および絵図で、端原家なる一族についての分家や幼名、所領、叙任、さらに年号などまでを創作している（本居宣長記念館編『本居宣長事典』東京堂出版、2001年、p. 64）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「全集」別巻三の解説は宣長の物語構想説に否定的であるという。しかし若き日に源氏のような物語を書こうとこころざしていたとすると、いろいろ想像を巡らせたくなる話じゃないか。同じ頃の著作として「源氏物語覚書」がある。僕は物語をやろうとしてたと思うね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;宣長には「乙女ノリ」とでも呼べるようなものがあると最近思うのだ。変な言い方だけど、彼は紫式部・清少納言になりたかったのではないのかな。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-8250933073295353857?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/8250933073295353857/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/02/blog-post_23.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/8250933073295353857'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/8250933073295353857'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/02/blog-post_23.html' title='端原氏系図及城下絵図'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-9217853767487418385</id><published>2009-02-19T21:29:00.000+09:00</published><updated>2009-02-19T21:29:01.170+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='落窪物語'/><title type='text'>サンデー的ラブコメ</title><content type='html'>&lt;p&gt;女君と一緒になって毎日が楽しい男君。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;「いといみじき事かな。げにいかにいみじうおぼえ給ふらん。」&lt;br /&gt;
など語らひ給ふほどに、中将の君、うちよりいといたう酔ひまかでたまへり。&lt;br /&gt;
いと赤らかにきよげにておはして、&lt;br /&gt;
「御遊びに召されてこれかれにしいられつる、いとこそ苦しかりつれ。笛仕うまつりて、御ぞかづけ事侍り。」&lt;br /&gt;
とて持ておはしたり。ゆるし色のいみじくかうばしきを、&lt;br /&gt;
「君にかづけたてまつらん。」&lt;br /&gt;
とて、女君にうちかづけ給へば、&lt;br /&gt;
「何の禄ならん。」&lt;br /&gt;
とてわらひ給ふ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（新日本古典文学大系18『落窪物語　住吉物語』岩波書店、1989年、pp. 158-159）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;さて帯刀の母は男君の乳母である。乳母としては男君にはおちくぼの君などという素性の知れない女よりはもっと由緒正しい妻を持ってほしいと考え、時の右大臣の娘との縁談を勝手に進めてしまう。衛門（＝あこき）は人の噂から初めてその話を知る。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;「君は右大臣殿の婿になり給ふべかなり。この殿に知り給へりや。」&lt;br /&gt;
といへば、衛門、あさましと思ひて、&lt;br /&gt;
「まださるけしきも聞こえず。たしかなる事か。」&lt;br /&gt;
と言へば、&lt;br /&gt;
「まことに、四月にとていそぎ給ふ物を。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（同書、p. 160）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;衛門から男君の縁談を聞いた女君（＝おちくぼの君）の心はふさがる。しかし当人から直接聞いた話でもないので、面と向かってこちらから切り出すこともできない。ラブコメ的誤解の王道。男君は女君の様子が変わってしまったことに戸惑う。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;中将、殿にまゐりて、いとおもしろき梅のありけるををりて、
「これ見たまへ。世のつねになん似ぬ。御けしきもこれになぐさみ給へ。」
と言ふ。女君、たゞかく聞こえ給ふ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　うきふしにあひ見ることはなけれども人の心の花は猶うし&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（同書、p. 163）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;しかしやがて乳母の仕業が明らかになり、男君は女君の誤解を知る。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;中将の君は、女君の例のやうならず思ひたるはこの事聞きたるなめり、とおぼしぬ。二条におはして、&lt;br /&gt;
「御心のゆかぬ罪を聞き明きらめつるこそうれしけれ。」&lt;br /&gt;
女、&lt;br /&gt;
「何ごとぞ。」&lt;br /&gt;
「右の大殿（おほいどの）の事なりけりな。」&lt;br /&gt;
とのたまへば、女、&lt;br /&gt;
「そらごと。」&lt;br /&gt;
とてほゝ笑みてゐ給へれば、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（同書、p. 168）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;よかったですね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ここはとくに言うことはなし。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-9217853767487418385?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/9217853767487418385/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/02/blog-post_19.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/9217853767487418385'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/9217853767487418385'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/02/blog-post_19.html' title='サンデー的ラブコメ'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-1927970400943544518</id><published>2009-02-16T21:06:00.001+09:00</published><updated>2009-02-16T21:06:00.507+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='抜書'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='源氏物語'/><title type='text'></title><content type='html'>&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;&lt;span style="font-weight: bold;"&gt;大野&lt;/span&gt;　薫と匂という名前は、「薫中将」「匂兵部卿」としては、はじめて「匂宮」の巻に見え、「竹河」にも「薫中将」がありますが、「匂う」も「かおる」も夜の世界、闇の中で感じられるもの、ということが作者のイメージの中にあったんではないか。
　もう一つは、この話が「宇治（ウヂ）」で展開しているということです。これは、いろんな人が「憂し（ウシ）」の「憂」と関係があると言っています。「ウヂ」と「ウシ」だけを比較することもできますが、「ウヂ」の「ヂ」は「路（ミチ）」という意味があります。だからこれは「憂路（つまり憂き路）」と考えることができる。作者はそれを連想しながらこの話のバックとしたんじゃないか。宇治は「憂路」なんだというわけですね。
　そういうことで、ここからの物語の世界は、光が死んでしまったあとの、光のない暗い世界です。女にとって男との間に幸せはないのだということ。それが正面の主題に据えられてくる。作者はまったく新しくここで想を練って展開を考えたと思うんです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style="font-weight: bold;"&gt;丸谷&lt;/span&gt;　人名、地名などが小説においてどういう機能をなすかという問題がありましてね。ロシア文学の江川卓さんがドストエフスキー論のなかで『カラマーゾフの兄弟』の「カラマーゾフ」という苗字はどういう意味をもつか、いろいろ探っています。私は、これは非常に面白いと思うんです。作中人物の顔立ちはいくら詳しく描写されてもよくわからない場合がある。ところが、姓名というのは実にはっきりと迫るんですよ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style="font-weight: bold;"&gt;大野&lt;/span&gt;　意味をもっていますからね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style="font-weight: bold;"&gt;丸谷&lt;/span&gt;　そうです。まずその連想によって、われわれは作中人物と付き合うということがありますね。
　ところが、現実のわれわれの日常生活において、姓名によってその人間を意識するということはめったにない。小説ないし文学作品と日常生活とは非常に違うんです。ですからわれわれの日常体験をそのまま文学作品の中に当てはめるわけにはいかないんです。大岡昇平さんの『武蔵野夫人』で二人の恋人が歩いている。すると、そこの地名が「恋が窪」だと気づいて愕然とし、それが恋愛心理に作用するという場面がある。それを読者は納得するんです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（大野晋、丸谷才一『光る源氏の物語』下巻、中央公論社、p. 231）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-1927970400943544518?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/1927970400943544518/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/02/p.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/1927970400943544518'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/1927970400943544518'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/02/p.html' title=''/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-6742386768263983223</id><published>2009-02-12T21:01:00.000+09:00</published><updated>2009-02-12T21:01:00.458+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='疑問'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='枕草子'/><title type='text'>枕草子、大工の食事</title><content type='html'>&lt;p&gt;この話は別の所でしたことがあるんだけど、ここに書くのは初めてなので最初から書こう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『日本料理の歴史』という本に、枕草子にある話としてこんなことが書いてある。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;清少納言の『枕草子』に大工たちの食事を描写したところがある。彼らは食べ物が運ばれてくるのを今や遅しと待ちうけていて、汁物がくると、みな飲んでしまい、空になった土器を置いてしまう。次におかずがくると、これもみな食べてしまってもうご飯はいらないのかと思っていると、ご飯もあとからくるとまたすぐなくなってしまった、といって「いとあやしけれ」というわけである。汁と飯、お菜と飯とを交互に食べていくのが今も続く和食の食べ方だが、お腹のすいた大工には、そんな作法は関係なかったようである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『枕草子』の記事では、大工の食事がどの時間のものであったかわからない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;熊倉功夫『日本料理の歴史』吉川弘文館、2007年、pp. 40-41&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;ふーん、おもしろい、と思うでしょ。自分もそう思った。だけどこの本を読んでいたときは、まだ枕草子は途中だったから、あとでこういう話が出てくるんだな、と思うくらいで読み流した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところが読み終わってみると、こんな話、枕草子のどこにもなかったのだ。これはいったいどうしたことか。活字になっている本に出てるならその出典か、あるいはせめて原文の引用でもあればよかったんだけど、それもない。しかたなくこれは僕の中でずっと謎のままになっていて、あるいは『徒然草』か何か、別の文献からの引き間違いかとも思うようになっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これが去年までの話。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし最近になって、『玉勝間』にこんなことが書かれているのを見つけた。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;又、いはゆる菜をば、昔はあはせといへり、清少納言枕册子などに見ゆ、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;本居宣長『玉勝間』岩波文庫、p. 221&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;この「あはせ」というのは、古語辞典には「飯にそえるもの。おかず。副食物」として載っている（旺文社『全訳古語辞典』第三版）。しかし岩波文庫版の枕草子におかずのこととして「あはせ」という語が出ていたという記憶がない。というか、おかずがどうこうとか、そういうことを書いた段があったという記憶がない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ひょっとするとこれが『日本料理の歴史』に出ていた大工の食事の段なんだろうか。底本によって段の異同があるから、そのひとつなのかもしれない。引き続き要調査。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-6742386768263983223?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/6742386768263983223/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/02/blog-post_12.html#comment-form' title='2 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6742386768263983223'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/6742386768263983223'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/02/blog-post_12.html' title='枕草子、大工の食事'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>2</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-3967292007867171024</id><published>2009-02-09T21:18:00.002+09:00</published><updated>2009-02-09T21:18:04.653+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='落窪物語'/><title type='text'>面白の駒 (2)</title><content type='html'>&lt;p&gt;話が前後してしまい申し訳ないんだけど、面白の駒の話のところがけっこう読み応えあっておもしろいのでもうちょっと紹介。面白の駒も気の毒なんだけど、後々の展開を見るに、はるかに可哀想なのはむしろそれを押し当てられた四の君だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;中納言家四の君のもとに三夜続けて男が通い（当時それが結婚の成立を意味した）、いよいよ親戚一同に新婿のお披露目というところ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;三夜目、中納言や、三の君の夫である蔵人の少将がお祝いのもてなしをしようと男を呼んでみると、その男は面白の駒（兵部の少）であった。ショックを受ける中納言。蔵人の少将などは普段から内裏で面白の駒をからかっていたような男だったから、遠慮もなくげらげらと笑い出す始末である。せっかく用意した宴の席もしらけてしまうが、空気の読めない面白の駒はさっさと四の君の寝所へと乗り込んでいく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;朝、邸の侍女たちも相手が面白の駒とわかると、だれがあんな男にとばかりにまるで世話をしない。それで兵部の少と四の君はいつまでたっても寝所で放置されている。そうして日は高くなり、四の君は寝所に伏したまま、そこで初めて自分が一緒になった異形の男をまざまざと目にするわけである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;恐れをなして寝所を這うように抜け出す四の君に母北の方が駆け寄る。北の方は（男君が兵部の少にした入れ知恵のせいで）娘が本人の意志で面白の駒と付き合ったと思いこんでいるから、どうしてなにも言わないで自分たちに派手なお披露目なんてさせたのかと四の君を責める。男の顔さえいま知ったばかりの四の君はわけもわからず泣くことしかできない。かわいそうだよなあ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とはいえここは、気弱な中納言、癇癪持ちの北の方、豪胆な蔵人の少将、泣き虫の四の君（そしておめでたい面白の駒）と、各人物の性格が際だっていてうまいところだと思う。長いので引用はしないけど、生き生きとした描写。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さてその後。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;夕さり来たるに、四の君泣きてさらにいで給はねば、おとど腹立ち給ひて、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「かくおぼえたまひけん物をば、何しかはしのびては呼び寄せ給ひし。人の知りぬるからにかく言ふは、親、はらからに二方に恥を見せたまはんとや」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;と添ひゐて責め給へば、いみじうわびしながら泣く泣く出で給ひぬ。少、泣き給ふをあやしと思ひけれど、物も言はで臥しぬ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;かくをんなもわびしと思ひわび、北の方も取り放ちてんとまどひ給へど、おとどのかくの給ふにつつみて、出で給ふ夜、出で給はぬ夜ありけるに、宿世《すくせ》心憂かりけることは、いつしかとつはり給へば、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いかでと産《む》ませんと思ふ少将の君の子は出で来で、このしれものの広ごること」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とのたまふを、四の君ことわりにて、いかで死なんと思ふ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（新日本古典文学大系18『落窪物語　住吉物語』岩波書店、1989年、p. 140、一部表記を改める。）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;拙訳。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;（兵部の少が）夕方またやって来たものの、四の君は泣いて姿をお見せにならない。父中納言殿がご立腹のあまり四の君の側まで来て&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「それほど嫌うような男をどうしてひそかに通わせなどしていたのだ。世間に知られた途端にそんなだだをこねるとは、親兄弟に恥をかかせるおつもりか」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;と強く説得なさってようやく、肩を落としたまま泣く泣くお相手に向かわれた。兵部の少は四の君が泣いているのを不思議に思いはしたものの、これといって声をかけることもなく黙って寝所に臥し入った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こうして四の君は思い沈み、北の方もなんとか別れさせようとあれこれ思い悩み、父中納言殿の言いつけに従ってお相手をする夜もあったが、あれこれ言い繕って姿を見せなかったりもした。しかしなんの宿世であろうか、四の君ははやくも身重の体となっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「どうにかと願った少将の君の子を賜るどころか、この痴れ者の子を持とうとは」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;と中納言殿が嘆くのを聞き、四の君は早く死んでしまいたいと思うのであった。&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;男君は「あとで俺がちゃんと面倒を見るから」とか言っているが、じつはそのフォローは超やっつけである。物語の最後になっても四の君は不憫な目にしか遭わない。脇役だけにそれが顧みられることもなく、ある意味この物語でいちばん可哀想な人かもしれない。それについては後述したい。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-3967292007867171024?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/3967292007867171024/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/02/2.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/3967292007867171024'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/3967292007867171024'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/02/2.html' title='面白の駒 (2)'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-3486250290941040328</id><published>2009-02-05T21:27:00.007+09:00</published><updated>2009-02-05T22:20:43.207+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='文法'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='本の紹介'/><title type='text'>『古代日本語文法』</title><content type='html'>&lt;p&gt;すでに引用したことがあるけど、『古代日本語文法』という本について紹介しておきたい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この本は古文の文法書で、冒頭の「はしがき」によれば「現代語の記述文法の枠組みで、古代語文法を記述している」のが特色だという。そもそも他の文法書をあまり読んでないので、それによって同書がどの程度際だっているのかは、僕は知らない。それはそれとして、古文の「語」ではなくて「用法」について広く解説してあるので、古語辞典の補助として使えます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;単語がわからないのは辞書引けばいいからあんまり大したことじゃなくて、用法がわからないほうがじつはいかんともしがたい。先日の「遅く～する」がいい例。それに古文の難解な個所というのはたいてい単語はそんなに難しくなくて、どうして、どういう意味で、そういう言葉遣いになっているのかというところが難しい。なかんずく助詞と助動詞。僕はそういうときはまず岩波古語辞典の「基本助動詞・助詞解説」をひたすら読み返す、それでもぴんとこなかったらこの本で該当する解説がないか探す、というのがパターンになっている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;僕がこの本でいいと思ったところは、古典の文法について、現在までにわかっていることだけでなく、わかっていないことまで書かれているという点。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;たとえば、古文の基本である係り結びについて。僕が高校で係り結びについて教わったのは、まず、コソが表れたら已然形で終わるとかの形式上のルール、それからそれらが意味としては「強調」だということくらいだった。まあこれはこれで「教えてる」ことにはなるのかもしれない。さて、同書の係り結びの節はこうだ。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;係り結びは、その頻度からみて、古代語の構文上、かなり本質的な役割を担っていたであろうと思われますが、その役割については今のところ不明です。また、(1a) ～ (1c) の間に、どのような表現価値の差があるのかについても、まだよくわかっていません。&lt;/p&gt;

&lt;table summary="用例"&gt;
&lt;tr valign="top"&gt;
&lt;td align="right"&gt;(1)a&lt;/td&gt;
&lt;td&gt;木の間より花とみるまで&lt;u&gt;雪&lt;b&gt;ぞ&lt;/b&gt;降りける&lt;/u&gt;（古今331）&lt;/td&gt;
&lt;/tr&gt;
&lt;tr valign="top"&gt;
&lt;td align="right"&gt;b&lt;/td&gt;
&lt;td&gt;「&lt;u&gt;雪&lt;b&gt;なむ&lt;/b&gt;いみじう降る&lt;/u&gt;」と言ふなり。（蜻蛉）&lt;/td&gt;
&lt;/tr&gt;
&lt;tr valign="top"&gt;
&lt;td align="right"&gt;c&lt;/td&gt;
&lt;td&gt;妻戸押し開けて、「&lt;u&gt;雪&lt;b&gt;こそ&lt;/b&gt;降りたりけれ&lt;/u&gt;」と言ふほどに（蜻蛉）&lt;/td&gt;
&lt;/tr&gt;
&lt;/table&gt;

&lt;p&gt;（小田勝『古代日本語文法』おうふう、2007年、p. 187）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;「今のところ不明です」「まだよくわかっていません」だよ。このあけすけな誠実さを見よ。でも、こういうふうにはっきり言ってもらったほうが、自分はそのことについてよく考えてみようという気になる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もともと古文を読み始めた頃から、僕は「コソ＋已然形も強調、ゾ＋連体形も強調、シも強調、シモも強調って、じゃあそれぞれの強調の表現は互いに交換可能なのか？」と言っていた（英語学習でやる強調構文の書き換え演習が念頭にあって）。この本を読んでそういう疑問の持ち方が支持された気持ちもした。やっぱり自分の頭で考えないと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「よくわからない」と感じた部分こそ大事だということと、それについて考えるための方法論について、世の中の教科書はもっと重視したほうがいいね。高校の頃に見た教科書は、いってみればなんでもわかっているふりをしていたわけで。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;話がそれた。あと、この本では今世紀に入ってからの新しい研究成果を取り入れているのも特徴。大野晋とか、おもしろいんだけど、やっぱり新しくても90年代なので、その後の進展も知りたい。現在の研究状況を概観するのにもいいかと。いや、僕は研究しないから他の方々にとってということでね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;文法事項ごとの解説の集積なので、頭から順番に読んでいく読みものにはならないけど、リファレンスとして脇に置いておくのにはいいです。今後も何度か引用すると思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、じつは以前この本からの引用を載せたとき、著者である小田氏からホームページ経由でコメントをいただいてしまった。ここがインターネットだということを忘れていたぜ。もとは大学用のテキストとして書かれた本だったそうです。また内容を増強した一般向けの「詳説版」も&lt;em&gt;来年&lt;/em&gt;秋（「今年」の間違いじゃなければ、ずいぶん先の話だ）に出されるとのこと（こんなところに書いても宣伝にはならないけれど）。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-3486250290941040328?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/3486250290941040328/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/02/blog-post.html#comment-form' title='4 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/3486250290941040328'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/3486250290941040328'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/02/blog-post.html' title='『古代日本語文法』'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>4</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-8229908728415132228</id><published>2009-02-02T21:27:00.001+09:00</published><updated>2009-02-02T21:27:15.473+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='文法'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='抜書'/><title type='text'></title><content type='html'>&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;第二には、つねに実証的に、実例に即して考察することを重んじる。実例に即すとは、つねに上代、平安から鎌倉に及ぶそれぞれの時代の具体的な例、場合によっては現代に及ぶ実例を検討し、それによって考察を進めることである。こうした実例を重んじる研究の方法は、言語の史的研究においては何も係助詞の研究に限ることではないが、ことに係り結びの研究ではそれが必要である。なぜなら、係り結びという事象は、奈良時代においては極めて顕著であるが、平安時代になると少しずつではあるが変化が進行し、室町時代になるとハなど一部を除いては古典語が持っていた体系としては全体として消滅した。したがってそのような時代的変化の顕著な現象を対象として行う研究は、最も古い時代の状態、次の時代の状態、さらに次の時代の状態という具合に、変化の跡を忠実に追っていかなくてはならない。係り結びということの本質的部分を明確にするためには、ことに最古の時代の状態を明確に把握することが是非必要である。それには、万葉集や続日本紀宣命などの用例を精しく見て、それに対して綿密な考察を加えなければならない。私は本書においてそれに最も力を注いだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;奈良時代の例を精査せずに平安時代の用例だけを材料としてコソやナムやヤの本質に関して推論し、判断を下すならば、コソの用法が奈良時代と平安時代との間で大きな差異を生じたことが分からないだろう。奈良時代の例を見ずに、平安時代の例を見ただけでは到底コソの本質的な用法を把握することはできない。またもっぱら源氏物語の用例を中心にして係助詞ナムやヤを研究して、続日本紀宣命や万葉集の用法との比較対象を加えないならば、係り結びの本質を把握することは困難だろう。なぜなら係助詞は、平安時代にすでに用法上も曖昧なものが増加していて、口語の世界では鎌倉時代以後になると性質が希薄になり、その用例も減る。その頃の例についてはさまざまな解釈が可能になることが少なくない。だから、平安時代以後の限られた実例だけに目を向けて係助詞全体の本質を論じるならば、誤った結論に至ることを、本書は示すだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;極端な例ではあるが、係助詞ハの役割を考えるにあたっても、古典の文例を分析せず現代語ばかりを対象として考察していたのでは、その本質を把握するのは難しい。なぜなら現代語ではハとガとが構文上対立的な役割を演じているが、古典語にはハと並ぶ助詞モと助詞ゼロの形式とがあった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　梅は　咲きにけり（千載四六八）&lt;br /&gt;
　　花も　咲きにけり（詞花四〇二）&lt;br /&gt;
　　花　　咲きにけり（古今二一八）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;このようなハとモと助詞ゼロとの三つがそれぞれ文構成上どんな役割を果たしているかを深く考えてはじめて、係助詞の中にハとモとがある意味が理解される。これら三つについて深い考慮を加えずに、日本語の文の構成法あるいは係り結びの本質をとらえようとしてもそれは難しいことである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（大野晋『係り結びの研究』岩波書店、1993年、pp. 14-17）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-8229908728415132228?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/8229908728415132228/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/02/1993pp.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/8229908728415132228'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/8229908728415132228'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/02/1993pp.html' title=''/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-7322636791210049442</id><published>2009-01-29T21:25:00.002+09:00</published><updated>2009-01-29T21:25:00.398+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='落窪物語'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='本の紹介'/><title type='text'>従者の投石</title><content type='html'>&lt;p&gt;男君の仕返しの続き。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;男君一行が清水（きよみづ）詣でに出かけたところ、偶然中納言家北の方一行の乗る車（牛車のことね）に遭遇する。いやがらせの機会を逃さない男みちより。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;「中納言殿の北の方しのびてまうで給へるに。」&lt;br /&gt;
と言ふに、中将（男君）、うれしくまうであひにけり、と下（した）にをかしくおぼえて、&lt;br /&gt;
「をのこども、「さきなる車とく遣れ」と言へ。さるまじうはかたはらに引き遣らせよ。」&lt;br /&gt;
とのたまへば、御前（ごぜん）の人々、&lt;br /&gt;
「牛よわげに侍らば、えさきにのぼり侍らじ。かたはらに引き遣りてこの御車を過ぐせ。」&lt;br /&gt;
と言へば、中将、&lt;br /&gt;
「牛よわくは面白の駒にかけ給へ。」&lt;br /&gt;
とのたまふ声、いとあいぎやうづきてよしあり。車にほの聞きて、&lt;br /&gt;
「あなわびし。たれならん。」&lt;br /&gt;
とわびまどふ。なほさきに立ちて遣れば、中将殿の人々、&lt;br /&gt;
「え引き遣らぬ、なぞ。」&lt;br /&gt;
とてたぶてを投ぐれば、中納言殿の人々腹立ちて、&lt;br /&gt;
「ことと言へば、大将殿ばらのやうに。中納言殿の御車ぞ。はやう打てかし。」&lt;br /&gt;
と言ふに、この御供（とも）のざふしきどもは、&lt;br /&gt;
「中納言殿にもおづる人ぞあらん。」&lt;br /&gt;
とて、たぶてを雨の降るやうに車に投げかけて、かたやぶに集まりておし遣りつ。御車どもさき立てつ。御前よりはじめて人いと多くて打ちあふべくもあらねば、かたを堀に押しつめられて、ものも言はである、&lt;br /&gt;
「なかなかむとくなるわざかな。」&lt;br /&gt;
と、いらへしたるをのこどもを言ふ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（新日本古典文学大系18『落窪物語　住吉物語』岩波書店、1989年、pp. 146-147、一部表記を改める。）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;拙訳。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;「中納言殿の北の方が、お忍びでお参りにいらしているのです」&lt;br /&gt;
と言うので、中将殿はこれはいいところで出会ったとほくそ笑み、&lt;br /&gt;
「おまえたち、前の車をもっと急がせろ。言うことを聞かなかったら横にどかせてこの車を通させるんだ」&lt;br /&gt;
と命令する。そこで従者たちが、&lt;br /&gt;
「牛が疲れていては前にいられまい。傍らによせて我らの車を先に通せ」&lt;br /&gt;
と言うと、中将殿は続けて&lt;br /&gt;
「牛が疲れたのなら面白の駒に引かせなされ」&lt;br /&gt;
と声をおかけになった。いい声である。北の方は車の中でその声を聞き、&lt;br /&gt;
「なんとひどい、誰であるぞ」&lt;br /&gt;
とうろたえている。それでもそのまま車を進めていると、中将方の者たちは&lt;br /&gt;
「どけないというのか」&lt;br /&gt;
と言って石を投げつけてきた。中納言方の男たちはこれに憤り、&lt;br /&gt;
「なにかにつけて大将様のようにしやがって、中納言殿のお車ぞ。やれるものならやってみろ」&lt;br /&gt;
と言うが、中将のお供の雑色たちは、&lt;br /&gt;
「中納言殿にも怖い人はあろう」&lt;br /&gt;
といって石を雨の降るように車に投げかけ、中納言方の車を脇に押しやり、とうとう中将殿の車を通させてしまった。多勢に無勢で太刀打ちできず、車の片側は堀に押し込まれ、中納言方の男たちはものも言わずに固まっている。中将殿の従者たちはそれを見て&lt;br /&gt;
「だまって通せばよかったものを」&lt;br /&gt;
と言いながら通り過ぎていく。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;しかしひどい罵倒だ。自分が仕掛けたくせに。いい声である、じゃないよな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;車争いといえば源氏物語のが有名だけど、ここでは石が飛んでいる。こうした光景はただお話の中だけではなかったらしい。『殴り合う貴族たち』（2005年）という本に、平安時代の貴族の従者たちが他の貴族の車に石を投げたことについての記述がある。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;そして、その行列見物の場で事件が起きた。藤原実資の『小右記』によれば、永延元年（九八七）の四月十七日、その月の二度目の酉日のことであった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;三十三歳の右近中将藤原道綱は、いつものように賀茂祭使の行列を見物しようと、この日も牛車に乗って出かけた。その車には二十二祭の左少将藤原道長が同乗していたが、二人の向かった先は、やはり、祭使の行列が賀茂川に向かって東進する一条大路あたりであったろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もちろん、この日に行列見物に出ていたのは、道綱・道長の二人だけではなかった。二人が向かった先にはすでに右大臣藤原為光が大勢の従者たちを引き連れて到着しており、その一行によって見物に都合のよい場所は占拠されてしまっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そのため、道綱・道長の乗る牛車は、他によさそうな場所を探そうと、為光の乗る牛車の前を横切った。そこが一条大路であったとすれば、為光一行の占めていた場所よりもさらに東へ行って見物しようとしたのかもしれない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;が、これがまずかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;道綱・道長の牛車が為光の牛車の前を横切るや、為光の連れていた大勢の従者たちが、そこいらに落ちている石を拾って道綱・道長の牛車に投げつけてきたのである。右大臣ともなれば、その外出時に率いる従者の数は二十や三十には及んでいただろう。その従者たちがいっせいに石を投げつけてきたのである。これは甚だしい狼藉であり、道綱・道長の二人は、かなり肝を冷やしたに違いない。おそらく、そのあとはもう行列見物を楽しむどころではなかっただろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（繁田信一『殴り合う貴族たち――平安朝裏源氏物語』柏書房、2005年、pp. 59-61）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;この、従者たちが石を投げるというのは平安朝ではひじょうに一般的なことだったらしい。同書には、当時平安京では大臣の家の前を通るときには車を降りて通らねばならなかったこととか、それを怠ると邸から激しい投石を浴びせられたといった話も紹介されている（pp. 120-122）。なんかそういうゲームが作れそうだな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この投石は、当の大臣たちというよりもむしろその従者たちの習慣だったようだ。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;王朝貴族たちに仕えた従者にしてみれば、自分の主人の権威は、高ければ高いほどよかったに違いない。主人の権威が高ければ、それだけ自分の格も上がるというものだ。それゆえ、彼らは、主人に無礼を働いてその権威を貶めるような者があれば、自らの手でその無礼者に制裁を加え、主人の権威を知らしめようとしたのではないだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（同書、p. 123）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;おもしろい。僕はこの従者の投石の話がけっこう気に入ってるのよ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;同書は平安時代の血なまぐさくも人間的な側面を知ることができて楽しい本だ。古文を読み始めてからも、僕はあんまり「雅な王朝文化！」みたいなのには惹かれてなかったんだけど、そういう先入観は一面的なものだということがこれを読めばわかる。まあはじめから平安時代の雅やかなほうに憧れてきたという人はこれで平安時代が好きじゃなくなるかもしれないけどね。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-7322636791210049442?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/7322636791210049442/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/01/blog-post_29.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/7322636791210049442'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/7322636791210049442'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/01/blog-post_29.html' title='従者の投石'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-2042310415718150014</id><published>2009-01-26T22:00:00.002+09:00</published><updated>2009-01-26T22:00:01.190+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='文法'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='万葉集'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='本の紹介'/><title type='text'>東野炎立所見而</title><content type='html'>&lt;p&gt;ここでは基本的に平安時代の古文を扱うことにしてるので、万葉集は対象外なんだけど、まあ番外ということで。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;年末年始に実家に帰って、テレビを久しぶりに見た。ＮＨＫでは年始に檀ふみが万葉集の歌を紹介する番組をやっていた。いいね、とばかりにそれをだらだら見ていたら、有名なあの歌がやっぱり出てきた。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;東《ひむがし》の野にかぎろひの立つ見えて返《かへ》り見すれば月傾《かたぶ》きぬ&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;ここは「雄大ですなあ」とか、まあそんなことを言うところか。けど、この歌はどうやら本当はこういう歌ではなかったことがほぼ確実だという。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;どういうことかというと、『万葉歌を解読する』（2004年）という本にこんなことが書いてある。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;しかし、専門的な立場から見れば、人麻呂が詠んだのは本当に「東の野にかぎろひの立つ見えて…」というような表現を持つ歌なのかどうか、大いに疑問である。したがって、この歌に対する右のような解釈が妥当なものなのかどうかも疑わしい、ということになる。右にあげたのは一般に採用されている訓にすぎず、また口語訳もそれに基づいたものにすぎない。こう言えば驚く向きも少なくないと思うが、それは事実であり、あえて事を大げさに言っているのではない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この歌は、十四の漢字で次のように表記されている。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;１　東野炎立所見而反見為者月西渡&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;古い写本を見ると、この原文には「アツマノヽケフリノタテルトコロミテカヘリミスレハツキカタフキヌ」という訓が付されている。つまり、第一句から第三句までの &amp;lt;東野炎立所見而&amp;gt; は、もともと「東野《あづまの》の煙《けぶり》の立てる所見て」と解釈されていたのである。それを「みだり訓（いい加減な訓／まずい訓）」だと断定し、現在一般化している「東の野にかぎろひの立つ見えて…」という訓を考案したのが、江戸時代の賀茂真淵《かものまぶち》である。馬淵がこの新訓を提示してからは、研究者も歌人も「東野《あづまの》の煙《けぶり》の立てる所見て」という伝統的な訓と解釈を捨ててしまった。本節のこの項に、あえて「江戸時代に作られた『万葉集』の歌」という小見出しを付けたのは、現在の一般的な訓が馬淵の考案したものだからである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;写本の訓と馬淵の訓を比較すると、歌の格調は確かに馬淵の訓のほうが高いように感じられる。しかし、馬淵の訓に対して、文法学者たちが異議を唱えている。上代語の表現としては不自然な文法的要素がその訓に含まれている、というのである。それだけでなく、原文の第三字の &amp;lt;炎&amp;gt; や歌の末尾の &amp;lt;西渡&amp;gt; などの訓に対しても、多くの異論が出ている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（佐佐木隆『万葉歌を解読する』ＮＨＫブックス、2004年、pp. 255-256）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;この本ではこれに続けて、この歌の「より本当らしい」訓について文法的見地から考察が進められている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;たとえば「かぎろひの立つ見えて」という部分について。上代では助詞「の」は連体詞だから、そこからは「立つ」は連体形である必要がある。一方で、活用語＋「見えて」という表現は活用語の終止形を受けるのが普通であった。つまりここでは「立つ」は終止形である必要がある。だから馬淵の訓は文法的には矛盾をはらんでいるというわけだ。なるほどー。（注意：ものすごく端折って言ってます。詳しくは本を。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;くだくだしく引用するのもはばかられるので、人麻呂のこの歌が本当はどのように訓ぜられるべきなのかの正解については同書を読んでくださいな。厳密な読解に触れることで、巷に跋扈する万葉集を好き勝手に読み替えるアレな企てがいかに恣意的でいい加減なものかというのがわかるという意味でもおすすめ。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-2042310415718150014?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/2042310415718150014/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/01/blog-post_26.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/2042310415718150014'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/2042310415718150014'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/01/blog-post_26.html' title='東野炎立所見而'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-1049544314711543139</id><published>2009-01-22T21:24:00.002+09:00</published><updated>2009-01-22T21:24:00.952+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='落窪物語'/><title type='text'>面白の駒</title><content type='html'>&lt;p&gt;女君を中納言邸から盗み出すのに成功した男君は、彼女を二条殿という邸に据える。他の女を娶る話が来ても見向きもしない。そんな男君が次に取りかかるのが中納言家への仕返しである。もっとも自分がひどい目に遭わされたわけじゃないから、これは妻となった女君に代わっての、代理の復讐だ。頼まれてもいないのにそういうことをやる男みちより。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;手はじめには、中納言家の四の君にろくでもない婿を押しつける。いきなりひどすぎる所業。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;四の君には、実は当の男君自身との縁談が進んでいた。それを利用して、男君は「面白（おもしろ）の駒（こま）」とあだ名される彼の親戚、兵部の少を焚きつけて自分の替え玉として通わせる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「面白の駒」というのは、兵部の少の馬みたいな顔をからかってそう呼んでいるのである。人前に出ると笑われるからといって自分の家に引きこもっていた、かわいそうなやつなのだ。そういう意味でここのくだりは二重にひどいよな。直接悪いわけじゃない四の君に望まない男を押しつけることといい、変な顔だからというだけの理由で人を体のいい復讐の道具として使うことといい。男君にしてみれば、北の方が典薬助を使っておちくぼの君にしかけた仕業を、そっくり北の方の愛娘にしかけることで北の方への復讐としているのだろうけどさ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ここを読むと、源氏物語の末摘花の話も思い出されるが（男女の役割が逆だけど）、あれも器量に恵まれなかった末摘花のほうに同情的なトーンはまったくない（とのことだ、まだちゃんと読んでないけど）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;まあこのへんはけらけらとおおらかに笑って聞ける度量が必要だ。そういう牧歌的な時代でしたということで。翻って考えてみればここに偽善はない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし「わらはずなりにしかばうれしくなん（最後まで笑わないでくれたのがうれしくて）」 (p. 134) などと何も知らずに喜んでいる面白の駒の文などを見ると、やっぱりこの人にはちょっとだけ同情的にもなる。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/3346166058700838798-1049544314711543139?l=pearlyhailstone.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/feeds/1049544314711543139/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/01/blog-post_22.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/1049544314711543139'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3346166058700838798/posts/default/1049544314711543139'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://pearlyhailstone.blogspot.com/2009/01/blog-post_22.html' title='面白の駒'/><author><name>mshibata</name><uri>http://www.blogger.com/profile/02043584963099350300</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3346166058700838798.post-8965884796045634616</id><published>2009-01-19T21:16:00.001+09:00</published><updated>2009-01-19T21:16:01.089+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='更級日記'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='抜書'/><title type='text'></title><content type='html'>&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;昔より、よしなき物語、歌のことをのみ心にしめで、夜昼思ひて、おこなひをせましかば、いとかかる夢の世をば見ずもやあらまし。初瀬にて、前のたび、稲荷より賜ふしるしの杉とて、投げいでられしを、出でしままに稲荷にまうでたらましかば、かからずやあらまし。年ごろ天照御神を念じ奉れと見ゆる夢は、人の乳母して内わたりにあり、御門きさきの御かげに隠るべきさまをのみ夢ときも合はせしかども、そのことは一つかなはでやみぬ。ただ悲しげなりと見し鏡の影のみたがはぬ、あはれに心憂し。かうのみ、心に物のかなふ方なうてやみぬる人なれば、功徳もつくらずなどしてただよふ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（西下経一校注『更級日記』岩波文庫、p. 68）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracke
